「司様!何か欲しいものなどはありませんか?」
上機嫌に俺の横を歩いている桜は桃色の縦ロールをフワフワと揺らす。
何かしらの理由をつけて今日は断ろうとしたが、結局桜の押しに負けてキョウトの町に繰り出した。
「んー、欲しいものなぁ」
物欲がないわけではない。
ただ、今欲しいと言ってもどうしようもないようなものばかりである。
「パッとは思い浮かばねぇけど、昼時だし飯が食いたいかな」
入学式が終わった時点で11時過ぎで、それから桜が俺の部屋にいきなり現れたので、食堂にも行けなかった。
腹も減るってもんだ。
「分かりました!なら食事にしましょう!百貨店に行きつけのお店が有りますの!」
百貨店は学園からでも徒歩でも行ける割と近い距離にある。
「んじゃ、とりあえず百貨店行くか」
以前百貨店には顔を出したことがあるので、行き方は覚えている。
「はい!」
桜は司の三歩程後ろをついて歩く。
「司様はどうして聖ジャンヌ白百合学園にご入学されたのですか?」
道中暇なので桜が他愛の無い話を振ってくる。
「ん?百合を見るためだけど」
司は迷いなく答える。
「百合?百合の花が好きなのですか?司様も意外と可愛らしいとこあるんですね」
桜は口元を手で隠して上品に笑う。
「いやいや、百合ってのは花のことじゃねぇよ。浪漫の話だ。百合には浪漫が詰まってる。だから俺は百合を守りたいんだ」
「花のことでは無いのですか?申し訳ありません。ワタクシの知識不足で。百合とは一体なんのことなんでしょうか?」
「桜もいつか分かる時が来るさ。そういえば、桜は好きな娘は居るのか?」
「娘ですか・・・?ワタクシは司様一筋ですので、そういった方は居ませんが・・・。」
司の話に困惑しながらも桜は真摯に答える。
「俺一筋?いや、それはやめといた方がいいな。俺は百合を守る守護者みたいなものだ。桜の気持ちには応えてやれないよ」
「そうですか?でも、今こうやって実際にデートに来てくださってるじゃないですか。応えてくださってますよ」
桜は嬉しそうに笑いながら答える。
「まぁ、今回は仕方なくだ。部屋に入られたらもう断れないだろ」
桜の笑顔に見惚れてしまった司は恥ずかしそうに顔を背ける。
「あら!ならワタクシが司様の部屋に毎日入っていれば、ずっとデートしてくださるってことですね!ふふふ」
「いや、辞めてな?もしかしたら分かってないのかもしれないけど、あそこ、俺の部屋だから!プライベートってのがあるから!」
「ですが、まだ合鍵はたくさんありますよ?」
桜は持っていた鞄からジャラジャラと鍵束を出す。
「おい!なんだその鍵束!」
「ぜーんぶ、司様の部屋の合鍵です!」
桜は笑顔で答える。
「はぁ?なんでぇ?なんで普通では考えられないくらい合鍵作ってんの?おかしいじゃん。てか人の部屋の合鍵作るって倫理観どうなってんすか。マジで」
司は桜の笑顔に恐怖を覚え、身震いをする。
「お父様が言ってました。やるからには徹底的にと」
「それ方向性間違えてるから!徹底的にって多分そういう意味で言ったんじゃないから!」
他愛の無い?話をしていたら百貨店に到着した。
ここまで話して卯月桜は本当に出来た娘だと思った。
道中、話が尽きないように話題を振ってくるし、恐らく興味が無いような話題でも適当に返事をされることはなかった。
しっかりと驚きや共感などのリアクションをしてくれるので、なんだか話すのが楽しくなってきていた。
初めての会話のせいでアホの子だと思っていただけで、ただアホな子というわけでは無いようだ。
「さぁ!百貨店に着きましたわ!ワタクシの行きつけのお店は最上階ですので昇降機に乗っていきましょう!」
前回来たときは昇降機を使わず、階段で一階ずつ登って行ったので場所がわからなかったので、桜の案内に従って昇降機に向かう。
階段を使わずに階層を上がれるのは便利なものだ。
これに慣れたら人間ダメになってしまいそうだ。
そのまま桜に連れられて入った店はパスタと呼ばれる麺類のお店だった。
うどんとは違い出汁の中に浮いてはおらず、トマトソースを絡めて食べるという変わった麺類だった。
正直オムライスの次くらいにはうまいと思った。
「司様。どうでしたか?おいしかったですか?」
「おう、めちゃくちゃ美味かったよ。けどまぁオムライスには勝てねぇかな」
パスタは本当に美味かった。
金持ちなだけあって、美味しいものをよく食べているからだろう味覚は確かなようだ。
「オムライス?司様はオムライスが好きなんですか」
桜は口元についたトマトソースをナフキンで拭く。
「おう!学園内の食堂じゃオムライスしか食ってなかったぜ。途中から食堂のおばちゃんにも覚えられてな。俺の姿見かけた時点でオムライスを作り始めてくれてたな」
「ふふふ、あの学園男子は司様だけみたいですからね。きっと食堂の小母様も卒業するまで覚えてくださってそうですね」
桜は司の口元にトマトソースがついているのに気付き、ナフキンで司の口元を拭く。
司はキョトンと桜の顔を見る。
「司様の口元にトマトソースが付いてましたので、それよりもそろそろ出ますか?ワタクシ、少し見て回りたくて」
「お、おう。んじゃ行くか」
司が立ち上がると桜も続いて立ち上がる。
この後会計はどうするんだろうと考えていたのだが、ここで卯月桜が本当にお嬢様なのだと思い知らされる。
「ありがとうございました。またお越しください」
店員は桜の顔を見るなり、頭を下げる。
「ごちそうさま。また来ますわ。お代は卯月家にお願いしますわ」
「はい、いつもありがとうございます。手配しておきます」
店員は桜たちが出ていくまで頭を下げ続ける。
「桜って本当にお嬢様なんだな・・・。実感させられたぜ」
司は後ろをチラリと振り返り店員を見ると、まだ頭を下げていた。
「これくらいで驚かないでくださいまし!これから司様も卯月家の一員となるのですから。これが普通になりますわ!なんなら今から役所にいきますか?」
桜は鞄からサッと婚姻届を取り出す。
「いや、だ・か・ら!俺結婚するって言ってないんだけど!?てか、そもそも俺まだ結婚できる年齢じゃねぇしな」
「ご安心ください!そこはこの桜が卯月家の力を使って法だってなんだって捻じ曲げてみせますわ!なので、司様はここにサインをしてくださるだけでいいのです!」
桜は婚姻届の夫になる人の部分を人差し指でビシッと指す。
「さっきまでいい感じだったのに、急に典型的な良くない金持ち出てきたな!」
先ほどまでの所作や言動で一瞬でも良い女なのかもしれないと思っていた司はがっかりした目で桜を見つめる。
そんな会話をしながら飲食階から一階下に降りた辺りで桜がソワソワし始める。
「司様、少しだけここで待っていていただけませんか?少し野暮用が」
桜はモジモジとしながら司の返事を待つ。
司も桜が何をしたいのかを察して、特に追及もせず、「あいよ」と返事をする。
桜は返事を聞いてから素早く、だけども急いでいること悟らせないように優雅にどこかに向かう。
「あれー?司君じゃーん!」
聞いたことのある気の抜けた声。
司が振り向くと神無月薊と以前食堂で話しかけてきた銀縁の整った顔の女子が立っていた。
「薊先輩!今日の祝辞めっちゃ良かったです!」
司は軽く会釈する。
「ありがとー!春休み必死で考えた甲斐あったねー。まぁ、考えたのは私じゃなくて梅ちゃんなんだけどー。そういえば、梅ちゃん、司君とは面識あるんだっけ?」
薊は隣の女子に視線を向ける。
「以前食堂で少しだけお話しましたよね。途中で逃げられてしまいましたけど・・・」
「あっ、いや、あれは、なんというか。
司はアタフタと機嫌を損ねないようになんとか言い訳を考える。
「あー、それは梅ちゃんが悪いなー。私だったそんなことしないもーん」
「同じ年くらいの男性と話したのが、久しぶりだったのでどうすれば良いのかわからなくて・・・」
梅は恥ずかしそうにメガネのフレームをクイっと持ち上げる。
「それは分かる。私もあんまり話さないからねー。距離の詰め方わからないよねー」
「そうなんです!薊先輩もわかっていただけますか!」
梅は薊の肩をガッチリとホールドする。
「うん、わかる。わかるよー」
薊は肩をしっかりとホールドされて気の抜けた顔でグワングワンと梅に振り回される。
「司様!お待たせしました!あなたの桜が戻りましたわ!」
桜が野暮用から戻ってきたようだ。
それに完全に一言余計である。
桜の視線は司から目の前の女子二人の方へ移し、慌てて司の元に駆け寄ってくる。
「ワタクシというものが有りながら浮気ですか!?って、薊お姉様と梅お姉様!?」
皆知り合いのようで、桜はギョッとした顔で薊と梅の方を凝視する。
「おぉ!桜ちゃんだー!」
薊はブンブンと大きく手を振る。
「桜じゃないですか。こんなところで会うなんて奇遇ですね」
「ど、どうしてお姉様方が司様と一緒にいらっしゃるんですか!」
桜は少し慌てた様子で司とお姉様方を交互に見る。
「どうしてって私達お昼ご飯食べて降りてきたら、司君がいたから声かけただけだよー?」
「桜こそ何ですか。司君に向かってあなたの桜って」
梅はメガネのヨロイ辺りをクイっと持ち上げる。
「えと・・・、それはですね・・・」
「まぁまぁ、梅ちゃん。あんまり詮索するのは野暮だよー。高校生になって桜ちゃんも浮かれてるってことだよ。ほら二人のデートの邪魔しないようにあっち行ってよー」
「薊先輩、まだ桜と話が終わってないです!ちょっと、力強いです!先輩!」
薊の謎に強い腕力に引っ張られ、梅と薊はいなくなる。
「司様。薊お姉様と梅お姉様と何を話しましたか?」
二人の姿が見えなくなったところで桜が司に話しかける。
「ん?別に何も話してないけど。薊先輩の祝辞良かったですとか、梅先輩とは前に一回はなしたことあるよねとかその程度かな」
「そうですか」
司の答えに桜はなぜか少しホッとした表情をする。
ホッとした表情に違和感を感じたがあんまり詮索する必要もないかと考え、司は俯く桜の手を引き階段を降りていく。
「つ、司様!?」
まさか司からそんなことをされるとは予想も出来ていなかった桜は声が裏返る。
「まだ、会って間もないけどさ。なんかそういう顔してる奴はほっとけねぇんだわ。顔上げろよ。デート行くんだろ?」
「は、はい!もう!司様ったらワタクシと遂に婚約してくださる決心をしていただけたのですね!これから手を繋ぎ同じ道を」
「うるせぇ!そんなんじゃねぇから!さっさと行こうぜ。行きたいとこあるんだろ」
桜は司の言葉に頷き、上機嫌で司の三歩後ろを追従する。
それからは桜に言われるがままに店に入り、桜のウィンドウショッピングに付き合った。
その後、男性物が置いてあるフロアで桜が司に何かをプレゼントしようと何度も提案してきたが、値段が司の思っていた額ではなく、誕生日プレゼントとして貰うにも気が引ける額だったのでひたすらに断った。
あれこれ薦めてきたが、どれも値札を見てねぇ。
ちょっと気を抜いたら金で篭絡されそうだ・・・。
お嬢様ってこえぇ。