ネネがよろよろと立ち上がる。
支えるように勇者も立ち上がる。
七海が流山に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
流山はうなずく。
「私よりも彼らのほうが大変だろう」
ネネは、にかっと笑ったつもりになる。
「へーきだよ」
しんどさが顔に表れていないだろうか。
タミが微笑む。
今までに見たことのない、タミの笑顔だ。
あたたかい気持ちになれる、控えめな微笑。
タミの幸せが浮かんでいるような微笑だ。
「佐川さん」
ネネは声をかける。
「よかったね、佐川さん」
ネネは声を絞り出す。
祝福は届いているだろうか。
タミは幸せそうに笑った。
その微笑を見ると、空を飛んでまで来た甲斐があったと思った。
ネネの聴覚の端っこで、
何かの音が響いた気がした。
「何か聞こえる」
七海があたりを見渡す。
「何か、ですか?」
ネネの聴覚が何か、を、探す。
みんな耳をすませる。
七海がはっとした顔になる。
「崩れています!その音です!」
この雲の中の昭和島で、崩れるものといったら昭和島しかない。
(崩れてしまえ、みんな道連れだ!)
ネネの心で小さな声がする。
占い師の千の線が、最後の力で昭和島を崩そうとしている。
その小さな声は、皆にも伝わったようだ。
「占い師が、崩しているんですね」
タミがぼんやりとつぶやく。
「逃げないと」
七海が立ち上がる。
「逃げるって、どうやって?」
タミがしごく全うなことを問う。
「戦闘機には二人まででしょう」
「あ…」
七海が気がついたらしく、言葉を失う。
「それに、昭和島が落ちることで、朝凪の町も大変なはず」
タミはゆらゆらと言葉をつむぐ。
「理の器を取ってしまって、弱っているところに、千の線は最後の力を入れた」
タミは目を伏せる。
「理の器に崩壊を止める力はもうない」
タミは宣言する。
「誰かが崩壊とともにあり、朝凪の町は壊滅するでしょう」
ネネはドライブに心で問いかける。
「何か手はない?」
『佐川タミの言うとおりです。突風には二人しか乗れません』
ネネは唇をかむ。
誰かが犠牲になるなんて。
昭和島が失われるなんて。
流山はタミに映画を見せていないのに、
その昭和島は滅ぼうとしている。
「何とかならない?」
『何とかといわれても』
「そうか、そうだよね」
ネネは視線を下げる。
光の池の水が、光を反射してまぶしい。
このまぶしさも、もうすぐ失われてしまう。
ネネは千の線があざ笑っている気がする。
何も出来ないと、笑っている気がする。
ネネは心で反発する。
「ドライブ」
『なんでしょう』
「あたし以外の肩にいても、突風は出来る?」
『出来ますけど、何か?』
ネネはイメージをする。
『ネネ!』
ドライブがそのイメージを受け取り、驚愕する。
「勇者」
ネネが呼びかける。
ネネを支えていた勇者が、ゆっくりと顔を向ける。
兜をかぶっているので、視線まではわからない。
「このネズミを肩に乗せて、佐川さんと一緒に突風で出るんだ」
「ネネ?」
「突風を操るのは難しくないよ」
「ネネ、何が言いたいのですか?」
「そして、朝凪の町の人を避難させるんだ。昭和島が落ちてしまうから」
ネネはにっこり笑う。
「勇者に任せるよ。どうか朝凪の町を助けて」
「ネネ、あなたは」
ガラガラと崩れる音がはっきりしてくる。
「流山さん、七海さん、早く戦闘機に乗って、逃げてください」
ネネはきっぱりと宣言する。
七海が立ち上がる。
流山の手をひいて駆け出す。
「ドライブ、勇者とともに行って」
ネネはドライブを勇者の肩に置く。
『ネネ』
「うん」
『嫌ですよ、そんなの』
ドライブが心で抵抗らしいものをする。
「私も嫌です」
勇者も言い返す。
「ネネは、この島とともに死ぬ気ですか?」
ネネはそれが少しさびしいことだと感じた。
「誰かが犠牲になるなら、あたしでもいいじゃない」
崩れる音が近づいてきている。
昭和島は本格的に滅ぼうとしている。