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第40話 怪物再臨

「う〜ん……駄目ェッ! 何度見直しても顔が見える瞬間がない! あんだけやり合って何も見えんとかマジないんだけどぉ、ウニャァァッ!」


 ジタバタとしながら放たれる絶叫。

 シュガーから渡された容器に収納された青髪を手に猫と化したクルミは憤る。

 何度も繰り返す映像の見直し、だが辿り着いたのはパルヴァーヌの素顔は全く見えていないという結末だった。


「何度も見直しても劇的変化はありませんね……これ以上は無駄じゃないでしょうか?」


「何をそんな消極的なのネネカ! 図書館ブッ壊したアイツを逃していいとでも!?」


「嫌ですよッ! でも素顔も布に隠されたリファインコードも見れてない訳ですし……核心を突ける物がないなら無意味としか」


 歯痒い正論にクルミは顔を歪ます。

 念入りにセットされてる髪を掻きむしる彼女はいても立ってもいられずに突如として立ち上がる。


「だぁぁ! ジッとしたって何も変わらない、新たにヒントを得るのみ! ごめんね皆の衆、ちょっと一人で調べてくる」


「あっちょクルミさん! ってヤバっ……図書委員の活動時間が……すみません、私も失礼します」


 騒がしさから一転、クルミ達が離脱したことで訪れた静寂にシリウスは机上に腰を掛けていた。

 標的にされたとは思えないほどに呑気に綿あめを頬張るヴェレを尻目に彼を支配していたのはミレスの発言。


「気になってるの王子様? あの言葉が」


「あぁ、あんなに真剣な雰囲気の美人ちゃん先生は初めてだ。言葉の節々に鬼気を感じたよ。と言っても何故パルヴァーヌはいきなりヴェレちゃんを狙……」


 言い切ろうとした直前だった。

 シリウスが突如として停止したのは。

 言葉を自ら詰まらせた彼に堪らずリズは振り返ると不安そうな形相を浮かべる。


「シリウス?」


「いや……? 前提を疑う……まさかあの謎も……リズちゃん、もしかしたら俺達は色々ととんでもない思い違いをしていたのかもしれない」


「は、はい?」


 一方的に言葉を奏でるシリウス。

 自分勝手に真実へと加速する彼についていけないリズは目が点になるしかない。

 普段の馬鹿で忠犬の雰囲気は姿を消し、本気のギアを踏み込んだシリウスの顔は詰まり物が取れたように段々と光を得ていく。


「手の内で転がされていたかもしれないってことだよ。あのバニーガールが仕込んだトラップに」


「いやだから一体どういう」


 迷宮の先へと辿り着いていた様子を見せる彼へと問いの言葉を掛けようとする。

 だが、直後だった、二人の耳元に木の串が落下する音が鼓膜に響いたのは。


「「ん?」」


 視界を奪ったのは停止するヴェレの姿。

 綿あめを食べきった串は地面へと落下し、瞳には例の青い閃光が疾駆を始めている。

 だが、これまでと明らかに違うのは彼女の額からは一筋の汗が溢れていたことだ。

 焦り、後悔、周囲の出来事には無関心過ぎる存在は明確に表情を浮かべていた。


「ヴェレちゃん?」


「グチャグチャ……不味いかもしれない」


「不味いだ?」


「いや、かもじゃない。


 目線も合わせずに一人、珍しく形相を歪ませながら頭へと手を添える。

 僅かに眩むような動きを見せる今の彼女には平和を体現した様子は見当たらない。

 流し込まれていく未来、綿あめの甘味すらも忘れたヴェレはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ッ……大変なことになる。あの子達」


「大変……? まさか委員長ちゃん達ッ!?」


 不意に流し込まれていく狂乱の匂い。

 直ぐにも意図を察知したシリウスへとヴェレは真っ直ぐな瞳で、同時に首肯を見せたのだった。




「ここが知識展示区画ナレッジ・パビリオンです。器物を損壊しないのであれば自由にご使い下さって構いませんよ」


「ありがとうね委員長」


 グランドEXPO知識展示区画ナレッジ・パビリオン__。

 広大な敷地面積を誇るゼノリアタワーの一角、数多の先人達が残した研究資料に包まれる静寂の空間には一つの吐息だけが響く。

 念の為と数多の委員が護衛につく中、内に過っていた違和感を軸に数多の資料に休みもなく目を通していた。


「何か動きはあるか?」


「現状は特に。まぁ例のヴェレもいませんから。このまま後味まで良く終わればいいですけど」


「うぅ……死ぬにしても気楽に安楽死で抹殺されたいですよキュルン」


「何で死ぬ前提で考えてるんすか」


 相変わらずの死にたがりに陥るシュガーに振り回される一同を背後にミレスは黙々と例の眠り姫の情報を必死に捜索していく。


(ヴェレ・アセロランシェイズ、神殺しの異名を有するが彼女の性格……及び非戦的姿勢を加味しても狙われるほどの存在ではない)


 未来予知を行う眠り姫、ヴェレ。

 綿あめをこよなく愛するエルフ族の一人。

 この学園には見合わない平和的な性格を有するデッドライン候補生。

 だからこそパルヴァーヌに襲撃された事実はミレスの疑念に拍車を掛ける。


「って、いつまでそこにいるんだい? 私は大丈夫だから君達は君達の時間を」


「いえ、きな臭い事件が多発する中で貴方を一人きりにさせる訳にはいきません」


「君にとって私は自衛力のない弱い人間だと?」


「あっいやそういう訳ではなくッ!?」


「アッハハ! 冗談だよ、息抜きついでのからかいだ。事実そうだからね。しかし折角なら少しだけお姉さんの話に付き合ってはくれないかい?」


 生真面目を極めるケイネスへと軽口を叩いた悪戯なミレスは流れるように眠気を誘うような声を周囲へと漏らしていく。


「ヴェレ・アセロランシェイズ、あの子、少し可笑しいとは思わないかい?」


「可笑しいとは?」


「ここはユニークな能力揃い。少しの未来予知程度は軽く攻略できる者が揃う。そんな中でわざわざ彼女を執拗に狙った理由は? 優秀成績が多いEXPO委員と比べて彼女はデットライン候補者だ」


「それは……確かに狙われるほどのことかと」


「疑問でね。元は少しの好奇心であの娘の事を調べようとしてたけど、あのパルヴァーヌが狙ってたことで俄然違和感が増えた」


 首元で絞めていたネクタイを緩めた彼女は一息の末に再び数多の資料へと目を通す。

 書類の擦れる音が反響し、ミレスの疑問にまたケイネスも眉を顰めた。


「だからこそ未来予知が出来るエルフ、その前提から疑おうと思ってね。詰まった時ほどは疑うべき障壁となるから」


「前提……?」


 同時__。

 あの王子様とほぼ同時のタイミングだ。

 ケイネスの脳内に電流が走ったのは。

 閃きからなる高速の思考の巡回、そして辿り着く全てを覆すある仮説。


「いい委員長……ど、どうしたんすか……?」


「そうか、前提を疑うッ!」


 特に意味もなく吐かれたはずの言葉はケイネスの固まっていた思考を大きく解す。

 シュガーの問いに途端に瞳へと光が戻り始める様子に無意識ながら彼を真実へと近づけた彼女は思わずは横目で彼を凝視した。


「おやおや? 何か閃いた形相だね」


「えぇ……お陰で広がりましたよ視野が。この考え方ならパルヴァーヌの動機もッ!」


「良く分からないが……君の力になれたのであれば万々歳と言うべきか。って、これは……」


 同時にミレスもまたある真実へ辿り着く。

 あらゆる魔族関連の研究書物、クロニクルウォー時の軍事書の類。

 噂で流れる神殺しという異名も相まってミレスの表情には段々と緊張感が走り出す。


(……ヴェレ・アセロランシェイズ……やはり油断ならない女、これが背景にあるならば襲撃の理由も罷り通る。いや、それ以上の厄災が引き起こされる可能性も)


 彼女の内に根付いていた違和感は急速に鮮明へと向かい、同時に一種の恐れが胸中に締め付く。

 思考に巡る出来る大人の推理は静寂の中である具体性を持つ結論へと終着した。


「ありがとう君達、私の用事はこれで済ん」


 ドグシャ__。


「はっ?」


 鈍く、湿った音。

 顔面から崩れ落ちるように宙を舞い、壁に叩きつけられ床に滑り落ちる姿が焼き付く。

 停止する思考、だがやがては目の前で引き起こされた現実を理解すると同時に周囲もまた不意を突かれた強襲を肌で認識する。


 吹き飛ばされた、何故?

 地に落ちている、何故?

 誰が、こんなことをした__?


「何ッ……!?」


 吹き飛ばされたのは一人のEXPO委員。

 完全なる不意打ち故に何の抵抗もなく被弾したことで瞬時に意識を手放す。

 氷の爪で背筋を引き裂かれたような悍ましい恐怖が超速で場の支配を始めた。


「ひ……イヤァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!」


 絶叫__。


「何すか、何すかコレ!?」


 焦り__。


「全員、警戒態勢をッ! 先生こちらへ」


 理性の喪失__。


 ケイネスの元に直ぐ様警戒は敷かれると異様な緊張感が空気を戦慄させる。

 明らかに誰かの襲撃を受けた様子、ミレスを下げた彼は極限の様子に唾を飲み込む。


「クソッ! 一体何処から」


 刹那、憎悪を掻き立てる風が靡く__。


 言わなくても分かる。

 振り返らずとも分かる。

 背後から嘲笑う悪魔の正体を。

 瞳を向けた瞬間、瞳に焼き付いた姿はケイネスに眠る心火を盛大に滾らせた。


「死煉……パルヴァーヌ……!」


 華麗に手を振る狂気のウサギ。

 恐怖の象徴は誰にも察知されることはなく、この聖域への侵入をまたしても果たす。

 何故ここにいるのかと死煉パルヴァーヌの君臨は瞬く間に混乱を生じさせた。


「嘘でしょ、何で警備は強化してッ!?」


「イヤァァッ!? 惨殺されるゥゥゥッ!」


 混迷を極める声々。

 キュルン達もまた動揺を隠しきれない。

 魔法に掛けられたの如く、石となりて動きが止まる一同の元へと怪物は降り立つ。

 瞬間、刃先が地へと刺されたと同時に生じた衝撃波は慈悲の欠片もなしに全員を弾き飛ばす。


「「「アグぁッ!?」」」


 飛び交う苦悶の声々。

 思考が整理される前の硬直時間へと漬け込んだ手慣れた動きは数敵有利を軽々と覆す。

 狂気的だが合理的、能力行使前に相手へダメージを与える、洗練された手段の一つ。


「この子がパルヴァーヌ……何故」


(クソが……! 大半は意識を失ったか。狡猾なウサギがッ!)


 一秒ごとに侵される冷静さ。

 大半の者が不意打ちに悶える最中で戦えるのは自分しかいない。

 使命感がケイネスを掻き立てるとミレスを守る形で即座にリファインコードを顕現。


「何をしにここへ来た……貴様が狙っているヴェレもこの場にはいないんだぞ」


 答えは永遠に返ってこない。

 無言で黒布に包まれる武具を握り直したパルヴァーヌは冷徹に足音を鳴らす。 

 ハイヒールの音色は空気を裂くように高鳴り、二人の距離は着実に狭まっていく。


「答える気はないか……ならば力付く。これ以上はさせないぞ貴様の好き勝手にはァッ!」


 今はこの目の前にいる突如として襲来した破壊者を討ち滅ぼすのみ。

 決意を固めたケイネスは周りに蹲る同胞達の怒りを糧にレペッド・ハルケイラは煌めきを増す。


「オーバーコードッ!」


 召喚されるは夥しい鎖を四肢に纏う蜘蛛型の異形。

 鋭利と禍々しさを両立する巨大なる化身は背部から槍頭を備える鎖を数多も射出。


「リファインバースト、チェイン・マインッ!」


 槍へと爆撃性を付与した乱撃は一途にパルヴァーヌへと襲いかかる。

 トリッキー性と破壊性を両立された軌道の読みづらい渾身の必殺。

 次々と爆発による轟音が反響するが見越したようにパルヴァーヌは爆撃効果を持つ槍頭を華麗に躱し続けると鎖部分へと飛び乗る。


「なっ……!?」


 化身の生み出した無数の槍頭付きの鎖。

 武装を逆手に取った異能の機動で巧みにケイネスへと接近。

 咄嗟に鎖を旋回させることで奴の動きを止めようとするが意味はなく、跳躍と共に影は彼に覆い被さるように真上へと到達した。


 股下が見える扇情を誘う光景。

 だが上回る恐怖がケイネスの思考を蝕む。

 僅かにフリーズした隙、地へと降り立つと同時に懐へと迫り込んだパルヴァーヌ。

 超至近距離かつ既に攻撃体勢へと移った奴を見切れることはなく。


「あぐっ……!?」


 溝へと放たれた蹴撃が肉体を襲う。

 吹き飛びそうになった意識をどうにか保つが後方まで吹き飛ばされたケイネスは散り散りに粉砕された硝子と共に倒れる。

 標的を切り替えた悪魔はミレスの背後へと回り込むと首筋へと手刀を繰り出した。


「ッ……!」


 声にもならない声。

 カウンターと放たれようとした上段蹴りよりも先に攻撃を貫いたパルヴァーヌによって軽々と意識は奪い去られていく。


 閉ざされた視界の果て。

 意識が朦朧とする中、黒く染まった視界で悪辣に佇む一つの影を睨む。

 内に潜む闇に染まった感情を汲み取った彼女は底しれぬ脅威に遂には目を閉じた。

 倒れゆく身体を抱きとめたパルヴァーヌは物のように米俵の容量でミレスを担ぐ。


「待て……貴様ァ……!」


 退散しようとした瞬間、足へと深い負荷が掛かる。

 執念の領域、意識を保つだけでも立派な致命打を食らわせているはずのケイネスは這いつくばりながら足元まで到達していた。

 逃がしてはならないと足を握る彼は憎しみの目線を痛烈にパルヴァーヌへと向ける。


「先生をどうする気だ……これ以上……貴様の……貴様の好きにはァ……!」


 ドグォッ__。


「ぐあっ……!?」


 しかし返されたのは顔面への蹴り。

 鼻血を吹き出させるほどの容赦ない攻撃はケイネスを再び後方へと弾き飛ばす。

 悶えるEXPO委員の面々、嘲笑うかのようにパルヴァーヌは周囲を一瞥すると同時に慣れた手付きでカードを投下した。


「貴方に用はありません。大義の為の……供物となりなさい」


「供物だと……待て……パルヴァ……ヌ」


 容易に場を制圧したバニーガール。

 斬撃で粉塵を上げると次に晴れた時には既に姿はミレスと共に消失していた。

 その直後だった、眠り姫の異変にシリウス達が遅れてこの場へと駆けつけたのは。


「チッ、遅かったか!」


「何よこれ……!?」


「やっぱり、グチャグチャになった」


 阿鼻叫喚に騒然とするシリウス一行。

 周囲へと地に倒れるEXPO委員達、前方には痛々しく鼻血を零すケイネス。

 全員幸いにも意識を保っているものの悲惨な状況は鮮明に伝わる。


「委員長ちゃん生きてるかッ!」


「ガハッ……! クソッ……」


「生きてるな、直ぐにも治療「やられた」」


「すまない……ミレス先生が」


「美人ちゃん先生?」


「パルヴァーヌが彼女を連れ去ったッ!」


「おいおい……マジかよ」


 突如として吐かれた新展開。

 冷静に周囲を見渡せば確かに彼女の姿だけがこの場から喪失している。

 悲惨さを即座に受け入れたシリウスの視界には置き土産のカードが映り込む。


「こいつは……」


 君の導き手は夢と共に攫わせてもらった。

 望むは時の帳を編む眠り姫。

 暁が二度巡る前に、天空へと聳え立つゼノリア塔の新たなる聖域へと辿り着け。

 その日が、運命に愛された一日であることを願っている。


 死煉パルヴァーヌより愛を込めて__。


「パルヴァーヌのカード……眠り姫ってまさかヴェレのこと!?」


「だろうな、小綺麗な比喩が多いが要は先生を引き換えに彼女を差し出せということ。どうやら手段は問わないみたいだ」


「あんのバニーガール……! 新たなる聖域はおそらくゼノリアタワーの新設地、シリウス、罠かもしれないし一度体制を整えて」


「いや、このまま行こう」


「はっ?」


 笑顔、だが普段の上機嫌とは違うことを意味するようにカードは力強く握り潰される。

 ヴェレの頭を優しく撫でる彼は本気を意味する瞳で指示を仰いだ。


「リズちゃん、クルミちゃんにあのパルヴァーヌの映像を持ってこさせてくれ。今をもって奴の軌道を崩す」


「どういうこと……?」


「抜け出したということだよ。あのウサギが弄んだ罠に染まる回廊を。今回で確信に変わった」


 ウサギが支配する罠の庭園、だが咲き誇る一輪の白薔薇は身に持つ棘を尖らせた。

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