場に走る静寂。
どう汲み取っても穏やかじゃない内容に吃驚の声が上がる中、クルミは突如として自身の化身を顕現させる。
相変わらずの耳障りな笑い声が響くも今それを咎める者はいない。
軽快に指鳴らしを奏でたクルミを合図に化身の腹部からは複数の写真が投影された。
「マザーズ・ド・リアリズムの能力だよん、写真がちょい粗いのは許してね?」
「何だこれ、バニーガールってやつか? いいボディしてるけど」
「こ、この写真ってまさか例のパルヴァーヌですか!?」
「ビンゴだよネネカ。記者倶楽部の元後輩が撮ったらしいんだけど、二週間前からEXPO委員の学生がここに映ってる
写し出された存在を表すならばクルミの言う通りでバニーガールが相応しい。
画素数の粗い写真も相まって裂けた笑みを描いた鉄仮面の姿は不気味そのもの。
色気ある肉体を上回る悍ましさを持つ風貌は決して忘れない存在感を放つ。
EXPO展示ブース会場内、遠目からだが何か人を担いでいるようにも見える存在は布状で覆われた武器らしき物を手にしていた。
「本当は別件の取材だったんだけど偶然現場に遭遇したんだって。この道化師は攫った学生に毎回決まって書き置きのカードを残していくの」
「書き置き?」
「
「死煉パルヴァーヌね……エキセントリックでワクワクさせる存在だね」
おとぎ話のような幻想と不穏を両立させた名にシリウスは無意識に反芻を吐く。
「突然現れては無差別にEXPO委員のプレイヤーにフォルトゥナゲームを仕掛けて葬る。やってることは通り魔と同じだね」
「目的は? 復讐の類か?」
「いや全く、だからこそ不気味なの。何故こいつはEXPO委員を狙うのか。ナイン・ナイツとの関係性も不明、現状分かるのは精々正体が女ってことくらいかな?」
一体何者で、何の目的があるのか。
実害を及ぼさない何処か愉快犯にも思える人攫いという行為を繰り返す道化師。
死煉パルヴァーヌ、その仮面の内に潜む願いはただの悦楽か、将又底知れぬ野望か。
本能的に愉快犯を超えた何かを察知したシリウスは警戒するように瞳を細めた。
「無差別での攻撃……外見に反して随分なことをする女ね。でも狙いがEXPO委員なら私達には関係のない話じゃないの?」
「まぁあーしらには無関係だけど一応ってことで。現れるのも神出鬼没らしいし、あっそうそう!」
何かが視線の中に入り込んだクルミは力強く指を差しながらリズへと言葉を放つ。
「
「へぇ、あぁいうのを使ってね」
ん__?
瞬間、全員が気付いた。
明らかにおかしい違和感を。
一度素通りしたがどう考えても異変と言える光景に咄嗟に視線が再びそこへと動く。
一体いつからか、机には布に覆われた鋭利な長剣らしき代物が深く突き刺さっていた。
「これ……さっきの写真のやつじゃない……?」
「そうだね……えってことは……まさか」
空間が一瞬にして凍りつく。
神の悪戯か、そうとしか思えないこの状況に一同は写真と長剣を交互に見合わせて震え上がる。
恐る恐る上空を見上げた瞬間、思考に駆け巡っていた嫌な予感は現実として現れた。
「……で」
頭上に位置する黒い影__。
鉄仮面を纏う姿はまさに悪魔。
写真と同一である見るからに異質な雰囲気を醸し出す存在に全員が息を呑むと。
「出たァァァァァァァァァァァァッ!?」
全く予期せぬ、油断した中での襲来。
周囲の視界には深々と鉄仮面を被るバニーガールの姿が焼き付く。
死煉パルヴァーヌ、その名を持つ存在に重なる大絶叫は空間を包みこんだのだった。
「あれってパルヴァーヌ!? なっ、ななな何でここにいるのよッ!?」
「噂をすればってレベルの早さ余裕で超えてるんだけどッ!?」
何故ここにいる?
何故こんな場所に来た?
目的は一体何なのか?
仮説すらも立てられない展開にフォルムからなる狂気を纏う姿も相まってリズとクルミは瞬く間に混乱へと包まれる。
二階から慌てふためく一同を見下ろすパルヴァーヌの名を持つバニーガールの登場にネネカ達図書委員もまた「ひいっ!?」と咄嗟に身を隠す。
「へぇ……コイツが死煉のパルヴァーヌ、そっちからお目見えしてくれるとはな」
ただ一人、怯まずに冷静さを保ち続けるシリウスは降り注ぐ狂気へと笑顔で応える。
即座にカリバーを顕現させると鋭利なる切っ先を無言に満たされるパルヴァーヌへと捉えた。
「やぁお騒がせの愉快犯さん? そんな所で立ってないでちょっとお茶でもしないかい?」
この場面でも炸裂するナンパの常套句。
だが、まるで反応を見せない道化師は地を蹴り上げると同時にシリウスへと迅速からなる蹴撃を勢いよく放った。
風圧が生まれるほどの威力だが軽々と弾かれたパルヴァーヌは机へと突き刺さる布状に包まれる武器を華麗に引き抜く。
「っと……お喋りな王子様は嫌いか?」
心臓を握り潰すような異様な緊張感。
半ば眠りの世界にいたヴェレもようやく異変を察知すると混乱へと半目を向ける。
目をマイペースに擦っている彼女だがその刹那、俊敏な身体能力で飛び上がったパルヴァーヌはヴェレへと肉薄を始めた。
息づく暇もない無駄のない動作。
だが洗練された肉体を持つシリウスは振り下ろされた一撃を受け止める。
非凡なるパワーで僅かに後方へと追いやったパルヴァーヌは剣を弾いたと同時に絶え間のない連撃を仕掛けた。
「無駄がない、いいセンスだッ!」
一太刀、二太刀と打ち合いは続く。
図書館という閉鎖的空間での激しい戦闘は場には見合わぬ死闘を演出する。
刃と刃の摩擦で生まれる火花が辺りを激しく照らす中、ようやく状況を受け止めたリズ達もまた援護へと乗り出す。
「頭下げてシリウスッ!」
的確に放たれた鮮血の魔弾はパルヴァーヌへと接近を行うが見越したように身軽な動きで軽々と回避する。
横切った弾丸は天井のライトへと着弾し、盛大に破片が舞い散る中で跳躍したリズは宙を縦に翔ぶ勢いで剣を振り被った。
「ったくマジお騒がせなピエロだねッ! リファインバースト、チェンジ・オブ・デスペラード」
同時にリズの姿が写し出された写真を具現化させたクルミは彼女のリファインコードを創造すると援護射撃を放つ。
乙女達の類まれな連携は相殺されるも僅かにパルヴァーヌを後方へと下がらせた。
「何なのよいきなり襲い掛かってッ! 一体何が目的だってのよッ!?」
至極真っ当なリズの言葉にもまるで動じない襲来者は埃を払い落とすとゆっくりと歩を進ます。
まるで彼女は眼中にないように仮面の内から見える目線はヴェレへと向かれていた。
ただコテンと首を傾げる彼女へと執着するような素振りは全員へと意図を察知させる。
「まさか……狙いはヴェレ……?」
「みたいだねリズちゃん、どうやら今回の狙いは眠り姫みたいだ」
EXPO委員でもない彼女を何故狙うのか。
意図は分からないが明確に敵意を持つパルヴァーヌはリファインコードと思わしき武器を持ち直すと手首を巧みにスナップさせる。
図書館の静寂を破ると影が駆け出す。
床を蹴った勢いのまま跳躍し、宙を舞うように本棚へと足を掛ける。
一瞬の滞空、そして爆発的な蹴り上げに反動を得た身体は矢の如く加速し、煌めく剣閃が疾風のようにシリウスへと放たれた。
寸前で躱された一閃は木製の本棚を盛大に破壊するとドミノ倒しの要領で次々に倒れていく。
「ギャァァァァァァッ!? 本棚がァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」
盛大に響き渡る図書委員達の悲鳴。
轟音と砂埃と共に凄惨さを意味するバラバラに倒壊する音が反響する。
なりふり構わないような素振りのパルヴァーヌに流石のシリウスも頭を悩ました。
「本棚もどうだっていいってか……どうするカリバーちゃん、化身行ってみるか?」
『駄目ですマスター、等身を加味すればここで動けばこの図書館は壊滅します。私として自ら聖域を穢したくはありません』
「だよな、ったく嫌なとこでゲームを仕掛けてきたな死煉パルヴァーヌさん!」
相棒の美学を誰よりも理解するシリウスその意志を受け入れると顔を歪ます。
この場所が図書館である以上は不用意に大技は繰り出さずに戦わなくてはならない。
外的な制限がある時ほどやり辛い事はなく、悩ます間も機敏に動くパルヴァーヌをどうするべきかと思考をフルに稼働させようとした間際。
「ヴェレちゃん……?」
袖が引っ張られた感触に振り返ったシリウスには何処か本気を浮かべるヴェレの顔が映り込む。
あの時と同じように蒼いラインが瞳に刻まれ始めた彼女は端的に言葉を紡ぐ。
「二十秒後、二階に向けて剣を、投げる」
「えっ?」
「信じて、そこにフワフワがある」
「勝ち筋……ってことでいいのか?」
呼び掛けにヴェレは僅かに首肯すると同時に気絶したようにその場で眠りにつく。
意図は不明、だが彼女なりの打開策であるとシリウスは即座に提案を受け入れた。
「こ、この! 図書委員代表として図書館で暴れないでください! E・アネモイッ!」
それまで身を隠していたネネカは痺れを切らしたようにカウンターから身を乗り出す。
顕現させたのはE・アネモイと名付けられるリカーブボウ状のリファインコード。
近接戦対応と上弦下弦へと翡翠の刃が備えられた機械的なフォルムは弦が引かれると同時に粒子の凝縮によって矢は形作られる。
「墜ちな……さいッ!」
気合いの声と共にネネカは引き絞った一矢を放つと幾つもの乱気流を発生。
疾風を味方にする矢は変幻自在の軌道を描きながらパルヴァーヌへと接近を果たす。
軽々と渾身の一射は弾かれるが生み出された乱気流が相手のバランスを怯ました。
「そこだァァァァッ!」
ここぞとばかりに類まれなスライディングで一気に距離を縮めたリズは足元へと目掛けて斬撃の薙ぎ払いを仕掛ける。
既の回避を果たしたパルヴァーヌは跳躍の力で二階へと飛び移った。
「クソッ、外したッ!」
「いや……完璧だ」
「えっ……?」
ヴェレの予言から現状に至るまで。
タイムにして、ジャスト
「そこに来るのは、既に予測していたさ」
ズレなき未来予測に導かれ、シリウスは笑みと共に既に牙突の構えを整えていた。
「ありがとうね、愛しき眠り姫ッ!」
蒼白い閃光を纏うカリバーは咆哮と共に標的へと目掛けて投擲を放つ。
神速を込めた一撃は視認不可能な超速度で相手へと迫ると盛大に仮面へと直撃。
右前額へと被弾した仮面の破片は宙を舞い、僅かに漏れた苦悶の声と共にパルヴァーヌは大きくその身を蹌踉めかせた。
「……チッ、潮時か」
不意に漏れた舌打ち。
致命打ではないにしろ、確かなダメージに堪らず顔へと手で添えたパルヴァーヌは不満気に一枚のカードを投げ入る。
刹那、武具を持ち直すと盛大に周囲を切り裂きながら瞬く間に膨大なる粉塵を生成。
(煙幕……! クソッ、目に入ったッ!)
悲運で瞳に舞い上がった埃が付着し、痛みに見舞われるシリウスは動きが止まる。
一時的に奪われる視界、次に晴れた時には既にパルヴァーヌは華麗なる跳躍で窓際へと軽々と飛び乗りを果たしていた。
挑発するように指先でこめかみを軽く叩きながら手を離すとそのまま姿を消す。
「私が逃がすって……思うッ!」
だが、それで軽々逃がしてしまうほどここにいる者達は甘くはない。
王家の娘とは思えない負けじと放たれた跳躍でリズもまた窓際へと華麗に飛び乗る。
「シリウス、ヴェレを宜しくッ!」
「ちょリズちゃん!?」
目の痛みに苦しむシリウスを尻目にリズは軽快に飛び立つと襲撃者の後を追い始める。
粉塵は未だに舞い散り、図書委員達も四方八方へと逃げ惑う混乱状態の中、鮮血の戦乙女は華麗に空中へと身を投げ出すのだった。