目次
ブックマーク
応援する
6
コメント
シェア
通報

第38話 正義の味は、ほろ苦く

「大丈夫かいリズちゃん? 怪我の様子は」


 騒乱を極めるこの学園。

 故に内部に常設されているのはプレイヤー専門に保健委員が治癒を行う医療施設。

 数少ないセーフティエリアとホワイトファングから定められているこの場所は数少ない戦いとは無縁の憩いの場と言える。


「幸い掠り傷、直撃だったら分からないけど」


 慈愛に包まれる空間には軽く火傷した左腕に包帯を巻くリズの姿があった。

 パルヴァーヌとの激戦で刻まれた傷跡も保健委員の手によって完治を果たしている。

 心配に満たされるシリウスの声にも彼女は朗らかな微笑で答えるのだった。


「でも、奴を取り逃した……ルールに問題ないとはいえ、職員室にも被害出たみたいだし申し訳ないことをしたわね」


「大丈夫大丈夫〜! 学園長含め教員達はプンプンだったけど既にこっちで対処済み、いやぁあのキレ顔はマジウケたわ!」 


 教師だろうと結局相手にしているのは貴族の傀儡でしかない大人達。

 危惧を抱くリズの反面、持ち前の交渉力を駆使して既に独自で対処を終えているクルミは意地悪そうに笑みを浮かべる。


「そんな小物達より、問題はコイツだね〜映像で録画したけど図書館ブチ壊して学園内を大暴れ。いやはやまるで悪魔の所業」


「仰る通りですよ。もう何でこんなことに!?」


「モキュモキュ……イライラ、プンプンの匂い」


 賛同するように後方から響き渡る声。

 視線を向ければ怒り心頭にハンカチで執拗に手を拭くネネカと相変わらずのマイペースなヴェレの二人が映り込む。

 矛先は言うまでもなく死煉パルヴァーヌ、クルミの化身経由で映し出されたその姿にネネカは深い憤慨を顔に表す。


「全くこいつのせいで図書館が滅茶苦茶にッ!? 好き放題にやって……痛っ……!」


「ん? 大丈夫かネネカちゃん」


「は、はい……多分先の図書館での戦闘で何かに負傷したのもしれませんね」


 怒り狂っていた彼女だが不意に痛みを顔に滲ませると腰部付近を優しく擦る。

 心配するシリウスを他所に、僅かにリズは訝しげな視線を送るが直ぐにも疑問を振り払うと本題へと意識を戻した。


「あのなりふり構わない戦い方……余っ程ヴェレに執着があると見るわ。その行為が何を意味しているのかは皆目見当も付かないけど」


「フワフワだ〜」


「元からヴェレを狙ってるとかならマシなんだけどね〜これまでの暴走行為、EXPO委員の襲撃があるから一貫性が見つからない」


「モクモクのモキュモキュだ〜」


「「ちょっと静かにしてくれるッ!?」」


 つい気を緩んでしまいそうな挟まれるヴェレの擬音に振り回されながらもリズ達はパルヴァーヌの動機に思考を巡らせていく。

 映像のリプレイを凝視するも募るのは疑問のみ、歯痒い苦悩の空気が流れる中。


「……変だね」


「シリウス?」


「このウサギちゃん、?」


「えっ?」


 意味深に語られるシリウスの言葉。

 何を言っているのはとリズは首を傾げるが咄嗟にクルミが残した二つの映像を凝視すれば確かにある違和感が浮かび上がる。

 パルヴァーヌの鉄仮面、図書館にてシリウスは奴の仮面の一部破壊に成功していた。


「言われてみれば……直ってるわね」


 だが、その後のリズとの戦闘では既に破損した箇所はまるで何事もなかったかのように鉄仮面の損傷は消失していたのだ。

 リズも彼の指摘にようやく映像に生じる違和感を実感していく。


「身バレ防止で仮面を付け替えたとか? リファインコードを布で隠して能力を使わずに断定させない徹底ぶりだし、あのウサギは」


「クルミちゃんの推理は筋が通る。だがな……ソレだけじゃないって勘が叫んでんだよな」


 妙に鋭いシリウスの第六感。

 だが己が持つ勘の裏付けまでは辿り着けずに彼もまた苦悩したように頭を掻く。

 EXPO委員達とヴェレ、関係性の見えない双方を狙う理由は一体何なのか、ナイン・ナイツとの関係性を持つ存在なのか。

 意図が読めぬ故にこちらを惑わし続けるパルヴァーヌに眉を顰め始めた時だった。


「ちょちょ待ってください委員長! 入るにしても一回冷静になってからッ!」


「おん?」


 扉越しに聞こえる喧騒の声々。

 何事かと目線を反らした瞬間、慈愛のエリアとは思えない殺気が空気を侵食する。

 ブチ抜かれた扉、一同が瞳を向けた先には正義という言葉を体現したような雰囲気に包まれる赤茶髪のプレイヤー。


「死煉パルヴァーヌと交戦したというプレイヤーは誰だッ! 俺へと名乗り出ろッ!」


 傲慢とも言える勢いの問い。

 有無を言わせぬ語気の強さは緊張感を生み、シリウスはゆっくりと挙手を行った。


「えっと……つまり俺ちゃん達のこと?」


「ッ! 確か貴様はナイン・ナイツキラーのシリウス・アーク……なるほど、奴の襲来に耐え凌いだのも納得できる」


 ズカズカと踏み込む男は状況が呑み込めてないシリウスの胸ぐらを突然力強く掴む。

 まるで油断していた状況での出来事に堪らず「ぐぇっ!?」と情けない声が漏れた。


「教えろ、貴様が見た死煉パルヴァーヌの情報を全てッ! 貴様にはこの俺に全てを報告する義務がある、奴は俺達の獲物だッ!」


「はい!? ちょいきなり何を」


「惚けるな! それとも貴様もパルヴァーヌの仲間とでも言うのか? ならばこの場で貴様の首を刈り取ってもッ!」


「なんて野蛮な!?」


 明らかなる暴走状態。

 理性的ではない姿は発言のミス一つすらも許さない逼迫さを有している。

 「誰だこの男は?」と疑問に思いつつ、諭しの言葉を脳内で巡らせていると。


「そこまでっす委員長、ここはセーフティエリア、喧嘩をかちこむ場所じゃあない」


「ッ……!」


「今の貴方は猿も同然、チョコっとも冷静さのないビターな行いで混沌の真実に辿り着けるとでも?」


 彼の首元には刃が掛けられると強制的にシリウスの元から下げさせる。

 等身にも及ぶ洗練と前衛を司る白銀の長剣を有する少女は冷静に言葉を漏らしていく。

 『EXPO委員』と刻まれた腕章を装着した存在は甘美な匂いを持つ板チョコを頬張りながらやれやれとため息を漏らす。


「これは失礼の中の失礼、いきなり輩が突っ込んで来て皆さんビックリしたでしょう?」


「まぁ違うと言えば嘘になるが……って待て、その腕章はもしかして」


「おっ流石はレヴダとゼベラを破滅へと追い込んだ男です、目の付け所が鋭いッ!」


 ヴェレと同じエルフ族を意味する特徴的な耳を持つ朗らかさに身を包む少女。

 手首をスナップさせながら激情に満たされる彼に代わって謝辞と共に華麗に頭を下げた存在は微笑を浮かべた。


「どうもはじめまして〜私はキュルン・シュリーカー。グランドEXPO運営組織としての警備担当をしている者です。背後にいるのは委員長のケイネスという男です」


「EXPO委員……!?」


「モキュ?」


 突然の訪問者にリズは驚きを口にする。

 が、冷静に考えればこちらへの干渉は当然の行いだろう。


「なるほどなるほど……既に情報を聞きつけてあーし達に近付いたって魂胆? こっちには映像もあるからね」


「あぁだから……映像技術を個別で有する者はこの世界において希少、クルミさんの能力を欲しがるのは至極当然のこと」


「レア物って自覚はあるかな。お陰であのクソ魔女からウザいことされてた訳だし」


 クルミから放たれた言葉に加えてネネカの補足に全員が納得する。

 ネネカの言う通り、映像技術は希少性が高く、特定には持って来いの能力だろう。

 EXPOサイドがパルヴァーヌの視覚情報を提供しろと迫るのも当たり前と言える行動。

 訝しげな視線が送られる中、側頭部を擦ったキュルンの名を持つエルフは言葉を軽快に紡ぐ。


「まっ御名答っすね! こちらも甘くない被害食らってるので。良ければ貴方達の情報を提供して貰えればなと」


「そういうことだ」


 被せるように吐かれた激情の声と共に再び前へと出たケイネスは異常なる執着心を顔に見せる。


「貴様達は交戦したんだろう奴と? ならば何かしらのヒントを残しているはずだ。全ての戦闘データと映像を寄越せ」


「待て待て、いきなり突っ込んで来た奴にあっさりと情報を手渡せと? 俺がそんな安っぽい人徳者に見えてんのか?」


「黙れッ! こちらは既に四人の委員を襲撃されている被害を受けているッ! このままではEXPO開催どころの話じゃない、俺には祭典を開催さなければならない大義があるッ!」


「ならば俺も大義だ、こっちら仲間のヴェレちゃんを狙われた身だ。大人しく明け渡す忠犬になるつもりはねぇ」


「この男……! 楯突くかァッ!」


 まさに一触即発の修羅の場。

 互いに譲る気のない平行線の議論。

 見えない火花が散る中、シリウスは軽快にある提案を持ち掛ける。


「ったく、埒が明かさなそうだ。だったら男らしく潔いことしてみねぇか?」


「潔いだと?」


「俺と戦え、勝った方が言う事を聞く。負かせたなら好きにすればいい」


「ち、ちょっとシリウスッ!?」


「大丈夫だよリズちゃん、フォルトゥナゲームにはしない。よくある喧嘩をするだけだ。言葉並べても解決しないみたいだからな」


 突如として持ちかけられた決闘案。

 「また馬鹿なことを」とリズは男達の馬鹿騒ぎを止めに入ろうとするも即座にクルミが制止を掛ける。

 同じように呆れ返るキュルンもまた、側頭部を擦りながら板チョコを頬張ると黙認の姿勢を見せた。


「フンッ……いいだろう。表へ出ろ」


「モキュ?」


 他人事と首を傾げたヴェレを裏腹に飛び出すように医療施設を飛び出した両者は鋭い瞳で真正面から敵を見据える。

 段々と空が夕焼けに染まり始めた時刻、帰路に着こうとした者達も長廊下にて始まろうとする決闘に野次馬と化す。


「時間は掛けん、一瞬で終わらす」


「奇遇だな、俺もだよ」


 軽快な姿勢を崩さないシリウスに琴線が触れたケイネスは即座に魔法陣を生成。

 両腕には黒鉄に染まる鎖、先端には鋭い槍頭を備えたリファインコードは彼の動きと共に生物の如く、自在なる伸縮性を見せる。


「バトルスタート、レペッド・ハルケイラ……障壁を穿つッ!」


 地面を削りながら迫りくる一撃にシリウスは身構えるが寸前に軌道が切り替わる。

 対抗と振り下ろしたカリバーの一撃は虚空を切り、背後からは鋭利極める先端が勢いよく背部へと刺突を仕掛けた。

 逆手へと持ち替えたことで迫りくる一撃は相殺されると同時に金属音が反響する。


「ッ……! 中距離型のリファインコード、軌道が読みにくい」


「委員長のレペッド・ハルケイラ、あぁいうトリッキーな武装なんで結構強力なんすよ? まっパルヴァーヌは逃してますけど!」 


 キュルンの説明を横目にリズは喧嘩とは思えない気迫の攻撃に思わず息を呑む。


「ブンブンのフワンフワン、危険」


 ヴェレも汲み取り、独特の表現ながらもケイネスという男の驚異性を即時に見抜く。

 化身がなくとも傍から見れば殺し合いにも等しい緊迫感を持つ。


「へぇ、やるねぇその鎖」


「無駄口を吐くなッ! くたばり給えッ!」


 縦横無尽に乱舞する双撃の鎖。

 破片を散らし、天井の光を破壊する伸縮の暴力は猛威を振るうがシリウスは的確に一撃一撃をいなしていく。

 時折神速を混ぜたトリッキーな動作は追尾する槍頭を翻弄させ、ケイネスへ段々と焦りと怒りを付随させていた。


(これが貴族殺しの神速……舐められている、余裕の素振りを崩さない様は名に相応しい実力者か。だが……旧世代の人間が)


 刹那、一度鎖を引き戻したケイネスは再び左腕から射出させるとシリウスを囲うように何重にも及ぶ円を生成していく。

 視覚は黒鉄に染まり、加速しながら鎖同士が擦れていくことで触れるだけでも皮膚を焼かすほどの高熱が生じ始める。

 金属が赤熱して空気が歪み、皮膚を焼くような熱気が周囲に立ち込めた。


「簡単に超えられると……思うなよッ!」


 スピードが武器ならば活かせるフィールドそのものもを封じてしまえばいい。

 全方位を包囲してしまえばどれだけの素早さがあろうとも意味を成さない。

 クレバーながらも的確な戦法にシリウスの動きはピタッと制止する。


「悪いが貴様らのような破壊主義者には糧となってもらおう。バニーガールを葬るべく、俺達の大義を遂行する為にッ!」


(これ……不味くない? どうする、横槍を入れるべきか。でも男のプライドが……!)


「あわわ……ちょっと負けそうですよ!?」


 シリウスならば勝てる__。

 心では信頼を抱きつつもネネカの不安を煽る声も相まってリズは顔を歪ます。

 射程距離、属性、能力、均衡なパワーバランスにはなりつつも少なからずリファインコード同士には相性の差が生まれている。


(見るに奴との相性は悪い……しかも神速を活かしきれないこの密閉空間……ゲームじゃないにしろここで負ければパルヴァーヌを追えない)


 こちらも実害を受けている身。

 ヴェレを狙われ、パルヴァーヌがナイン・ナイツとの関与の可能性も持つ以上、引き下がることは出来るはずがない。

 冷や汗が零れ落ちるが、そんな彼女の視界を唐突に奪ったのはモコモコの綿あめ。


「落ち着いて、心配ない」


 声の主はヴェレ。

 冷静さを崩さない一周回って不気味さを有する彼女は平静に言葉を紡ぐ。

 リファインコード適合者を意味する赤いラインとは一線を画す美しい蒼いラインは鮮明に煌めいた。


「勝つ、直ぐにも。だからフワフワで大丈夫」


 猫なで声ながらも節々に滲む力強さ。

 彼女を信じるべきだと理性が判断したリズは焦りを遮断し、事の行く末を静観する。


「踏み台となれ、大義の為にッ!」


 視界も動きも奪われた刹那。

 右腕から放たれた鋼の射線が迷いなく監獄の中心へと疾駆する。

 監獄を生成する鎖の回転軌道を変え生まれた隙間へと槍頭の弾丸がシリウスの腹部へと突き立てられようとしていた。


 ザシュ__。


(刺さった音……! 勝ったァッ!)


 刹那、明確に“刺さった”と分かる音が響く。

 触れた瞬間の感触、それが肉体であるとリファインコードを通じて脳髄が理解する。

 神速の使い手を捉えた確信にケイネスの口元がゆっくりと吊り上がった。


「こちらの大義が格上だったようだなァッ!」


 勝利の確信と共に射出された鎖を引き戻し、同時に難攻不落の檻を解放する。

 開いた瞳孔に映すべきは沈黙する敵の姿、自信と共に勝利の余韻が脳内を駆け抜けた。


「勝ったッ! この大義のもとに俺は……!」


 だが瞬間、確信は驕りへと変わる。

 引き戻される鎖の感触に違和感、視線を落としたケイネスは信じ難い光景を見た。


「なっ……!?」


 貫かれていたのは腹部ではない。

 血を滴らせたシリウスの左掌が鎖をその手で掴んでいたのだ。

 痛みをものともせず、まるでそれすら推進力に変えるように猛る獣の如く、彼はケイネスへと高速で迫りくる。


「こいつ左手を犠牲に……!」


 リファインコードを解除する暇もなく、シリウスの姿は既に眼前にまで近付いていた。

 勝利の余韻が刹那で崩れ去り、唖然とするケイネスの頭上、空を裂くように衝撃波を帯びた一閃が峰打ちとして振り下ろされる。


「ハァッ!」


 鼓膜を震わす衝撃音。

 頭部を粉砕する勢いで強襲する一撃は容赦なく相手を地面へとめり込ませた。


「グハァッ!?」


 爆風に巻かれ、瓦礫が舞い踊る。

 不意を突かれた一撃に、ケイネスの意識は抗う間もなく闇の淵へと沈んでいった。

 宙を舞った身体が地へと落ちる頃、彼の操る変幻のリファインコードもまた、その主を失い虚しく地面へと墜ちていく。


「一瞬で終わらす……だったか」


 左手からドクドクと流れゆく赤黒い鮮血。

 だがそんなものをまるで意に返さず、肉体を地へと沈めた相手へとヴィルドの白薔薇は薄っすらと笑みを浮かべる。


「その言葉、お返ししとくぜ」


 戦闘時間、僅かに三十秒。

 勝利を軽々と我が物にした姿はまさに最強の称号を手にした歴戦の戦士。

 互いに譲れぬ正義の衝突は余りにも激しく、だが余りにも一瞬にして決着は付いたのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?