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離縁できるまで、あと二日ですわ旦那様。①

 今日は旦那様と離縁についての話し合いが行われる。といっても昼間は慈善活動の一環として、修道院への訪問とバザーの手伝いを行うので、夕食後になるけれど。領地内での慈善活動全般は、公爵夫人の仕事の一つだ。

 季節ごとに行うバザーは修道院にとって大事な収入源でもあり、班ごとに出し物を考えてもらい一番売上げを出した班には、賞与を与えるようにしている。これが効果的で班の子供やシスターたち同士の結束力が強くなり、以前よりも売上げが右肩上がりになった。優秀賞とは別に努力賞やアイディア賞も設けているので、どの部門を狙うのかも楽しみになっているとか。


 馬車に乗りながら、屋敷でのことを思い返す。

 予定が合えば旦那様も同席すると言ってくれたけれど、昨日の夜から部下の人が出入りしてバタバタしていたし、朝食時にはこの世の終わりのような顔で「すまない。一緒に同行できなくなったが、絶対に後から向かう」と言ってきたものね。


 私的には後から来てくれるというので嬉しいんだけれど……。「離れたくない」と旦那様が駄々をこね、お見送りをするまで凄く大変だったわ。それだけ私と一緒に居たいって思ってくれている……。うう……嬉しいけれど、恥ずかしいわ。

 ほんの少し前までは一緒に朝食を共にすることぐらいしか接点はなかった。旦那様のよくない噂もお茶会で耳にしていたけれど、今思えば噂を旦那様に確認しようとしなかったわ。噂が本当で傷つくのを避けていたのも、よくなかったのよね。

 今の旦那様となら、この先も一緒に……。

 そう思うと頬に熱が籠もる。



 ***



 修道院に到着するとバザーの準備はできていて、あとは商品を並べるだけのようだった。スープや菓子の香りが充満していて、今からワクワクした気持ちでいっぱいになる。


「これはオーケシュトレーム公爵夫人」


 声をかけてきたのは、恰幅のよい初老の紳士だった。彼を見て口元が綻ぶ。


「院長、お久しぶりです。私の家からは小物の刺繍やクッキーを用意しましたの。売上げは集計して頂き、寄付という形にしてください」

「はい。いつもありがとうございます。クッキーはもし余りましたら……」

「ええ、子供たちに差し上げて──と言いたいところだけれど、彼らの分は別で用意しているから全部売ってしまっても問題ないわ」

「何から何まで……。ありがとうございます。毎年、奥様の用意した菓子を大量に買う御仁がいましたのでありがたいことです」

「まあ、そんな方が?」

「慈悲深い方がいらっしゃるのね」

「ええ」


 使用人たちにも手伝って貰っているので、私一人で作ったわけではないけれど、好評というのなら嬉しい。そういえば旦那様に私が手伝っているとは話したけれど、作っているって言ってなかったわね……。事後報告になってしまうけれど、一応共有はしておきましょう。


「ささ、子供たちも貴女様が来るのを楽しみにしておりますで、こちらにどうぞ」

「そうね」


 院長もウキウキでバザーの会場を案内してくれた。いくつか慈善活動で修道院を訪れているが、ここの院長は教育熱心で子供たちからも好かれている。元は子爵家の次男だったとか。


「今日は親戚にも声をかけまして出入りが激しいですが、関係者は黒の腕章を付けております」

「そうなのね。年々、盛大にバザーができるようになって私も嬉しいわ」


 私が嫁いだ頃はバザーを開いても品揃えや質はあまり高くはなかったし、援助額も最低限だった。そこから子供たちが手に職をつけることで将来の選択肢を増やせないかと、院長と話し合ったところから始まったのだ。懐かしい。

 孤児院の子達が刺繍や読み書きを覚えて、バザーに出す品揃えのクオリティーも上がった……。離縁後は個人的に寄付をしようと考えていたのが、なんだか昔のように感じるわ。


 冷え切った新婚生活の中で、慈善活動は心穏やかに過ごせる拠り所だった。ここがあったから三年間と割切って公爵夫人としてやってこれた。

 それにここでスイーツ作りを披露したことで、パティシエの道を諦めたくないと思ったもの。でも今日の夜の話し合いが上手くいったら、公爵夫人として旦那様の隣に居られる。それが今は誇らしくて、嬉しい。


 バザーの開催場所となる広場を院長に案内してもらい、侍女を連れて班を見て回った。みな今日を楽しみにしていたのだろう。子供たちは元気いっぱいで、自然と口元が緩む。


 開催まで後一時間。最終調整でバタバタしているのを横目に、私も何か手伝ったほうがいいかと考えていると──。


「フランカ」

「──っ、お父様、お母様!」


 懐かしい声に振り返ると、両親が馬車から降りた所だった。三年ぶりの再会に、思わず母に抱きついてしまった。淑女としてはしたなかったけれど母は窘めることなく、抱きしめ返してくれた。父は私と母ごと抱きしめる。


「三年でますます綺麗になったわね」

「そう、かしら」

「元気そうでなによりだ」

「お父様……」

「もう、ドミニク様は定期的に手紙をくださるのに、娘の貴女は手紙一つ寄越さないのだから」

「あ、それは……」


 両親に手紙を書いたら新婚生活が上手くいっていないことを書いてしまいそうで、筆が進まなかったのだ。今思えば私は誰にも相談できずに、一人で考え込んでしまっていた。

 政略結婚では夫婦間に愛情がなくても、機能していればいい。そういう考えが根本的にあったからだ。


「アナタ。うちとは違って公爵夫人として覚えることがたくさんあるのです。そうフランカを責めないであげてくださいませ。それに私と同じくドミニク様からの求婚からの──、夫婦の時間を持ちたいのは当然でしょう」

「まあ、そうだな」


 え。ドミニク様との結婚は王命によるもの──政略結婚ではなかったのか。


「お父様、お母様。ドミニク様との結婚は──」

「火事だ!」

「煙が修道院内から出ているぞ!」

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