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第11話 神速のシリウス

「シリウス……アーク……!?」


 予想外の乱入者。

 その登場に会場は騒然とする。

 波乱の予兆を見せる局面に当然のようにレヴダは当たり前に怒りを露わにする。

 目前にまで迫ったゲーム勝利目前での妨害、到底許せるはずがない。


「貴様……何のつもりだッ!? 神聖なるゲーム中に乱入を行うなどルール違反だぞッ!」


「見定めをしてたんでな、彼女が命を懸けるに値する存在なのかって」


「命だと……?」


 悪びれる様子もないシリウスの大袈裟な動きを交えた発言に訝し気な表情を見せるレヴダ。

 ルール違反だという罵倒は瞬時に、そして強引に掻き消されシリウスはリズへと振り向く。

 またも彼に救済される形となった彼女だが予想打にしない行動に焦りと怒りに包まれた。


「何してるのアンタはバカなの……!? 言ったはずよもう関わるなってッ! このゲームに介入すればアンタの身にも何が起きるかッ!」


 邪魔をするな、私にもう関わるな。

 念押しに次ぐ念押しで釘を刺したのにも関わらず救済を行ったシリウスに彼女は様々な感情が入り乱れる心でバカと罵る。

 だが一呼吸の末にそんなこと知ったことではないとお姫様へ風のように青春を駆け巡らせるシリウスは一蹴するのだった。


「バカと言われればバカだな、言う通り学園破壊計画なんて考えるリズちゃんを切り捨てればまだ俺は穏やかに学園生活を送れる」


「そうよアンタはバカよッ! でも私もバカ……何で……まだ私なんかに拘ってッ!」


「でも時に、バカは絶望を超える、俺だって沢山のバカをやってここまで生き残った」


 自らに向けたバカという言葉を敢えて前向きに肯定するシリウス。

 加えて彼は自身を絶望と形容し、リズへと自分を投影した言葉を投げ掛ける。


「人はたった一人で全部出来ちまうほど完成されちゃいない、俺含めてな。誰だって誰かを頼らなきゃ死んじまう生き物だ」


「何の話……?」


「何も一人で抱え込まなくてもいいって話だ、どの時代でも俺は推しを作るのが好きでね。言ってしまえば君の願いに命を懸けてみたい」


 イかれてると罵っても何ら問題はないシリウスの真っ直ぐ過ぎる決意の言葉。

 出会ってまもない女に命を懸ける、自分が正気とは程遠い事は理解しているがそれ以上に常識から懸け離れている彼にリズは唖然とするしかない。

 そんな彼女の心を見透かすように「心配するな」と笑顔を浮かべたシリウスは殺意の形相を露わにするレウダを再び瞳で捉える。


「最強でも神様でも全部を救うことは出来ない。だが誰かの願いを叶えることは出来る。なら俺は……愛したいと思えたお姫様に狂おしく命を懸ける。それが俺の生き方」


 瞳を疾駆する鋭く赤き閃光。

 魔法陣を顕現させ、華麗にカリバーリベレイターを引き抜いた時代遅れの最強が持つ切っ先は照らす太陽によって鮮明に煌めく。


「一つ取引をしようじゃないかリズちゃん」


「取引……?」


「俺が君の願いを手伝う。望むのなら悪魔にも犬にもなろう、だから君は俺の」


 一拍を置いたシリウスはリズを見つめると手を差し伸べながら微笑を浮かべる。

 予測不能な行動と言動によって学園を荒らす彼だが次に吐かれた言葉は更に場を混沌に陥られた。


「俺の……


 静寂__。

 なんとも言えない沈黙__。

 そして生じる、耳を疑う混乱__。


「ッ!?」


「はっ……?」


「「「はいッ!?」」」


 常識が覆るとはまさにこの事だろう。

 プロポーズとも取れる宣言にリズは猫のように身を震わせ、飛び上がる。

 周囲もまたまるで意図の読めない、突拍子もない発言を繰り出したシリウスに身を乗り出す。

 だが……唐突にこの公の場で放たれた結婚宣言に一番理性を喪失したのは他でもない、婚約者であるレヴダであった。


「貴様……その発言が何を意味しているのか分かっているのか? 分かっているのかァッ!」


「分かってるよ、かかってこいよワイルズのお坊ちゃん。ゲームチェンジだ」


 プツンと最後の理性が切れる音が脳内に響く。

 今の彼にルールなんてものは思考にない、あるのは何処までも自分の邪魔をするこのクソ男を惨たらしくブチのめすかだけ。

 瞳孔を開いたレヴダは身に纏う冷気を最大展開、全てを凍り尽くす極寒の化身と化す。


「殺す……貴様から先にボクが殺してやる。ゲーム変更だ、貴様の全てを踏み躙ってやるッ!」


 慈悲など与えない、いや寧ろ出来る限り最悪で最低の痛みを伴う死を与えてやる。

 小さくシリウスから吐かれた「言ったな?」という言葉も耳に入らない程に憤怒に支配されたレヴダは跳躍と共に切っ先を迷わず振り下ろす。

 オーバーコードを発動した彼の猛撃は容赦を捨ててシリウスへと強襲を仕掛けた。


「旧式の落第生ワーストプレイヤーが、朽ち果てろッ!」


 確実に命を刈り取るべく高圧縮の氷柱が幾つも生み出される。

 無尽蔵に湧き水の如く滴り落ちる殺意の水は空間を隈なく蹂躙するように降り注ぐと地を抉りながら荒れ狂う。

 容赦なく襲いかかる魔法の数々に「逃げろッ!」と背後から悲運なる姫君の悲痛な叫びが響く。


「もう休みは十分だろカリバーちゃん? 君の喪失した魔力も目覚めの時だろう」


『えぇマスター、準備は完了しています』


「オーケー、再臨だ」


 だが危機迫る状況でもシリウスは笑みを浮かべたまま全く動じない。

 吐かれていく深呼吸、何故彼はかつて最強という名を我が物にしたのか。

 その意味を示すかのように、再び世界に衝撃を与えるべく切り札の詠唱は紡がれた。


「オーバーコード」


 刹那、白煙が周囲を包み込むと上空から迫る数多の氷撃はいとも簡単に弾かれる。

 思わずよろけてしまいそうな風圧と衝撃は全方位へと広がり、オーディエンスは予測不能の光景に瞳を大きく見開く。

 レヴダは後方へと大きく吹き飛ばされると、心臓を握り潰すプレッシャーに顔を歪ませた。

 やがて顕になる姿、シリウスを守護するように冷徹な強者の匂いに纏われながら出現した化身は盤石な存在感を放つ。


「何だ、その化身は……!?」


「これが……シリウスの化身……?」


 ヴィルド帝国希望の象徴。

 そして、彼が最強である所以の象徴。

 白銀に包まれる鋭利なフォルム、白装束に包まれる機械仕掛けの四枚翼を有する騎士。

 道化師にも似た仮面で形相を隠す姿は秀麗ながらも腹の中を読むことが出来ない得体のしれない脅威感を与える。

 肉体のあらゆる箇所に刻み込まれる蒼きラインは血流のように輝き、数多の魔族を駆逐した純白の両刃剣は神々しく光を輝かせていた。


「チッ、骨董品以下の化身が、ボクのクォーツブラストを打ち崩せるとでもッ!」


 地に力強く足をつくと化身は衝撃波を吹かせながら再びシリウスへと肉薄、氷柱が如く鋭利な切っ先で彼の心臓を貫かんと強襲する。

 だが白き騎士はそんな猛攻に臆することなく剣を構え、一振りの斬撃と共に全てを薙ぎ払った。


「遅い」


 空間が凍り付くような冷気は吹き飛ばされ、共に激しい衝撃が周囲へと駆け巡る。


 よろけたクォーツブラストは果敢に斬撃を仕掛けるも容易くカリバーの持つ剣に相殺され、重厚な金属音が奏でられていく。

 化身同士のダイナミックな激突、一発一発に衝撃の波動が生まれる両者の戦いだがカリバーの巧みな剣術は徐々に戦況を有利に運ぶ。

 劣勢に待ったを掛けるよう、クォーツブラストは氷結の弾丸を剣先から放つも発動した神速の力によって軽々と躱されカウンターを食らう。


(馬鹿な……このスピードは一体ッ!? スペック差はこちらに圧倒的な分があるはずッ!)


 肉眼で全く捉えきれない程の速度。

 レウダはようやく理解する。

 かつての右腕を葬り去った憎き男が有するその力の正体、それは異次元の超速能力。

 ただの奇跡が重なった偶然と見下していたあの時の戦評は改めざるを得ず、裏付けされていく彼の持つ力にレヴダは焦燥感に満たされた。


「さぁ、俺に追いつけるか?」


 狂気にも似た闘争に溢れる笑みを見せるこの鬼神に油断は死を意味する。

 僅かに思考を放棄する程の唖然に包まれていたレヴダだが我に返った時には既にシリウス本人が自身の眼前まで肉薄を果たしていた。

 咄嗟に防御を取るがスピード特化の攻撃に氷結の能力など通じるはずもない。


「馬鹿な、何故こんな動きが……!?」


 体勢は瞬時に崩され、がら空きとなった腹部へと剣の峰打ちが叩き込まれる。

 咄嗟に張り巡らせた氷の防壁も意味をなさずに高品質な斬撃能力と神速の双撃によって次々と一方的に破壊されるしかない。

 堪らず化身を呼び戻すもカリバーとシリウスの猛追に戦況を覆すまでには至らなかった。


「リファインバースト、デッドリーシャフト!」


 リズを追い詰めた回転する氷刃の乱撃。

 苦し紛れに放たれたリファインバーストだが嘲笑うようにシリウスの詠唱は放たれる。 


「リファインバースト、ストリンジェンド」


 所有者へと高機動飛行能力を与えるリファインバーストはカリバーが有する物と同じ機械仕掛けの翼をシリウスへと与えていく。

 天使を彷彿とさせる四枚翼のスラスターウイングによってシリウスは高速で上空へと舞い上がるとレヴダの必殺を回避した。


「こいつ飛行能力までッ!?」


 かつて最強の名を我が物にした騎士の力の一端を垣間見たレヴダは舌打ちを打つ。

 即座に空間へとクォーツブラストによって数多の氷結による足場を生み出したレヴダは宙を駆るシリウスを追撃。

 しかし自由なる翼を持たない存在が神速を捉えることは出来ず、必死に追いつこうが超速の飛行で距離を取られると反撃を食らった。


「これは……この力は」


 誰もがその無双劇に目を離せない。

 オーディエンスはただ旧式が繰り出す驚異の乱舞に心を動かされ、リズは閃光のように空中を自在に駆け巡るシリウスに瞳を奪われる。

 かわい子ちゃん好きで、ふざけていて、その上で能天気な手の焼けるお節介な大型犬。

 しかし彼女の目に映る今のシリウスは伝説と言われたヴィルドの白薔薇の名を持つに相応しい大戦を終局へ導いた風格を身に纏っていた。


「グボァッ!」


 化身諸共、神速の餌食となるレヴダは遂に真上から放たれた峰打ちに地面へと叩き落される。

 粉塵と瓦礫は激しく舞い、鈍い地鳴りと共になすすべなく倒れ伏す。

 栄華を極めるナイン・ナイツ、その肩書きにはまるで相応しくない劣勢に埃を振り払った彼の目には殺意しか残されていない。


「ボクはナイン・ナイツだぞ……選ばれし席次を持つ者……何故、何故だッ! 貴様のような欠陥品がボクを上回っているというのかァッ!」


 幾度もプライドをへし折られ、狂乱の域に達したレヴダに後先を考える余裕はなく、ただ突進と共にシリウスへ剣を振り下ろす。

 深手を負いながらも決して退かずに素早い速度で切り込めるのは腐ってもナイン・ナイツの一角と言えるだろう。


 しかし相手は常に戦地を駆けてきた若年ながらも歴戦の強者。

 振り下ろされる氷剣の一閃を軽やかにステップを踏みながら回避し、神速の足運びで悉く防ぐとハイキックによるカウンターを撃ち込まれた。


「クソッ、止まれ! シリウス・アークッ!」


 喪失していく戦意、まだ一分も経っていないという状況にレヴダはなりふり構ってられない。

 こんな旧式の落第生ワーストプレイヤーに敗戦を喫するなど言語道断、堪らず彼は自身の刃をオーディエンスが座する観客席へと向けた。

 何をする気だと生徒達は顔面蒼白とした恐怖に駆られ、悲鳴と共に逃げ惑いが始まるが狂乱の叫びが彼ら彼女らを制止させる。


「貴様らも動くなァッ! いいか、その足を少しでも動かせばこの刃の先にいる者達を潰すッ! 無駄な血を貴様も流したくないないだろう」


「なっ!? アンタ何を考えてッ! ルール違反を犯すつもりッ!?」


「黙れリズッ! 君には聞いていないッ!」


 リズは堪らずレヴダへと怒声を上げるも当人は意に介さない。

 観客席を人質とした上で行われる所業にシリウスも神速の足を止める。


「ボクとも取り引きしようじゃないか……名誉をやろう、権力をやろう! 貴様をボクの右腕という厚遇で迎え入れようじゃないか。案ずることはない、ボクの下にいれば将来は約束される。その場に数分佇めば貴様は幸福に包まれるッ!」


 誘惑に行使されたのは誰もが手にしたい名誉あるナイン・ナイツ側近という特権階級。

 皮肉にも追い詰められたことで僅かに冷静さを取り戻したレヴダはオーディエンスの命を出汁に自らの保身と栄光に固執する。

 させまいとリズは負傷した身体を持ち上げるが制止するようにシリウスの手は挙がった。


「その女など今すぐに裏切れッ! 人は欲しいものだ、お決まりの幸福を……貴様もそうだろう? たった数分待てば貴様は全ての望むものを」


 誰もが固唾を見守る。

 彼が紡ぐ次の言葉を。

 鬼気迫る静寂が場を支配する中、シリウスは微笑を浮かべると高らかに紡ぐのだった。


「女々しい男レヴダ・ワイルズッ! 人を盾にしなくては己のプライドを守れないかッ!」


 萎縮によって少しばかり鎮火されていた怒りを再び発火させる逆鱗に触れる言葉を。

 凶行に走りかけていた激情の王子は血管が浮き出る程の憤怒に包まれる、女々しいと称した失言に内に眠る腐敗したプライドは暴走する。


「言ったのか……? 今、ボクを女々しいと……言ったのかァァァァァァァッ!」


 良くも悪くも真っ直ぐな一対一の勝負へと再び向かうレヴダは化身を突撃を開始した。


「リファインバースト……ピタゴラス・ヴェーロォォォォォォォォォォォォォォッ!」


 かつてリズを追い詰めた直角的な二等辺三角形の鋭利な氷柱は地を抉りながら突撃を行う。

 高密度の氷結からなる迷いなき暴威は再びシリウスへと振りかざされるが守護者であるカリバーは流れるように攻撃を上空へと弾いた。


「ッ……!?」


「終わらせよう、こんなゲーム」


 弾き飛ばすと同時に周囲へ靡く風圧。

 反撃と刃先へは魔力が凝縮を始め、やがては激しさを極める閃光を帯びる。

 時代遅れの産物、そう蔑むことは出来ない威圧に支配された力は切っ先へと凝縮を始めた。


「リファインバースト」


 軽快に紡がれた詠唱、刹那。

 空間は神速によって埋め尽くされる。

 かつて魔人エクリプスを葬った切り札は直線上に迸る白光は空気を裂く轟音を響かせた。

 放たれるプレッシャー、レヴダの顔にもこれまでの比にならないの危機感が募ると咄嗟に何重にも渡る氷壁の盾達を顕現させる。


「リベリオンブラストッ!」


 かつて魔人エクリプスを葬った切り札。

 直線上に迸る白光のような衝撃波は空気を裂く轟音を響かせる。

 放たれるプレッシャー、神速の突きから放たれる一閃は光と化すと空間を翔けていく。

 氷壁による盾は幾重にも重なり合い強固な防壁と化すも、シリウスの神速から繰り出される一閃は容易くその防御を打ち砕く。


「ボクが……ボクが……朽ち果てるなどォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」


 終焉を告げる悲痛なる絶叫。

 一閃が氷壁を貫き、そしてレヴダを穿つ。

 刹那に駆ける衝撃は空間へと拡散すると彼が支配する氷結の化身は力なく倒れ伏す。

 激情の決戦が終わりを告げたことを意味するようにただ見惚れるだけのリズへ時代遅れの王子様は軽快に純粋な微笑みを捧げるのだった。

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