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第39話 甘き共闘は天空の塔へ

「クッソ……馬鹿な……!」


 意識を取り戻したケイネス。

 確実に勝利を掴みかかっていた場面からの逆転にまだ受け入られず、憤りを滲ます。


「まだだ……まだ大義は……オーバーコ」


 化身を発動しようとした間際、首元には咎めを意味する刃が向けられ言葉は強制的に詰まる。


「そこまでだ、これ以上はフォルトゥナゲームになっちまう。君を脱落リタイアさせるつもりはない」


 カリバーの刃先は少しでも動けば首を刈っ切れる程に迫っており、瞳には息切れ一つしないシリウスが鮮明に焼き付く。

 強者から放たれる恐怖感、同時に痛々しく突きつけられる明確な敗北。

 いつの間にか治療を終えている左手も相まって完敗は認めざるを得ない。


「まだ……まだ俺はッ!」


「委員長……潮時ってもん覚えてくださいっす! これは完全にこちらの負け。プライドでゴリ押せる状況じゃないっすよ」


「ッ!」


 板チョコを噛みながら放たれたキュルンの言葉はケイネスへと重く伸し掛かる。

 ようやく現実を受け止めたのか血管が浮き出る拳を潰すように力強く握った。


「俺は……この祭典を成功させる為にここにやって来たんだ。こいつは俺の全て……俺の大義、俺の未来ッ! なのにあんな……あんなふざけた愉快犯に翻弄されてェッ!」


 緊張の糸が解けたのか、怒り混じりに吐かれていくのは彼が大義に拘る実情。

 垂れる血を拭き取ることもせずに理性的ではないケイネスは魂胆を漏らしていく。


「これは恩返しだ……天才と自惚れていた凡人の俺に希望を照らしてくれた者への讃美歌……自分自身でやらなきゃ示し付かねぇッ!」


「ど、どういうこと?」


「元々委員長は技術系の研究者になることが夢みたいだったっす。でも才能はなくて夢も潰えて……そんな時にふと見学したグランドEXPOにて見たみたいっす。指揮を執る裏方の素晴らしさってやつを」


「それがグランドEXPO運営の委員長?」


「まっ憧れってやつっすね、才能ない自分が技術へと携われる新たな夢を見させてくれた人への恩返しって。変わってますけど学園に入ったのもそれが理由、邪魔するパルヴァーヌにはブチギレと言う感じっす」


 この学園は願いを叶える場でもある。

 故に動機は十人十色、様々な理由でこのイカれた世界に入ったプレイヤー達が集う。


(だからあの執着心を……その理想をふざけた愉快犯に無茶苦茶にされちゃ多少冷静さを失っても致しかたないことか……少し分かる)


 ケイネスに代わってキュルンから簡潔に明かされるEXPOの大義に執着する姿勢。

 目の前の真実にリズは悪印象だったケイネスへの評価を軟化させていく。


「へぇ、だからパルヴァーヌを仕留めたいと。委員長としての責任、夢への責任で。自分の手に拘る理由はそれか」


「……外部の者に協力するなど長として示しなんてものは付かない。俺のせいでパルヴァーヌの手によって四人の仲間を奪い去られた。俺が責任を持ってアイツを仕留めてッ!」


 そこまで言葉を紡いだ瞬間、倒れるケイネスへとシリウスは胡座をかく形で彼と目線を合わす。

 何を言うのかと若干の緊張が漂うが吐かれたのは慈悲の言葉だった。


「偉そうなこと言おうか? 君の大義は誇り高いものだ。折れながらも新たな夢を見つける、誇らしいことだな。まっの免罪符に使うものじゃないけど」


「独りよがり……?」


「君は何を見てきた? 憧れの背中から何を得た? そいつは怒り狂って全てを一人で成し遂げようとする我儘な王様だったのか?」


「ッ……それは「違うだろ」」


「違うはずさ、主観だが君は独裁者に憧れるタイプじゃない。憧れだって大勢の仲間を頼っていたはずだ。今の君がそうとでも? 仲間の制止を振り切って怒りで事を進めようとする姿が」


 痛烈なる一撃__。

 良くも悪くも人の心に踏み込めるシリウスは的確に相手の突かれたくない部分を突く。

 怒りが鎮火していく様子は彼の言葉が図星であることを何よりも意味していた。

 場には静寂が訪れ、僅かに口角を上げたシリウスはケイネスへと手を差し伸べる。


「だったらやり直そうじゃないか、憧れの姿に見合う為に。俺達の利害は一致している」


「ッ……!」


「情報の共有だ、こっちも丁度協力者が欲しかったところ。難敵だからこそ協力体制を行って見るのが得じゃん? 委員長ちゃん」


(全く……この男は。スピードが違う)


 僅かにリズは満足そうに微笑を見せる。

 やかましくキザったらしさもあるが、それ以上に即座に心を掴める天性の技術。

 百年前の人間ながら一ヶ月も掛からずに順応して周りを巻き込んでいく彼の姿にリズは頼れる存在として再認識した。


「何を笑ってんの? 後方彼女面?」


「えっ彼女さんだったんですか?」


「甘蕩けるキスとかするご関係?」


「ブフォ!? 彼女じゃないわよッ!?」


「頭フワフワ?」


「誰が頭フワフワだッ!?」


 そんな心情を知ってか知らずか乙女達からの怒涛の囃し立てにリズは顔を紅潮させる。

 ある意味場を緩ませたハプニングを背景にシリウスはケイネスへと笑顔を見せる。


「まっ、あっちはもう親しみに包まれてるらしいし味方撃ちするのも止めにしない?」


「……すまなかった、冷静さを欠いて完全に本質を見失っていた」


「気にすんな委員長ちゃん? 度々俺もリズちゃんに落ち着きないお犬って怒られてる身だからよ」


 懐柔していく空気感。

 刹那的ながらも濃密に始まった啀み合いは瞬く間に利害関係へと切り替わっていく。

 シリウスサイド、EXPOサイド、死煉パルヴァーヌと状況悪化の三つ巴に成りかけていた状況は即座に軌道修正を遂げていく中。


「すすすすみません! え、えっとそのいい委員長はいらっしゃいますでしょう……か? 在庫管理についてお話……あれ?」


「ん?」


 唐突に後方から響き渡る声。

 独特の空間に割って入ったのは右目を隠した深紫色のボブヘアが目立つプレイヤー。

 常に下を向いており、目を合わせることすらも難しそうな瞳に宿るネガティブな雰囲気は自信のなさを醸し出している。


「……えっ? はっ?」


 周りが見えてなかったのか、顔を僅かに上げた先に広がる光景に少女はピタッと身体が止まる。

 手を取り合うシリウスとケイネス、それを後方から温かく見守るリズ達。


「あ……いや……その」


 事情を知らなくとも間違いなく大きな事が行われていたと分かる場面。

 空気を悪気なく破ってしまったことを理解した存在はただでさえ色白の肌から絶望の表情と共に色が落ちていく。

 周囲を支配する静寂、何とも歯痒い沈黙が暫く場を包んだ末に吐かれたのは。


「えっと……君は誰かな子猫ちゃ「も……」」


「申し訳ございませぇぇぇぇぇんッ!? あぁどうしてこうも私はタイミングがァァッ! ごめんなさい何か大切なことしてたんですよね、その空気を私は盛大にブチ壊してェッ! この罪は自決による抹殺で償いまぁぁぁぁぁぁぁぁすッ!」


「ちょぉッ!?」


 暴走とはこの事を言うのだろう。

 狂乱へと陥った彼女は鍵型のブレードを顕現させると喉元に突き刺そうと自害を図る。 

 突然の自殺行為に誰もが止めに掛かったことでようやく落ち着きを取り戻す。


「ゴホン……失礼、こちらはシュガー・ネクトソルト。グランドEXPOにて在庫管理を担当している委員の一人っすよ。私がお世話係をして少し感情が激しいけど可愛い子っす!」


「ご……ごごご迷惑をお掛けしました……私ってどうしてこうクソみたいなタイミングで」


「謝罪はいい、ここでは人目につく、情報を共有するならば場所を変えよう」


 一行が場所を移したのは空き教室。

 改装を兼ねて使用されなくなった退廃を匂わす場所には大勢のプレイヤーが集う。

 臨時の協力関係を築いた両サイドの面々は互いに死煉パルヴァーヌの情報の開示を開始した。


「あーし達の情報はこの映像。図書館での戦闘及びリズの追跡による戦闘。ヴェレを狙ってたみたいだけど戦い方が上手いねこいつ」


「地形を利用した戦闘法……これまでの奴の動きと変わりはないっすね委員長。最初聞いた時は模倣犯って思ってたっすけど。でも何でEXPO委員以外を狙ったんでしょうね?」


「……」


「委員長? 何フリーズしてるんすか?」


「あぁいや……少し変な気がして。図書館での戦闘、前回の犯行時のパルヴァーヌと動きが少しだけ違う気がしてな」


(少しだけ違う?)


 ケイネスの発言にシリウスは眉を顰める。

 顎に手を当て始めた彼を横目に手首をスナップさせながらキュルンは言葉を紡ぐ。


「とは言え、真犯人に繋がる具体性はこの映像からは見て取れないっすね〜なんか犯人が女なのかすら不安になってきたっす」


 謎めきを極めた死煉パルヴァーヌ。

 ここまで来ると唯一確定している女性という事実でさえも不安になってくると肩をすくめながら半ば諦めに自虐を放つのだった。


「まぁ見てけば色々見えてくるっしょ。それで? そっちのヒント、頂戴しよっかな?」


「あぁ……シュガー頼めるか?」


「えっ!? わわわわ私ですかッ!?」


 突然の指名にシュガーは慌てふためくが周りからの威圧に屈した彼女は恐る恐るシリウス達へとある代物を提示する。


 懐から取り出したのは透明の密封容器。

 中に存在するのは青みのある髪の毛一本。

 艶は節々に感じられ、よく手入れされていることは男のシリウスでも理解出来る。


「よ、四度目の犯行の際……に現場に落ちていた髪の毛……らしき物です。い、委員長が見つけて私直々に届けて……これくらいしかなくてすみませんすみませんッ! 抹殺したいのなら是非ッ!」


「んなことしないから!? って髪の毛……パルヴァーヌの物か?」


「被害者本人によれば一度パルヴァーヌの顔面を蹴飛ばしたらしい。その際に落下して奴も気付かなかったのだろう。我々が有しているヒントはこれくらいしかないが……余計に事態は悪化してる」


「悪化? 証拠だってのに何故だ委員長ちゃん?」


「四度も会場の警備を破って侵入できる犯人、最初は関係者内部の犯行だと考えられていた。だが登録リストに青髪のプレイヤーはいない。言ってしまえば犯人の目星が増えてしまったんだ」


「……マジ?」


「マジだ、だからこそ我々は新たなヒントに飢えていんたんだ。その結果が俺の暴走だが」


 明かされていく新事実。

 絶え間なくクルミが撮影した映像が繰り返しで流れていく中、どんよりとした空気感がゆったりと場を支配していく。

 証拠が浮かび上がって更に迷宮側に突き進むという前代未聞のパターンは多くの事件を取り扱ったクルミでさえ頭を抱える。


「証拠が出て余計に難しくなるなんて……あーしの経験でもそんなのないわ。あぁ痒いところに手が届かないッ! マジウザっ!」


 遂には爆発するクルミの叫び。

 だがそれは周囲の代弁でもある。 

 間違いなく近付いており、違和感がある、しかしあと一歩の何かが見つからずに振り回されているのは苛立ちを募らせた。

 二つの事件の結び付けが中々行えない美男美女達は美麗な顔を歪ませる。


「シリウス、アンタは何か掴んだ?」


「……」


「シリウス?」


「ん? あぁごめんリズちゃん、ちょっとだけ気になったことがあったけど……」


 同じく真剣に染まっていたシリウスにリズは疑問を吐くが振り撒かれる笑顔に追求の心を留める。

 眠り姫を守る為にもどうしたものかと頬を軽く掻き始めた瞬間だった。


「おやおや、王子様はここにいたとはね。しかもこんな大所帯で」


 軽快に響く開かれる扉の音色。

 心にまで透き通る、だが同時に何処か距離も感じるハスキーさを持つ声。

 若年ながら妖艶さを兼ね備える赤髪が振り返ったシリウス達の視界を奪った。


「ミレス先生?」


「あっ美人ちゃん先生! 何でここに!?」


 意外なる人物の登場に驚きを見せており、ミレスは軽快に笑みを浮かべる。

 揃いと揃って何事かとシリウスから事情を聞くとやれやれと彼女は頭を振った。


「死煉パルヴァーヌ……そういえばそんな名前をセリナが取り上げていたね。子供の御遊びかと思っていたが君達にも実害を及ぼしたとは」


「そ〜なのよ! だからこうしてパルヴァーヌの情報を集めようとしてるんだけど難航中、美人ちゃん先生もパルヴァーヌ目的?」


「他用だよ、けど今の話を聞くに半分正解でもあるかな。少し調べたいことがあってね」


 淡々と語った彼女はケイネス達EXPO委員へと視線を向け直す。


「失礼、君達はEXPO委員だったかな? 少し知識展示区画ナレッジ・パビリオンへ入らせては貰えないだろうか。あそこには過去の論文や研究資料があるはずだったが」


知識展示区画ナレッジ・パビリオン?」


「一般公開用に過去優秀な成績を収めたプレイヤーの論文や研究資料を纏めたブースよ」


 リズの捕捉に耳を傾け意外なワードの登場にシリウスは思わず眉を顰めて首を傾げる中、ケイネスは礼儀正しく姿勢を整えた。


「EXPO運営委員長ケイネス・アファリエントです。ありはしますが……何故そこに?」


「少し調べ事でね。まぁあくまで興味の範囲ではあるが……もしかしたら今後」


 君達の役に立つかもしれない__。


「役に立つ、ですか?」


 意味深な発言は独特の空気を生む。

 思わず聞き返したケイネスへ男女を問わず魅了する悪戯な笑みを軽快に放ったミレス。

 暫しの間、一人で熟考を重ねた彼はキュルン達との目配せと共に決意を抱く。


「分かりました、ご案内致しましょう。我々が護衛に回ります」


「助かるね、ご丁寧にありがとう」


 踵を返したミレスは少年少女を引き連れその場を去ろうと華麗に歩を進ます。

 だが寸前、扉へと手に掛けた彼女は鋭い目つきでシリウスへと振り向くと。


「シリウス君、これは忠告と捉えてもらいたい、華のように丁重に扱い給え。君が持つ眠り姫は」


「えっ?」


「モキュ……?」


 意味深な言葉を紡ぐ美麗な存在は迷えるシリウス達へと完全に背を向けたのだった。

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