「私は嫌です」
勇者は嫌がる。
「心中する気もない、でしょ?」
「ネネと心中するなら、それでもいいです」
「え?」
ネネは思わず聞き返す。
「ネネは大切な人なんです。ネネとなら、心中してもいいです」
「変な事言うんじゃないの」
「まじめです」
勇者のくぐもった声が答える。
ネネは勇者のガントレットを握った。
きつく、きつく。
「そんなことをしても変わりません」
「でも、変だよ」
「ネネは大切な人です」
「どうしてそう思うの?」
「そう思うから、そう思うんです」
ネネはぼんやりと勇者の輪郭を見るような気がする。
なぜだろう、なんだか勇者をずっと知っている気がする。
ぽんとネネの肩を叩かれる。
「ありがとう、友井さん」
タミが微笑んでいる。
「お父さんに導いてくれて、ありがとう」
「一つの結果に過ぎないよ」
「それでも、ありがとう」
タミが微笑む。
「もう、思い残すことないよ」
「え?」
「ありがとう、この場所が最後の場所になってよかった」
ネネの視界がぼやける。
「なんで、みんな」
ネネは言葉にならない気持ちを伝えようとする。
うまく言葉にならない。
「みんな、しあわせに、したいのに、なんで」
ネネはガントレットを握り締める。
タミがその手にそっと触れる。
「あたしは幸せだよ」
「私も幸せです」
「死ぬことは幸せじゃないよ。生きて生きて生き抜いてこそ幸せじゃないか」
ネネは頭を振る。
「生き抜いてここにいるんだもん」
タミが微笑む。
「奪った代価は大きいから、これでチャラに出来ないかと考えてるけどね」
タミはあかんべをした。
ようやく人間らしさをもてたのに、
何でタミがここで失われなくちゃいけないんだ。
戦闘機の音が外から聞こえる。
『こちら七海、ただいま流山さんと一緒に脱出』
がらんがらんと崩れる音がする。
昭和島の中心の、光の池まであと少しだろう。
「お願い、逃げてよ」
ネネは懇願する。
答えない二人を見て、わっとネネは泣き出す。
タミがネネを包む。
勇者がネネを包む。
ネネはみっともないほど泣いている。
こんなにみっともなく泣いたのは、いつ以来だろう。
勇者になれないということより、
これはとても悲しくて、とてもだめなことだ。
ネネは泣いた。泣けばどうなるわけでもないのに、泣いた。
ガラガラと崩れる音が近づいてきている。
ネネは嗚咽の合間で話し出す。
「ドライブ」
『はい』
「そばにいてくれないかな」
『はい』
ドライブはちょこんとネネの肩に鎮座する。
「勇者」
ネネは勇者に声をかける。
「はい」
「ガントレットじゃない勇者の手を見せて」
「はい」
ネネには予感がある。
漠然とした予感。
勇者はガントレットを外す。
そこに表れた荒れた手。
剣を扱うものとは明らかに違う手。
ネネはそっとその手を握る。
わかっていた。
うすうす感づいてた。
「約束守れないかな」
「お互い無理だろうな」
勇者の口調が明らかに変わる。
ぼそぼそとつぶやく。
ネネは荒れた手に頬を当てる。
涙がとめどなくあふれる。
「昔、勇者になれないなんて言って悪かった」
「ああ…」
あれは彼だったのか。
「ずっと謝りたかった」
「時効だよ」
だから彼を知っている気がしたのか。
だから彼が関わってきたのか。
ずっと謝りたかったのだろう。
それが今になってしまったのだろう。
「何でこうなっちゃうんだろうね」
「みんな不器用だからだろうな」
ガラガラと光の池が崩れだす。
ネネが、タミが、勇者が足場を失い崩れる。
落ちるその瞬間ネネは見る。
勇者の兜が壊れるのを、
その下から、よく見た顔が現れること。
「いやだ!」
久我川ハヤトが微笑んでいる。
勇者の鎧をまとったまま、落ちていく。
「いやだいやだいやだ!」
ネネが叫んだその瞬間、
全ての音が止まった。