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最終話 旦那様の視点3

 本当は屋敷に戻り妻との時間をできるだけ取りたかったが、書類の山があるため妻が財務課に来てくれることになった。たったそれだけのことが嬉しくてたまらない。結婚した時に一度は夢見ていたシチュエーションが現実化したことにホクホクしていた。

 一日ぶりの再会だが、すごく楽しみだ。


 彼女の愛くるしさを他の異性に見せるのは正直嫌だったが、愛しい妻が私のために手作りの菓子を持って来るのだ、嫉妬心よりも会いたい気持ちに天秤が傾いてしまったのはしょうがない。


 足早に財務課の客室に戻ると、愛おしい妻がソファにちょこんと座っていた。本当に可愛らしい。彼女が幼い頃、伯爵家主催のパーティーでマフィンを私に差し出してから、ずっと彼女に惚れたままだ。

 この話もいつか彼女にできればと思う。

 フランカの左薬指にある指輪を見て口元が緩みつつも、紳士的に声をかける。


「フランカ」

「旦那様。お仕事は大丈夫ですか?」


 とびきりの笑顔に、弾んだ声。

 愛おしくて、愛おしくてたまらない。首元にある番紋にウットリしつつ、今日は彼女の柔肌にしっかりと自分の痕を残さなければと、心に誓った。虫除けはしっかりしなければな。

 とりあえず彼女の隣に腰を降ろした。できるなら抱きしめてキスをしたいが、タイミングを逃してしまった。座った時に抱きしめれば……! だが妻の愛らしい姿に見惚れていたのでしょうがない。


「(おかえりなさい、と抱きしめるタイミングを逃してしまうなんて……。旦那様が少しお疲れの顔をしていたからジッと見てしまったけれど、また無理をしてないかしら?)お屋敷に一時帰宅は難しいと伺ったので、スイーツをミルフィーユからアップルパイにしてみましたの。休憩時に食べてくださいね」

「(私のために考えて、私のために作ってくれたアップルパイ! ……良い)今食べたいな。フランカ、一緒に食べないか?」

「え、あ」


 フランカは「仕事は?」と不安そうだったが、問題ないと告げたら嬉しそうに微笑んだ。可愛い。愛おしい。このまま屋敷に持って帰って食べてしまいたい……ぐっ。

 今日は夕方までに明日の午前中までの仕事を片付けてしまおう。そうしよう。

 そうすれば今日の夜はフランカとゆっくり過ごせる。


「そういえば、旦那様のご友人が今度パーティーを開くそうですね」

「!?」


 嫌なワードが耳に入った。できれば空耳であってほしい。


「……フランカ、その話をどこで聞いたんだ?」

「招待状を届けた方から、夫婦揃って出席してほしいと念入りに言われましたわ。旦那様の友人でもあるから、と」

「(空耳じゃなかった?)……どんな男だった?」

「え? ええっと黒髪に、赤銅色の瞳……それと顔立ちが整った方でしたわ」


 あの男、転移魔道具を乱用しすぎじゃないか。次に会ったら問答無用で殴ろう。蹴りでもいいか。


「彼に何か言われたりは、しなかったか?」

「んー、そうですね。人のモノを欲しがるとか変わった思考を持つような話をしていましたわ」

「(帝国滅ぼしてしまおうか……)他には?」

「一目惚れと告白されたので──」

「は?」

「もちろん、丁重にお断りしておきましたわ! 相手も冗談だったと思います。なんだか芝居掛かっていましたし」


 フランカに告白?

 デュランデル殿下め、絶対に楽しんでいるな。そういえばアルフレート殿下の婚約者も似たようなことをされたと言っていたが、あの男は暇なのか。あと連絡もなしに、こないでほしいものだ。


「ちなみに王太子殿下も、旦那様が留守の際に訪問なさいましたわ。そして同じようにプロポーズの言葉を述べたのですよ。皆様、旦那様のことを大切に思っているのですね」

「(アイツもか!)……フランカ、今後その二人が屋敷を訪れても、私がいなければ追い返してしまっていいからな」

「流石にご友人を返すのは……。お二人とも私が旦那様の妻に相応しいか試しているようでしたから、認めて頂けるように頑張りますわ」

「(妻が可愛い……。あの二人の悪意をそう取るなんて……やっぱり天使だ!! この世界で一番美しくて、最高の女性で間違いない)……無理だけはしないでくれ。私の妻でいてくれるだけで、私はとても嬉しい」

「はい」


 フランカはおずおずと私に寄り添い「心配しなくても、私は旦那様一筋ですわ」と囁いた。それは反則だと思う。私の嫉妬心は漏れていたのかフランカから寄り添い、耳元で囁く言葉に溜飲が下がった。


 妻、最高。

 今までどうやって心臓の音を高鳴らせていたのか、何を楽しみに生きてきたのか思い出せそうにない。嬉しすぎて、本来の姿に戻ってもフランカは「まあ」と嬉しそうにするばかりで、私を恐れない。むしろ積極的に触れてくる。

 愛されていると実感するたびに、愛する気持ちが溢れて止まらない。好きだ、愛している。


「フランカ、愛している」

「私も愛していますわ」


 キスをするとケーキよりも甘くて、酩酊しそうになる。キスを繰り返すと、フランカは顔を真っ赤にしながら、続きは屋敷に戻ってからです、とこれまた可愛いことを言ってくる。

 フランカを抱き上げて膝の上に乗せると、身を委ねてくれることが嬉しい。愛おしい。番紋を刻んだことで、フランカからは常に甘い花のような香りを出して、私を魅了する。


「じゃあ、いつものように食べさせてくれるか」

「ふふっ、わかりましたわ」


 もうどんなことがあっても、君を手放すことはできなくなってしまったのだから。たくさん愛して、その愛に溺れて貰わなければ──。

 白い結婚も卒業して、三年目にして私たちは本当の夫婦になった。だからこの先、二度と離縁の危機に陥らないようたっぷりと愛して、甘やかして、私なしでは生きられないようにしよう。


 私がすでにフランカなしでは生きていけないのだから、いいだろう?



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