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第37話 バニーチェイス・バニーアタック

「待ちなさいッ!」


 時間と共に加速する肉体。

 華麗なるスタイルに隠れながらも確かな筋力も有するリズはパルヴァーヌの人間離れした動きを追いながら疾駆を行った。

 凹凸を駆使して学園屋上へと飛び乗った奴の動きに追尾するよう彼女もまた突起物を利用しようと勢いよく掴みかかる。

 短いスカートから黒下着が見えようとも厭わない動きで遂にはウサギへと辿り着く。


「あんだけ戦ってなんて体力……クソッ、止まりなさい……ってのッ!」


 向けられる銃口の標準。

 青に支配される空の下、風が洗練された黒髪を優しく揺らす中、リズは立ち止まったパルヴァーヌの背後から銃を向けた。


「手荒な真似はしたくない、大人しく降伏するのならアンタを傷つけることはしないわ」


 笑みをペイントした鉄仮面にバニーガールというエキセントリックな姿。

 シリウスの攻撃に破損していたはずの鉄仮面はいつの間にか修復されている。

 非現実を極める世間を賑わす襲撃者はゆっくりとリズへと振り返った。

 人の皮を被った怪物のような威圧感に首元から溢れる一筋の汗が制服を滲ませる。


「アンタが話題の死煉パルヴァーヌ……隨分と非凡な身体能力を有していること。EXPO委員を標的にするアンタが何故ヴェレを狙った? ナイン・ナイツの刺客なのかしら?」


 無言__。


「答える気はないのね。そういう事情? それとも意図的な演出? どちらにしろ、刃を振りかざした覚悟はあるのよね?」


 煽りを交えながらリズはパルヴァーヌへと真っ向から立ち塞がる。

 だが刹那、首鳴らしの音が空気を裂いたと同時に瞬きすら許さぬ速度で無慈悲な斬撃が天より振り下ろされた。


「ッ……!」


 金属がぶつかり火花を散らす、鋭く重なる音。

 開幕した鍔迫り合い、それはリズの提案を無言で切り捨てる意思表示だった。

 黒布を纏う刃を受け止めた彼女は一瞬の反撃で弾き返し、華麗な側転で間合いを取る。


「ないようね、大人しくなる気は」


 肌を撫でるように伝わる強者の圧。

 完全にギアを上げたリズが、トリッキーな軌道でパルヴァーヌへと一気に詰め寄る。

 剣で地を削り舞い上げた粉塵が煙幕となり、逆手に構えた刃からは斬撃が閃いた。

 無駄を削ぎ落とした動作がぶつかり合いからなる剣戟はもはや芸術、火花と風圧が交錯する紙一重の攻防戦。


(こいつ……能力を使わない? あの時もフィジカルのみで押し切ってきた)


 同時に戦いの最中に芽生える違和感。

 リズは鮮血を操り錯乱を仕掛けているというのに、相手は一向にリファインコードの力を見せようとしない。

 だが、斬撃を重ねるだけで凌ぎきるその精密な剣筋と気迫に満ちた攻めは手抜きとは思えない。


「ハァッ!」


 足を絡めて体勢を崩した一瞬、リズは刃先を折り畳むとゼロ距離から銃撃を叩き込む。

 鮮血の魔弾が唸りを上げ、一直線にパルヴァーヌを貫かんと迫るが相手は身体を僅かに反らせただけで弾道を避けてみせた。

 直後、布ずれの音と共に繰り出されたカウンターの一閃がリズの髪をかすめ、数本が宙を舞う。


(できる奴……一筋縄じゃ行かない)


 繰り広げられる乙女達の決戦。

 だが突如としてパルヴァーヌは屋上の間際へと腰掛けると華麗に足を組む。

 挑発しているのかとリズは警戒心を募らせるが次に取り出されたのは一枚のカード。


「流石は反逆の姫様……しぶとくしがみついてきただけのことはある。けど標的は貴方じゃない」


「何ですって……?」


「しつこい女は嫌いってこと」


 仮面越しに紡がれた冷酷なる言葉。

 こちらを嘲笑うように声を放ったパルヴァーヌは唐突に上空へとカードを弾き飛ばす。

 咄嗟に視線を上に向けるリズ、だがそれが罠だと気付いた時にはもう遅かった。


「しまっ、撹乱かッ!?」


 視線を下ろした瞬間、軽快なジェスチャーと共に身を落下させたパルヴァーヌ。

 軽快な動きで木の茂みへと飛び込むと全く怯まずに着地を決めた。

 即座に追い掛けようとリズもまた意を決して重力の落下へと飛び込み、僅かに不格好ながらも鮮血を利用して地へと降り立つ。


「ちょ、何だコイツ……グォぁっ!?」


「この仮面あのパルヴァーヌとか言った……アンギャァッ!?」


 完全に巻き込まれの被害に遭ったのは周囲に偶然位置していたプレイヤー達。

 鉄仮面のバニーガールという強烈な格好は思考を混乱させ、無防備の隙を突かれると次々に類まれな蹴撃の犠牲となっていく。

 壁際へと蹴り飛ばすパルヴァーヌは追跡を振り切ろうと疾駆を繰り出す。


(足癖悪っ……速さの軍配は奴か……なら)


 思考を巡らすリズ。

 シリウスほどの速さなんてものはなく、故に正攻法で奴を捉えるのは至難の業。

 だからこそ使うべきは相手を超える機転、即断即決とリズは正反対へと駆け出す。


(ここの土地勘は理解してる。どの道を行けばどのルートに辿り着くか、どの道へと手を伸ばせば最短へと辿り着くかも……)


 気がおかしくなったと言えるリズの行動。

 だが、彼女が引き起こそうとする搦手は。


「把握してるッ!」


「ッ……!」


 結果として現れたのだった。

 場所は学園の南側、職員室の背後に位置する古ひだ資材置き場の路地。

 突如として響き渡った叫びに見上げた先には太陽を背景に凶暴な笑みを見せるリズ。

 狂気性を孕む瞳を浮かべる姿はパルヴァーヌを怯ませ、不意打ちと上空からの斬撃は瞬く間に地面から瓦礫を舞い上がらせた。


「土地勘は私の方が上のようね、幾ら逃げたってそこに待ち受けてるのは私よ」


 余りにも清々しいストーカー宣言を吐いたリズは「逃げるなよ」と指先で挑発を行う。

 だが、驚きながらもパルヴァーヌは彼女よりも先に手元へと付着した汚らしい破片を咄嗟に

 無感情を極める不気味な存在だが仮面越しに僅かに見える怒りをリズは察知する。


(破片を真っ先に払い除けた……? あの動き、どっかで見たような)


 脳裏へと過る疑念。

 しかし「関係ない」と自己完結で迷いを振り切った彼女は鮮血迸るエグザム・ディザイアを地面へと突き刺す。

 刹那、地面の隆起で圧縮された無数の鮮血のレーザーが一斉に強襲を仕掛けた。

 化身なくしてリファインバーストクラスの技を放てるのは強者と渡り歩いたリズの経験と言える。


「鬼ごっこは終わりよッ!」


 跳躍と共に不規則に動く軌道を目視しながらパルヴァーヌは空中へと舞い上がる。

 無数の光線があらゆる角度からうねるように迫る。螺旋、湾曲、分裂、収束。

 超高速の攻撃……だが身体を旋回させたパルヴァーヌは追尾する光線を逆に引きつけ、カウンターのように紙一重で交わしていく。

 乱舞の如く、躱し続ける怪物は眼前に迫った光線を斬撃で弾き飛ばした。


 ドグォン__!


 反響する轟音。

 粉砕された壁と共にガラスが舞い散る。


「躱すか、でもッ!」


 迫るパルヴァーヌの刃。  

 リズは一瞬の呼吸で精神を研ぎ澄ませ、天へ向けて一発の弾丸を撃ち放つ。  

 見上げた弾道はまるで狙いを外したかのよう、その無意味な一撃にパルヴァーヌは無関心なまま距離を詰めてくる。


 だが、次の瞬間だった。  

 リズは流れるように次弾を放つ。

 血を纏い、回転数を増した追撃弾は空を裂いて駆け上がった直後、上空を舞っていた最初の弾丸にその弾が命中。

 二つの軌跡が交差した瞬間、軌道は重力に引かれ真下へと反転、盲点となる背後から放たれた一撃がパルヴァーヌの背中を穿つ。


「ッ……!」


 即座に己が武具を盾として構える。

 だが、刃を伝って走る衝撃は背中を通じて雷鳴を宿したかのように全身を突き抜けた。  

 鋭く喰らった痛撃に彼女の体勢は僅かに崩れ床に片膝をついた。


「貰ったァッ!」


 この好機、逃すはずがない。  

 リズは即座に折り畳んでいたブレードモードの銃を展開し、刃に自身の血を纏わせる。  

 踏み込みは疾風の如く、勢いそのままに駆けると斬撃の構えを取る。


 決着の幕引きは目前__。

 しかし刹那、パルヴァーヌの視線がふと右手へ逸れる。  

 閃いた素振りと同時に傍に転がっていた鉄製の残骸をリズの進路上へと放り投げた。


(ッ! 魔力タンク……まさかッ!?)


 照明設備用に使用されていたネオマテリアル製の旧式魔力タンク。 

 長年放置されていることから廃棄処分の代物で内部は酷く劣化が進んでいる。

 リズが意図に気付いた時にはパルヴァーヌはすでに刃で地面を削り、熱を帯びた瓦礫を跳ね上げていた。


 火花が散る。  

 摩擦によってタンク表面に火が走ると驚異的な速度で爆炎が咆哮を始めていく。


「グッ……!?」


 耳を劈く轟音、激しい衝撃波。  

 瞬時に鮮血の障壁を展開したリズだったがそれすら貫く勢いで爆風に吹き飛ばされ、後方へと激しく叩きつけられる。

 爆発は地を抉りながら拡大し、周囲のガラスは完全に四方へと吹き飛んだ。  


「こいつ……なりふり構わず……!」


 瓦礫を全身に被るリズ。

 次に煙が晴れた時には既に自身の視界からパルヴァーヌは消失を果たしていた。

 最後の最後で意表を突かれた奇襲に出し抜かれた彼女は拳に悔しさを滲ませる。


「あんのバニーガールッ!」


 追いかけようにも今の負傷した身体では全開の力を出せない。


「そこまでだよお姫様、これ以上追うのは君とっても危険さ。ケホケホ……埃臭っ」


 同時に制止する声が鼓膜に響き渡った。

 立ち上がったリズが振り返った先にはカメラを片手に佇むクルミの姿。

 制止を促した彼女は派手に死闘を繰り広げた現場に畏怖にも似た表情を浮かべる。


「クルミ……? どうしてここに?」


「ヴェレの保護に回った彼に変わって君の後を付けてきただけだよ。あぁ大丈夫、ちゃんと奴の姿は化身に収めたから。収穫はゼロじゃない」


 瓦礫を足で払いながら自慢気に向けている己の化身が撮影を行った映像には死煉パルヴァーヌの姿が鮮明に映り込んでいた。

 一挙一動、細部に至るまで非凡な身体能力を持つ謎めいた襲来者の姿が。


「全くアイツ……しぶと過ぎるわ。あれだけの連戦にもまるで疲れを見せないなんて。無尽蔵とでも言うの?」


「イエス、化物だね〜あの身体能力に図書館には落ちていたコレ。本物っぽいよね」


 死煉パルヴァーヌより愛を込めて__。

 達筆な文体で刻まれたカード。

 終始こちらを弄ぶような意図の読めないバニーガールにリズは形相を曇らせていく。


「死煉パルヴァーヌ……アンタは一体、何を望んでいるというの……?」


 乙女達の死闘を聞きつけ段々と騒がしさに包まれ行く周囲と職員室付近での爆発に窓から身を乗り出す教師達。

 何事かと野次馬のプレイヤーが募る中、あと一歩で逃した奇天烈な厄災を引き起こすあの悪魔へとリズは言葉を紡いだのだった。

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