「ああ、やっと……フランカ、貴女に触れられる。愛している、君だけをずっと」
「ひゃう……」
砂糖を食べているような甘さ。この調子でずっと私を口説きに来ている! 言葉数少ないって嘘だった! 嘘つき!
私を膝の上に乗せて、ドミニク様は微かに口元を緩めた。表情が崩れた姿にキュンキュンしちゃう。あんなに眼光が鋭かったのに、今では甘い視線を送ってくる。別人って言いたい。
「ドミニク様、呪いの数が異常なことに関して調査はしているのですか?」
「もちろんだ。調査の結果、呪いをかけたのは魔女ではなく貴族のご令嬢たち四十六人だと判明した。愛している、フランカ」
「愛……。それは……旦那様が火遊びをしたからではなく?」
「私はフランカ一筋だ。浮気はしてない。それに呪いのターゲットは私ではなく、王太子殿下だ。何故か財務課──私の席の近くに置いてあった。……それもフランカが贈ってきそうな便箋や小包なので、つい。好きだ、フランカ」
語尾に愛の言葉を呟く呪いにでもかかったみたいだわ。脈略とか関係なく言ってくるから反応に困る。
「……私の」
呪いが悪化した間接的な原因って、私なんじゃ? 私からの贈り物で喜んだドミニク様はさぞ落ち込んだはずだわ。呪われたことにも気づいていないなんて……妻失格よね。
「フランカ、悲しい顔をしないでほしい。……とても愛している」
「──っ」
落ち込む私にドミニク様は頬にキスをして、気を紛らわせようとしてくれる。少し前まで心の中の声が凄かったのが嘘のように自然にキスをしてくる。て、手慣れていらっしゃる!?
【はーーー。フランカが可愛い。好きだ。触れたらもっと好きになった。傍にいるだけでも幸せだったのに、キスも抱擁も、最高だ。フランカ好きだ、愛している! フランカ、フランカフランカフランカ】
赤裸々すぎる!
名前で絶賛愛を叫んでいるし、聞いているこっちが恥ずかしいわ!
思わず両手で顔を覆っていると、頭にキスをしてくる殿方は本当に旦那様なのでしょうか!? 別人なのだけれど! ……ううん、本当はずっとこうしていたかったのかもしれないわよね。呪いと始祖返りと繁忙期がなければ……。
「その……王太子を呪ったご令嬢たちからは、何か聞き出せたのですか?」
「ああ。ご令嬢の間では呪いではなく、『恋愛成就のまじない』として広まっていたので、軽い気持ちで試したとか。まさか呪いだとは思っていなかったようだ」
「『恋愛成就のおまじない』……そういえば学院でも流行っていましたわ」
「……フランカも誰かに贈ったのか?」
穴が開くほど見つめないで欲しい。そして隙を見つけてはキスするのも!
「フランカ?」
「(甘い声を耳元で囁かないで!)わ、私は誰にも贈っていませんわ! 夢や願いは自分で叶えるものですもの!」
「照れた君も可愛いな」
「はうう」
怒涛の溺愛ぶりに私のライフポイントはゼロだわ……。は、早く話題を戻さないとキュン死してしまう!
「おまじないの出所は?」
「学院の図書館に『恋愛成就のまじない』という本が幾つも贈呈されていた。詳しく調べてみると元は黒魔導書から引用していたらしい。そしてその筆跡は、第三王子の傍付きと一致した」
「!?」
事件のスケールがどんどん大きくなっていく。いや王太子の代わりに呪われたという時点で、かなり大事だけれども!
緘口令が敷かれていた?
「……それと王太子の呪いを各部署、特に財務課に送ってきていたのは、第三王子ルーズベルト殿下あるいは、その一派の可能性が高い。もしかしたら『恋愛成就のまじない』が魔導書を元に書かれたものだと気づいて、呪いを分散させることで鎮火させようと画策したのか、あるいは他の意図があったのか……。その傍付きは現在行方不明なので、詳しいことはわからなかったそうだが……」
「第三王子ルーズベルト殿下の傍付きですと、アッシュ様ですわね。行方不明って……」
「……!」
ドミニク様の雰囲気がガラリと変わった。視線を合わせると、鋭い視線に射抜かれる。
ん? 私なにか変なこと言ったかしら?
「第三王子の傍付きと親しいのか?」
「へ?」
【まさか私と離婚した後、どちらかと一緒になりたいから離縁とか……】
ドミニク様は明後日の方向に勘違いをしていて、「どうしてそうなった!?」と思う反面、ヤキモチがなんだかくすぐったい。
「ふふっ、違いますわ。私が離縁したかった一番の理由は最初に話した通り、パティシエールになりたかったからです。それとルーズベルト殿下とアッシュ様は学院時代、クラスメイトでしたので、多少交流があったのです」
【そういえば……そんなことが報告書にあったような?】
報告書!? 身辺調査されていた!?
ううん、結婚するなら妻の素行調査は必要よね……。実際にお見合いだったなら、大抵の貴族はしているわ。政略結婚として当然だもの。
「第三王子の話ではアッシュは好きな令嬢から『恋愛成就のおまじない』の作り方を教えてほしいとせがまれたと、言っていたらしい。その時に幾つか試作品を見せてもらったそうだ」
「でも実際は図書館に紛れ込ませた?」
「ああ」
「それを学院の女子生徒が見て……、そこから他の生徒──令嬢たちに広がったのですね。お茶会やパーティーがあれば話題になりそうですし……」
「ああ」
「でも。それが私とドミニク様との婚姻時期に被るなんて……」
悪い時には悪いことが続くと言うけれど、続きすぎではないか?
そう神様に言いたくなる。そんなことを思っていると、ドミニク様の心の声が響く。
【確かに私とフランカとの結婚時期に被せてきているし、他の呪いを受けた時もフランカの誕生日や結婚記念日、そして財務課の仕事がひと段落した頃に集中している。毎回パターンが違う上に、無差別だったので軽視していたが……これは私とフランカを引き裂くためだというのなら、点と点が繋がった】
名探偵並みの推理力でドミニク様は様々なことに思考を巡らせ、核心に迫る。
か、格好良い……。思わず演算能力も含めて知的な印象がグッときた。旦那様が有能なのは知っているけれど、有能すぎません?
「旦那様が格好良すぎる……」
ポソっと呟いたのだけれど、ドミニク様の耳に届いてしまった。
【そう考えるとフランカに縁談が来ていたアレも──んんんん? 今、フランカが私のことを褒めた??? 幻聴か?】
ドミニク様はチラリと私に視線を向ける。その眼差しは期待に胸を膨らませているのが、手に取るようにわかった。そしてメチャクチャ尻尾を振っている!
「フランカ、今なんと?」
「(黙秘権を使いたいけど……使ったら最後、落ち込むのまでバッチリ想像できちゃう。そうさせたくはないわ)……思案しているドミニク様が……その……とっても素敵だなって」
「──っ!?」
う、うわあ。恥っ! 面と向かって言うのって勇気がいるわ。
そろそろドミニク様の心の声が聞こえると身構えていたが静かだ。顔を覗き込むと顔を真っ赤にして固まっているドミニク様が──というか気絶していた。色んなことがありすぎて心の許容量が壊れてしまったのかもしれない。
ロータスを呼ぼうとテーブルのベルを鳴らそうとしたが、ドミニク様がしっかりと抱きかかえているので手を伸ばしても届かないし、抜け出せなかった。
「ロータス!! へーループー! ……ダメね。空気を読んでいるのか誰も来ない。……私ではドミニク様を運ぶのは難しいし……せめて小竜なら」
ハッと閃いた。小竜なら持ち運びもできるし、また合法的にハグができる!
これは緊急事態。これもドミニク様のため!
気絶しているドミニク様が小竜になるまでキスやハグ、愛の言葉を繰り返して、なんとか屋敷に戻ったのだった。
我ながらかなり積極的な対応だったが、その時はこれが最適解だと思っていた。この時のことをドミニク様が覚えていると知ったのは、翌日の夜になってからだった。