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第八話

「なんて日だ!」

司はこういっているが、実際は朝からマヨオムライスを食べてそのまま芸術ホールに向かっただけなので、1時間も外にいたわけではない。

だが桜のインパクトが強すぎて、たった1時間外に居ただけの疲労感では無かった。

それ故にとんでもなく時間が経ったように思えただけだった。


「てか、上着どうすんだよ!明日が入学式だぞ。学園長に前日に上着なくしゃちゃいました。テヘペロって謝ったら許してくれるか・・・?いや、絶対無理じゃん!学園に来てから問題起こしすぎだから学園長に絶対怒られるやつじゃん!もうヤダァ。なんで俺のしてぃぼーい計画こんなことになるのぉ」

ウダウダと情けない口調で独り言を呟く、司。


「でも、あの卯月桜って奴に頭下げて上着返してもらうのも、やだぁ・・・。」

結局、芸術ホールに行く経路の確認も出来ずに戻ってきてしまった。


「はぁ・・・。とりあえず芸術ホールまでの道、確認にいくか・・・。」

司は鍵を閉めた扉を開けてトボトボと芸術ホールまでの経路を確認に向かう。

先ほどまでいた場所に桜が居ないかと思ったが、すでに居なくなっていた。


「くそぅ、あいつ次あったら文句めちゃくちゃ言ってやるからな。はぁ、今日はこれからどうしようかな。まぁ気分転換に街にでも出るか」

芸術ホールまでの経路は確認出来て、特にやることも無かったので、街へ向かうことにする。

嫌なことが有った後は街に出て気分転換に限る。

まぁ実際は街に出たところでお金もないので、何かできることないのだが・・・。


だが司は知っている。

お金がない時に出来ること。


それは入場料がかからない神社や寺を参拝することである。


ってことで乗合バスに乗ってすぐの場所にある清水寺に行こうと思う。

知ってるか?清水寺には平安時代の有名人、武蔵坊弁慶が使ってたとされる錫杖があるんだぜ?

半端ないパワーがあったらしいし、俺もご利益をもらいに行こうかと思ってる。


それにもうすぐ4月だし、桜も綺麗だろ・・・。

桜・・・?


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!学ラン持って行くなよな!もうその辺に捨てといてくれよぉぉぉぉぉ!」

司は膝から崩れ落ちて、地面をバンバンと叩いたかと思えば、突然地面に顔を擦り付けて。

側から見れば本当に頭のおかしな奴である。


「まぁ、気を取り直して行くか。べーんけい♪べーんけい♪」

ケロリと立ち上がり、よくわからない歌を歌いながら乗合バスの乗り場へ向かう。


だが、司の上機嫌も長くは続かなかった。

理由は単純である。


「はぁ!?拝観料掛かるの!?」

清水寺に入るにはお金がかかることを知ったからである。

当たり前のことである。

受付には拝観料300円と書かれていた。

司は手持ちのお金を確認するが、残金220円。

帰りのバス代しか持っていない。


「そこをなんとかお願いします!」

司が受付の人に頭を下げる。


「ごめんねぇ。おばちゃんも入れてあげたいんだけど、私が何かできることじゃないのよー」

だが、受付の人がどうこうできる話ではない。

当たり前のことである。


「ですよねぇ・・・。はぁ、帰るか・・・」

司がトボトボと帰路に着こうとした時に後ろから声がかかる。


「おぉ?その制服。聖ジャンヌ白百合学園の生徒ぉ?」

声がした方へ司が振り返るとそこには誰もいない。


「あれぇ?なんか呼ばれた気がしたんだけど。もしかして・・・。幻聴が聴こえるほどに俺って追い込まれてるのか!?」

司は首を傾げながら帰路に着こうとする。


「おーい!ここなんだけどぉ?」

先ほど聞こえてきたなんだか気の抜けたような声がもう一度聞こえてくる。

司が恐る恐る振り返ると、やはり誰もいない。


司は鳥肌が立ち始める。

これは絶対にダメなやつだ。

もう二度も振り返ってしまった。

もし、もう一度でも振り返ったら

そんなことを考えていたら、司の脛に強烈な痛みが走る。


「べんけぇぇぇぇい!」

司が弁慶の泣きどころを抑えて、屈むと目の前にはまだ年端も行かないような少女が笑顔で司を見つめていた。


「あっ、どうも」

目があったので、司は挨拶する。


「はい、ご機嫌よー」

子供は袴の両端を摘み、それはそれは綺麗なカーテシーを見せる。


「あっ、ご機嫌よう・・・。えと、もしかして呼んでました?」


「そうだよー!全然見てくれないから脛蹴っちゃった。ごめんねぇ。痛かった?」

少女はイタズラな笑顔を浮かべる。


「まぁ、叫ぶくらいには・・・」


「あははは、そうだよねぇ。やっぱり男の子でも脛は痛いんだねぇ」


「痛いなんてもんじゃねぇよ!んで俺になんか用?」

脛を擦りながら司が用事を聞く。


「んー、用は無いんだけどね。なんか困ってそうだったから声掛けただけだよ。いや、普通なら声は掛けないよ?けどウチの学園の新一年生みたいだから、ほっとけなくてさー。ほら、私ってどう見ても優しいせ・ん・ぱ・いって感じでしょ?」

少女は人差し指を顎に置き、いたいけな笑顔を振り撒く。


「えぇ!?えぇぇぇぇ!先輩なんすか!?」

司は衝撃を受けた。

どう見てもまだ七歳くらいにしか見えないのだ。


この見た目で聖ジャンヌ白百合学園の先輩。

つまり歳上。

何か新しい扉を開きそうになるが、司はグッと扉を押し返す。


「いやぁ、先言ってくださいよぉ!俺、四月から聖ジャンヌ白百合学園に入学します!光月 司こうげつ つかさです!よろしくお願いします!」

司は元気に立ち上がり、ゴマをするように揉み手をしながら元気よく自己紹介する。


「司君かー。元気があって良いねぇ。うんうん、よろしくねぇ。それでなんか困ってるんじゃないの?」


「いやぁ、恥ずかしい話。清水寺入りたかったんすけどね。拝観料かかるみたいで、入れなかったすよ」

あははと笑いながら恥ずかしそうに後頭部を触り司は話す。


「拝観料・・・?えっ?拝観料?プフフフッ」

少女は口を押さえながら笑う。


少女が笑ったのには理由がある。

聖ジャンヌ白百合学園は本当のお金持ちしか入学出来ないような学校なのである。

そんな学園に四月から入学する男が500円程度も払えず、トボトボと帰ろうとしている。

その状況が少女先輩にはツボったようだ。


「いやー、ごめんごめん。悪気は無いんだ。けど、うちの学園来る人でそういう人初めて見たからあまりにも面白くて」

少女の目からは笑いすぎて涙まで出ている。


「笑ってもらえて良かった。ここ最近不幸続きで。誰かの笑いのタネになったなら報われるってもんすわ!」

司はキリッと澄まし顔をして、腕を体の前に出して親指を立てる。


「ありがとう。すごく笑わせてもらったよ」

少女は涙を拭き、澄ました顔で何かを考える。


「司君は拝観料が無いのか。よしよし、なら一緒に清水寺参拝しよぉ!」

少女は司の手を強引に引き、清水寺の受付に向かう。


先程、司の対応をしてくれた受付カウンターにいたおばちゃんは少女の顔を見て、すぐに立ち上がり固く閉ざされていた別の入り口を解放する。


「ありがとねぇ」

少女がおばちゃんに手を振るとおばちゃんは頭を下げる。


そのまま少し進んだところで司が違和感を抱き、唐突に立ち止まり叫ぶ。

「スタォォォォォプ!!」


「うわぁ!びっくりした!急に大きな声出さないでよ」

司の声に少女はびっくりして体を震わせてから司の体をペシっと叩く。


「あっ、すいません」

司は咄嗟に謝る。


「じゃなくてぇぇぇ!なんで、入り口別なの!?てかあのおばちゃんもなんで頭下げてんの!?てかまだ頭下げてるしぃぃぃ。先輩何者すか!?」

後ろを振り返って司は先ほど対応してくれたおばちゃんを指差しながら叫ぶ。


「あれ?名前言ってなかったけ?」

少女は自分の可愛さを理解しているのだろう。

舌をペロリと出しておちゃらける。


「聞いてないっすけど」


「私はね、神無月 薊かんなづき あざみ。よろしくねぇ。司君」

薊は少女のような無垢な笑顔を司に向ける。


「ほ、ほぇー、神無月先輩って言うんすねぇ。なんか凄い有名なのかな・・・?読書感想文で賞取ったとかそういう感じかな・・・?ははは」

よく考えたら司は名前を言われても、時世には疎い。

なんたってキョウトとはかけ離れた、ドがつくほどの田舎育ちで村が司の全てだった。

薊は司の反応にキョトンとして、司を見つめる。


「何言ってんの!私みたいなただの学生が有名な訳ないでしょ!ささ、清水寺拝観するんでしょ。私が案内してあげるよ!自分で言うのもなんだけど、結構詳しいんだから!」

薊が司の手を引く。


「おぉ!任せていいんすね!なら、弁慶の錫杖とオムライスの美味しいお店紹介おねしゃす!」

司も抵抗せずに薊に連れて行ってもらう。


「おむらいす・・・?」

薊は聞きなれない言葉に疑問を抱きながらも清水寺の中を案内しはじめる。


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