先延ばしされた決戦。
だが、それは今ここで遂に決着を迎えようとしており、異様な熱気は瞬く間に場を包み込む。
第一闘技場、学園設置の円形型闘技場では最もの規模を誇るこの場所は今、期待を膨らます多くの学生達によって支配されている。
ナイン・ナイツの一角と現国王の娘による一対一の婚約を賭けた決闘……先のシリウスよりもこのゲームの対戦カードは注目の的であった。
「っと、こいつはスゲェな。俺達の時の倍以上はいるんじゃねぇか?」
『当然でしょう。しかしマスター、何故このような日陰の場所で観戦を?』
「普通の場所にいたら騒がしくてじっくり観察出来ないだろうからな。俺ちゃんのカッコよさで人集りが出来ちま『それより』」
『良いのですか? 端から彼女を助けなくって』
「被せんなよ!? まっ……今は色々とあの子の見定めってところかな、色々とね」
開始時刻を刻む鐘の音。
溢れ返る観衆の熱気は頂点まで達し、今か今かと待ち侘びる中、人目につかない観客席の裏側に寄りかかるシリウスは静かにその時を待つ。
そして遂にその時は訪れる。
学園に響き渡る鐘の音と共に後に引けぬ譲れぬ覚悟を持つプレイヤーは現れたのだった。
湧き上がる歓声、まるで大衆娯楽のようなムードに包まれる舞台はまさしくゲームという言葉が相応しいだろう。
中には立ち上がる者も現れ、大物同士によるフォルトゥナゲームの始まりに胸を躍らせる。
「心地の良い晴天、ゲームの決着をつけるには最高のシチュエーションだと思わないかい? ボクだけの麗しき薔薇」
「えぇ……その顔を叩き潰すには持って来いのコンディションよ」
短い金髪に研ぎ澄まされた翡翠の瞳を持つ若きナイン・ナイツ、レヴダ・ワイルズ。
風に靡く純黒の長髪と射抜くような闘志が迸る華麗な美少女リズ・セフィラム。
婚約者同士とは想像もつかない対立の眼差しに両者の間には火花が散る。
「これより学園条項に則り、レヴダ・ワイルズ、リズ・セフィラムによるフォルトゥナゲームを開催するッ! 両者、同意の意志を」
立会役の生徒に二人は無言の肯定を示す。
ゲームのルールは変わらない、制限時間五分以内に相手を再起不能に陥れば勝利。
このゲームに敗北すればその場で学園からの追放、即ち
「なぁなぁどっちが勝つよ?」
「普通に考えりゃレヴダだろ。やはりナイン・ナイツの高スペックなリファインコードは有利、前回のゲームだって勝利目前だった」
「でも奴隷王の娘も分からないぞ? これまでレウダに挑んで三度も引き分けで脱落せずに生き残ってんだから」
観衆は思い思いにゲームの予想し合い、期待と興奮が場を支配する。
好き放題に語られる下馬評など二人からすればどうでもいい雑音でしかないが。
リズは思考を集中させ、眼前にいるレヴダの観察に精神を割く。
(落ち着け……出力は奴の方が格上、行動パターンはある程度理解してるとはいえ油断すればこのゲームは直ぐにでも負ける)
「随分と余裕がなさそうだね」
「ッ……!」
「このボクを相手に三度も引き分けこの学園にしがみついている。いやぁ実に素晴らしい功績だ、まぁだが……その悪運もここで尽きるという話だよ、奴隷王の娘」
「相変わらず人を煽るのがお好きなようね。その小綺麗な顔、泣きっ面に変えられると思うと少しはスッキリするわ」
互いに一歩も譲らぬ心構えは場を一層に引き締める 大きく息を吐きだした両者は臨戦態勢へと移行を始めていく。
身体の重心を落とし、腰を低くするリズの姿は戦乙女という言葉に相応しいだろう。
一方でレヴダもまた身体を斜に構えさせ、鋭い眼光を彼女に向けながら異常なまでの殺意と共に魔力を練り上げた。
「最高の戦いを演じよ、両者、構えッ!」
迫りくる始まりの刻。
深まる緊張と緊迫感、まるで空気が張りつめた糸のようにピンと張り詰める。
ようやく決まろうとする、数奇の残酷なる運命に翻弄されし悲運なる王女の末路が。
譲れぬプライド、譲れぬ矜持を懸けた魂のぶつかり合いは。
「バトル、スタートッ!」
高貴な宣言によって火蓋が切られたのだった。
「ハァッ!」
先手を打ったのはリズ、開始の合図と共に地を蹴り上げ即座に間合いを詰める。
奴隷王の娘、そう酷く罵られてはいるが仮にも彼女はこの学園で今も生き残り、ナイン・ナイツの一角と三度も引き分けた優等生かつ実力者。
洗練された身体能力によって極限まで高められた脚力は弾丸に匹敵し、空を駆けるような挙動でレヴダへと迫っていく。
「おっと……!」
予想以上の迅速攻撃にレヴダは反応が遅れ、振りかぶられたエグザム・ディザイアの凝固した血液を纏う刃先が僅かに衣服を掠めた。
血液を司るリズが有する悪趣味とも称されるリファインコード、エグザム・ディザイア。
絵面は不気味でも確かな攻撃力を持つ一撃にレヴダは一瞬怯むが体勢を横に反らすと難なく彼女の仕掛けた追撃を回避してみせる。
「その動きは、見慣れてるッ!」
しかしリズは決してレヴダを逃さない。
刃先を折り畳むことで出現した銃口、撃ち出されるのはゼロ距離からの血液を凝固させた魔弾。
結果、鮮血の血飛沫と共に発砲された銃弾は彼の肩部の皮膚へと掠め、真っ赤な鮮血を吹き上げることとなった。
「おぉ、やるじゃんリズちゃん!」
『ここまでは順調……彼を押しています』
経験からの猛攻はシリウスも手放しの称賛を送るが決して慢心のないリズは剣先を展開するとステップと共に上空からの剣撃を仕掛ける。
肉体を捻らせ、回転を加えた一閃はレヴダを確実に捉えるが高らかな金属音によって彼女の攻撃は惜しくも阻まれる。
互いに隙のない剣撃の乱舞、瞬殺もあり得たリズの奮戦も相まって歓声とボルテージは湧き上がるのだった。
「反撃の機会を与えない技術……やはり流石だ。強敵との戦いを常に切り抜けてきただけのことはある、だが流石にもう鬱陶しいな」
「鬱陶しいのはアンタよッ! ここで、この場所で私はアンタに勝利するッ!」
猛攻に次ぐ猛攻。
エグザムディザイアから噴射された血液を凝固すると無数の刃状へと変化、斬り込む彼女は一切の迷いなくレヴダのダウンを取りにかかる。
振り下ろされる乱撃は重く、威力としても申し分ないものであり食らえば致命傷必至の一撃だ。
リズの策略、奴がオーバーコードを発動する前に総攻撃を仕掛け勝負を決めにいく、前回の対戦を踏まえた実に合理的な作戦。
「スゲェレヴダを押してるぞッ!」
「これもしかして勝っちゃうとか?」
「あり得なくねぇぞこの流れは……!」
オーディエンス達もレヴダを防戦状態に陥らせるリズの疾風迅雷の攻め手に期待が膨らむ。
それはシリウス達も例外ではなく、カリバーは冷静にリズ優勢の状況を見定めていく。
『畳み掛けていますね彼女。まるて相手にオーバーコードを発動させまいとしているような』
「反撃を許さないって感じの攻撃だな。確かにリズちゃんの戦法は決して悪くない……だが」
「『スタミナ消費の危惧』」
見事に重なったシリウスとカリバーの見解。
彼女の躍動を賛辞しつつも言わずとも二人は同様の危惧が脳裏へと過っていたのだった。
「スタミナで言えば明らかにリズちゃんの方が消費している。このまま最後まで行けばいいが……もし何処かで綻びが生まれれば」
『一気に形勢を逆転される』
最強だろうがスタミナは無限ではない。
二人の不安を裏付けるように全力の連撃によってリズは開始から二分も経たずに既に肩で息をするほどに疲労が蓄積されている。
尚も攻撃の手を緩めない彼女の精神力は凄まじいという言葉を添えるべきだが、こうまで互角の膠着状態が続けば綻びも時間の問題というもの。
「ハァ……ハァ……! トドメよッ!」
地を蹴り上げたリズは肉薄を行うと血液を凝固させた刃先によってレヴダの腹部らエグザムディザイアを突き刺そうと刺突を始める。
完全に決めにかかった無駄のない剣撃、彼の腹部へと刃先が着実に迫りくる。
(貰った、このゲームは私がッ!)
だが、相手は仮にも選ばれしナイン・ナイツ。
「……甘いな」
そう簡単に息の根を止めることは叶わない。
瞬間、レヴダの持つクォーツブラストは冷気の噴射と共に地面を驚速に氷結させると彼の周囲は純白の冷気で支配される。
エグザムディザイアが直撃する寸前、彼は摩擦力が消失した氷の地を利用して滑るように華麗に渾身の一撃を高速回避するのだった。
「何ッ!?」
全力の攻撃が空を切ったリズは目を見開き、生まれてしまった綻びに思わずたじろぐ。
圧倒的なスペック差を物ともせず猛攻に仕掛ける彼女の実力は一級品である。
だが、何処か冷静さを欠いた余裕のない勝利への執着からなる攻撃は諸刃の剣。
「オーバーコード」
故に生み出してしまった最悪の結果。
しかもゼロ距離、最大のチャンスは僅か数秒で最大の危機へと切り替わる。
嘲笑うかのようにレヴダを包み込む形で騎士型のフォルムを有するクォーツブラストの化身は顕現と同時にカウンター技を繰り出す。
「リファインバースト、デッドリーシャフト」
化身が有する大剣の切っ先からは高速に回転する氷刃が射出され、それは瞬く間にリズへと強烈な衝撃を与えていくのだった。
血液による防御壁で致命傷は防いだがそれでも威力は絶大、リズは大きく吹き飛ぶと闘技場の鉄柵に衝突するとそのまま地面へと落下する。
「ぐっ……!?」
「リファインバースト、ピタゴラス・ヴェーロ」
視界が揺れ、意識が混濁するリズの前にレヴダは化身によって作られた大剣を携えて歩み寄る。
間髪入れずクォーツブラストから放たれたのはまるで直角的な二等辺三角形の鋭利な氷柱。
地を抉りながら突撃する大技は咄嗟に防御を敷いたリズへと容赦なく襲いかかった。
爆発のような轟音が響き渡ると同時に砂埃や瓦礫は盛大に宙を舞う。
「勝てないさ、君はボクに」
冷酷に紡がれた言葉と共に彼女の姿は再び露わとなるがその状態はまさに満身創痍。
膝をつきながら腕部や額、各部から鮮血が溢れる痛々しい光景。
「ぐぶっ……!」
尚も意識を保つのは非凡な精神力だがこの状態では最早勝負は決まったも同然。
隙をついた反撃の連続に「終わったな」「レヴダの勝ちか」と誰もが勝負は遂に決したと歓声を挙げていく。
『マスター、彼女の限界も』
堪らずカリバーは指摘を行うがシリウスはこれ以上の発言を制止するように手を挙げる。
静観を続ける彼が見つめる先にいるボロボロながら不屈の戦乙女は相手へと睨みを効かせた。
「何だその目は? まさかこの状況でもまだボクとやろうっていうのかい?」
「……ゲームは……終わってない。立ち続けていれば終わることはない……!」
「何故そこまで抗う、何故そこまで拒むッ! ボクの物になれば君は平穏を享受出来る。ちっぽけなプライドの為に何故そこまで傷つく? 君は常軌を逸しているッ!」
へし折ってやると言わんばかりに次々に紡がれていくレヴダの罵倒。
だが一理もある、凡人では到底味わえぬ貴族の幸福を取らず、限りなく勝率の低い戦いに単独で挑み続ける彼女は一種の異常と言えるだろう。
あらゆる誘惑も全く靡かないどころか近付こうとする度に反抗心を燃え上がらせるリズにレヴダはレヴダは苛立ちを隠すことが出来ずにいた。
「……それでもよ」
「何?」
「アンタだけじゃない……私に……私が背負った全ての運命と罪……その全部に抗う為に、その全てを償う為に……私は戦い続けてる」
怒りに満ち溢れた声を振り払う。
純粋な闘志に支配された瞳を浮かべるリズは満身創痍の肉体を奮い立たせると再びエグザムディザイアの刃をレヴダへと向けた。
たとえボロボロになろうと、醜態を晒そうと、それでも抗い続ける。
「それが私……リズ・セフィラムよッ!」
狂気にも近い闘争心、今この瞬間に終止符を打たんとする気魄。
観衆はこの場の空気を支配しつつあるプレイヤーの覇気に当てられ思わず固唾を呑み込む。
常軌を逸した行動原理で立ち塞がる彼女に最早レヴダもこれ以上の説教を口には出来なかった。
「何を訳の分からない事をッ! 君の運命だの罪だのこちらの知ったことではない! 君はただボクの物になればいいのだッ!」
聞いていられないと実力行使に出るレヴダは化身と共に今度こそ完全に彼女の再起を不能にさせようと呼吸を整えていく。
呼応するようにクォーツブラストは屍も同然なリズを潰そうと冷気を纏う。
「リファインバースト、ゼロ・ストライク」
前対決で彼女に知名打を与えた化身が生む氷結の槍による雨を降下させるリファインバースト。
いつ倒れても可笑しくない肉体を気合で無理矢理立たせているリズにはどうする事も出来ない。
分かっている、それくらいのことは、だがそれでも彼女は迎え撃つように構えを整える。
「くたばれボクだけの麗しき薔薇ァァッ!」
木霊する激情の咆哮。
周囲の地面は冷気に満たされ、熱気に包まれるオーディエンスに応えるように振り被りと共に化身からは容赦知らずの乱撃が一斉に降り注ぐ。
迫りくる決着の刻、リズはエグザムディザイアを盾代わりに決死の防御体勢を取る。
しかしそれが無意味であることは本人が一番に理解していた、化身を使わせない作戦が失敗した彼女はただ意地だけで難敵を迎え撃つ。
「来なさい……レヴダァァァァァァッ!」
だが止まらない、止まれない、理性を見失った叫びは彼女を狂乱させ奮い立たせる。
誰もが決して覆ることのない終わりに身構える、その瞬間だった。
「……なるほど」
この死闘を前に全員が忘れていたイレギュラーな時代遅れの最強が動いたのは__。
刹那、レヴダの放ったゼロ・ストライクは瞬きをする暇もなく空間へと消し飛ぶ。
確かにそこで彼女にトドメを刺そうとした一撃は数秒も経たずに跡形もなく消え去った。
「何ッ!?」
「えっ……?」
「「「ッ……!?」」」
誰もが顔を強張らせ呆然とする。
目の前で掴みかかっていた勝利が流れるように消え去った事実にレヴダは周囲を見渡す。
「それが、君の本当の覚悟と言うなら」
「何だ、何処からッ!?」
会場へと響く不穏な透き通る声。
若干冷静さを欠き始めていた思考には追い打ちを掛けるように焦燥感が募る。
本能的に感じる身の危険、だがそれを冷静に分析する暇もなく、彼の額には超速からなる拳が強襲を行った。
「グボァッ!?」
めり込ませる程のノーガードで食らった強烈な一撃はレヴダの意識を一瞬吹き飛ばしながら大きく背後へと吹き飛ばす。
砂埃を舞い上がらせながら叩き込まれた拳は空間を歪ます衝撃波を生み出した。
周囲へと靡く変革の風、半ば自暴自棄と化していたリズはまたも訪れた衝撃に瞳孔を開き、自身を守るように佇む王子様へと目を奪われる。
「シリ……ウス……?」
何処までもふざけていて、何処までもお気楽で、何処までも謎めいているその存在。
だが何処か心を掴んで決して離すことがない異色の王子様はリズへと優しく、力強く言葉を紡ぐ。
「俺は、君の願いに命を懸けてもいい」
絶望へと救いを差し伸べたシリウスは眩い太陽を背後に迷える王女へと不敵に微笑むのだった。