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第35話 グランドEXPOは蜜の味

「インモラルプレイヤーめ……ルールがそうでも図書館近くで戦う人がいます普通ッ!?」


 木製に包まれる空間に解かれる嘆き。

 破壊された扉を複数の図書委員と共に修復をようやく終えたネネカは愚痴を漏らす。

 眼鏡にヒビが入るほど怒り心頭な背中を同情の目で見つめながら、シリウス達は眠る例の少女について盛り上がっていた。


「ホントに? アンタよりも早く反応したの?」


「あぁこの図書室に誰かが来ると感知する前にそこのヴェレちゃんは俺に警告した。しかもリファインコードも使わずに男が来ると性別までな」


「性別も当てるって……未来予知の力は本物でクルミの予想は正しかったってこと?」


「フッフッ……言ったっしょ? あーしの調査能力は一流って。でもエルフに未来予知出来る種族がいたなんて聞いたことないな、風を読める程度ならいるけど……マジでこの子」


「「「何者?」」」


 同時に発された全員の声が響き渡る。

 先程の片鱗は何処へやら、疲れたように綿あめを口につけながら机で眠るヴェレへと一同は訝しげな視線を送った。

 ほんのりと香る危険な匂い、だが逆を言えばただの凡人なエルフではない特別な素養を有しているということ。


「だが俄然興味が湧いてきた。ただの可愛げに包まれた子猫かと思ったがどうやらギャップ萌えする高い素養を秘めた子、気になるね」


「ランキング下位……いや最下位のデッドライン候補生ならナイン・ナイツもそこまで目を向けてないはず。強制退学寸前なのはネックだけど」


「つーかそもそも、あーしらみたいな綱渡りの集団に肩入れしてくれるかど〜か。有力な交渉カードがなきゃ時間の無駄だね」


 しかしどれだけ非凡なものを持ち合わせていようが断られたらそれまでだろう。

 残酷な話でもあるが利をなくして動く聖人はそう多くはない、誰もが利点を踏まえて協力関係や敵対関係を築くのだから。

 目的はこれからの死闘に備えて有力な協力者を集めるということ、友達作りではない。


「まっ、だから色々と仕込んではいるんだけどね。切り札ってやつをさ」


 意地悪に笑うクルミ。

 豊満な胸からある小切手を取り出した代物こそが彼女が言う切り札の正体。

 内心「どっから取り出してんだッ!?」と正論のツッコミを入れる二人を知ってか知らずか大量の数字が記載された物を彼女は悠々に語る。


「嫌らしいけどやっぱお金は重要ってね。稼いだけど使い道がないあーしの貯金の半分を仲間になれば渡すってのはいい線じゃない? この子は綿あめが好きそうだしね」


「貯金って、私財を使うっての!?」


「大丈夫大丈夫、あーしはマネーに興味ないからね」


 仮にも王家出身のリズでさえ驚く金額。

 ゼロが異常に並ぶ桁はどれだけ彼女が稼いできたかを物語っており、自信満々に眠れるお姫様へとクルミは交渉を仕掛けていく。

 リベンジマッチと心で吐きながら記者の誇りに掛けて言葉を紡ぎ始めた。


「ちょいとお眠り姫? 少しだけいいかな?」


「ん……むぅ……ん……?」


「この学園にいるなら生き残り方は知ってるよね? 結論から言えばあーし達は君をスカウトしたいの。相応の対価は払うよん? この小切手くらいあれば一生綿あめを食べ続けても」


「それ……モキュモキュしない。ワクワクも」


「へっ?」


 だが返ってきたのは謎の擬音。

 独特の感性からなる発言に強気だったはずのクルミの目は堪らず点と化す。


「綿あめは運命、一期一会の美学。いっぱいあればいい物じゃない。いっぱいよりも一つ、それがモキュモキュの極意」


「えっと……つまり?」


「ボケボケつまらない、


「グブフゥ……!?」


 盛大に打ちのめされたクルミは奇天烈な断末魔と共に地へと四つん這いに崩れ落ちる。

 センスがないとバッサリ切り捨てるヴェレにまるで記者の技術が通じないことに彼女の周囲には負のオーラが漂っていた。


「セ……センスない……? アッハハハ! ウォォォォォォォォォォォォッ!?」


「フルボッコね」


「ボコボコだな」


 切り札も通じずにまたしてもの敗戦に絶叫するクルミへと哀れを向けるしかない二人。

 大金にもまるで目もくれない、独特の感性を持つ綿あめと神殺しの少女。


「これが君も言ってた拘りってやつか、ネネカちゃん?」


「は、はい! 何でかは知りませんけどこの子は綿あめが凄く好きでして。またその感性で人の善悪を判断していたりと……デッドライン候補生というのも度々授業を抜け出して綿あめ買いに行ったり、バトルにも参加しないことが原因ですね」


(何でこの学園にいるのかしら……この子)


 至極真っ当な正論を心の中でリズは吐く。


「綿あめ至上主義ってか。いいね! 逆に言えばその拘りの願いを叶えられれば……仲間になってくれる可能性もあるってことか」


 対してますます面白い子だと興味を強めるシリウスだが彼の言葉に呼応するようにヴェレは己の願いを静かに語り始めた。


「……願いは綿あめワールド」


「綿あめワールド?」


「綿あめ尊い。ピカピカでフワフワ、この世界はドロドロのグチュグチュ、でも綿あめは綺麗。この素晴らしさ、もっと皆に教えたい。綿あめがあれば世界もラブ&ピース」


「えっと……どういうことかしら?」


「なるほど、君の想いは伝わった」


「分かったのッ!?」


 ·理解の範疇を超えたヴェレの言葉。

 だが、真意を汲み取ったシリウスは深く頷きながら不思議なお姫様の真意を理解する。

 彼と同様、カリバーもまたコミカルな台詞に伝わる思いへと同調を抱く。


「エルフ族は非常に長寿の種族だ。クロニクル・ウォーやその後の内戦や争いとか色々見てきたんだろうこの子は」


「あぁ言われてみれば確かに……じゃあ綿あめってのは彼女にとって平和の意思表示ってこと?」


「感性は独特だけど結構大きな未来見てるらしいよ眠り姫は。綿あめ広めて世界平和にしたいんでしょ?」   


 彼の質問にヴェレはその通りだと言わんばかりに煌めいた眼差しを向ける。

 綿あめ好きの平和を願う少女、変わった考えではあるがシリウスの捕捉を受けてリズもまたヴェレへの可能性を見出す。


(さっき彼女はこの世界はドロドロのグチュグチュって言ってた。今の世界に不満がある……利害は一致してるけどどうすれば彼女を)


 しかし綿あめこそが世界を救うなんて変化球にも程がある世界平和の願い。  

 利害が一致しているとはいえ、出来る限り彼女にも得があるようにしなくては協力も何もないだろう。

 どうすれば綿あめの願いを叶えられるのか、そう頭を悩まし始めた瞬間だった。


「あぁっ!」


 瞬間、彼等の話し合いを後方から聞いていた図書委員を率いるネネカの大声が盛大に響き渡る。

 閃きが脳内を走ったことを意味するように彼女は軽快にポンッと手を叩く。


「あの場所……グランドEXPOなら綿あめを叶えられるかもしれませんよ!」


「確かにあそこなら似たようなこともッ!」


 ネネカの提案にリズも目を見開くと名案だと言わんばかりに笑みを浮かべる。

 盛り上がっていく乙女達の一方、まるで話に付いてけないシリウスは幼児のように首を傾げた。


「な、何そのグランドなんちゃらって?」


「グランドEXPO、このレヴィーランズ魔法学園において最大とも言える来月開催の技術の祭典よ。学園内のゼノリアタワーという施設で行われ学生ならばエントリーは自由。当日は一般公開もされる所謂文化祭の一つみたいなもの」


 グランドEXPO__。

 学園最大規模の技術の祭典という言葉は非日常の響きを持ち、即座に胸を高鳴らせる。

 特にシリウスの性格ともなれば尚更、案の定で彼はリズの説明に興味津々へと包まれていく。


「へぇ何かスケールデカそう! でも何で参加することがヴェレちゃんの為に?」


「グランドEXPOもまたゲームの一面を持つ。一般客の評価が最も高かったブースは最優秀賞として莫大な事業資金とポイントが提供されるの。賞を掻っ攫うのは大体ナイン・ナイツ勢力だけど」


「なるほどちゃん? そのゲームに勝てばヴェレちゃんの願う世界をより具現化出来るってことか。アイデアさえあれば勝機がある」


「綿あめは分からない。けど私達の目的の根幹はヴェレと似ている、世界を変える一旦になるなら彼女に利害を見出すのは得策よ」


 綿あめから始まったとは考えられない急速に拡大していく計画。

 ネネカをキッカケとしたヴェレの為の発案は遂に本人への耳にも届くとゆっくり身を上げる。


「……それ、フワフワする」


 相変わらず解釈の難しい擬音だが無気力だった瞳に光が灯っていることが何よりも彼女も乗り気であることを裏付けていた。


「眠り姫もノリノリみたいだ。いいじゃんグランドEXPO。ナイン・ナイツに勝てば世のオーディエンスに俺達の存在を更にアピール出来るッ!」


 加速していく、新たなる野望。

 即断即決、良くも悪くもその性格が場の流れを一気に変える。彼を中心に空気は着実にグランドEXPOエントリーへと傾いていった。


 そんな中__。


「あーしがブッ倒れていた間に……なんかマジエグい話になってんじゃん」


 ヴェレに叩きのめされていたはずのクルミはいつの間にか復活を遂げていた。

 軽やかに立ち上がり、自然に輪に入り込むとウインクひとつ、洒脱に言葉を紡ぐ。


「確かに影響力のあるEXPOを利用するのは手っ取り早い手段かもね。セリナも特番でEXPOのこと紹介してくれるし、あーしたちみたいな地盤の弱いチームなら特にさ。ただ……」


「不安要素でもあるのか? クルミちゃん」


「いやEXPO自体にはないよ。でもさ、最近ちょっときな臭い話があってね。祭典に見合わない残酷を極めるお話がさ」


 クルミの声に空気が一気に緊張へと傾く。

 彼女は軽く肩を竦めると、さらりと衝撃的な言葉を放った。


「EXPO実行委員の、知ってる?」


「襲撃……?」


「事件だと……?」


 襲撃事件。

 その言葉に対して誰もが一度固まった。




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