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第34話 サクッと現る神殺しの片鱗

「……え、寝た!?」


「はいっ! ヴェレちゃんはどこでも寝られるんです! あれでも平常運転なんですよ? 本気モードの時なんて地面にうつ伏せで寝ますから!」


「死体みたいな寝方ッ!?」


 シリウスがツッコミに回らざるを得ないのがヴェレの不思議っぷりを物語る。

 絵に描いたリアクションを繰り出す彼の裏腹、リズとクルミは顔を寄せ合いながら不思議ちゃんへと興味深い視線を送っていた。


「ねぇクルミ、あれが神殺しのヴェレ? 物騒な異名とは正反対の寝顔なんだけど」


「調査に自信はあるけど、ちょ〜っとだけ不安になってきたかも……まさか情報ミスった?」


「まぁ……話してみなきゃ分からないか」


 リズは意を決すると恥も外聞もなく、大の字で爆睡するヴェレに接近。

 透き通る声に響きを持たせ、王女としてのスキルを駆使しながら対話を試みる。


「お休み中のところごめんなさい。あなたがヴェレでいいのかしら?」


「……ん?」


「私はリズ・セフィラム。女の子同士、仲良くできたら嬉しいなって思ってるの」


 愛嬌を全開にした笑顔で話しかける。

 一匹狼の仮面を仮面を外し、愛嬌に極振りした笑顔で向き合ったつもりだったが。



「ブフォッ……ッ!?」


「リズちゃぁぁんッ!?」


 悪気ゼロのナチュラルストレートパンチがリズの精神へとクリーンヒット。

 若干気にしいたコンプレックスを直撃された彼女は崩れ落ちるようにその場に倒れた。


「うわ〜やられちゃったかお姫様。ならばここはコミュ力特化型のあーしに任せな! ちょりっすヴェレちゃん! あーしの名はクル……」


「綿あめみたい……フワフワ、その髪」


「へっ?」


 一流の記者としてコミュ力の高さ。

 人の懐に入り込む技術は誰よりも優れていると自他共に認めているクルミだが。


 ガブッ__。


「ウギャァァァァァァァァァッ!?」


 ヴェレの前では無意味だった。

 髪を頬張られたことに奇天烈な絶叫を上げた彼女は盛大に地面へとブッ倒れる。

 時間にして僅か数秒、果敢に挑んだ乙女の二人は呆気なく不思議ちゃんへと敗北した。


『レディ達……散りましたね』


「儚く散ったな」


 無自覚に次々と粉砕した彼女へと唖然の瞳を向けるしかない。


「あ〜また被害者が……ヴェレちゃん結構予測不能かつ破天荒でして迂闊に近付くと」


「こうなるってか、多感な子猫ちゃんだね。でも俄然興味が湧いた……純粋にね」


 しかし彼にとってはかわい子ちゃんに変わりはなく、寧ろ初めて見るタイプの美少女に胸が高鳴る。

 頬を軽く叩いたシリウスは屍を越えてヴェレの前へと優しくしゃがみ込む。


「やぁお眠り姫、俺ちゃんはシリウス・アーク。君の噂はかねがね聞いているよ」


「……ん?」


「神殺しのヴェレ、全く物騒な二つ名だね。君はこんなにも可愛いのに」


「……」


「でもさ、俺はそんな君に興味が湧いた。是非とも仲良くしたいところだけど……どうかな? 俺と友達になってみないかい?」


 迷ったなら一点突破。

 純粋な興味で突っ込んだシリウスは真っ直ぐな言葉でヴェレへと優しく語る。

 リズと同様、暫く無言で彼の隅々までをジト目で見つめる彼女だが突如襟元へと掴みかかると


「えっちょッ!? 首ぃッ!?」


「す〜……ふ〜……すんすん」


 透かさず一方的に嗅ぎを始めたヴェレへ流石のシリウスでさえも動揺を隠しきれないが数秒の末に何処か満足そうに顔を離す。

 鼻に残る匂いを何度も確かめ綿あめを頬張りながらヴェレはシリウスを見据えると。


「モキュモキュ……懐かしい匂い、綿あめと同じくらい好き」


「懐かしい?」


 ポツリと満足そうにそう呟く。

 無関心だった表情から一転、まるで綿あめを頬張る時のように顔を綻ばせる彼女。

 お気に入りと向ける笑顔はまさに天使、いや小悪魔が如くシリウスへと向けられた。


「す、凄い! 初見にここまで心開くなんて!?」


「えっそうなのネネカちゃん?」


「そうですよ! 普通なら倒れてるお二方のように相手にされなかったり噛まれたりするのが大変だというのに」


 珍しい反応という事を何より雄弁に物語っていたのはネネカの表情だった。

 シリウスに好意的な態度を見せたヴェレ、マスコットと称するには充分過ぎる姿にカリバーの中で一つの考察が閃く。


『マスター、彼女もしかすると……我々が百年前から来た存在であることを感覚的に理解しているのかもしれません』


「ってことは……どういう?」


『エルフ族の平均寿命は五百年。百年前といえば彼女の年齢で言えばほんの少し昔の記憶です。現状彼女の年齢は人間換算で十五歳前後……とはいえ百年前も空気の違いは感じ取れる年かと』


「なるほど……俺に遠い過去の空気を感じたってわけか。こんな可愛い子に好かれるなんて時代遅れも悪くないもんだな!」


 満面の笑みで胸を張るシリウス。

 しかし有頂天な耳には容赦のない冷静沈着なカリバーの声が突き刺さる。


『ですがマスター、ですよ。協力者を募るなら相応の力を持たぬ者は足手まといにしかなりません。そもそも、彼女の力が本当に未来予知を行える証拠もありませんよ』


「割と辛辣だね君……いや、まぁ分かるけどさ。力のない子を戦場に連れてっても、苦労が増えるだけだからね」


 一理あるとシリウスはヴェレを一瞥すると彼女は何処か上機嫌に綿あめにかじりつく。

 今の彼女には神殺しという異名が付く所以をまるで感じることが出来ない。

 予測不能な性格かつ不思議ちゃんだが精々それまで、今後こちらの力になってくれるかどうかは見込みが薄いと両者は意見が揃う。

 どこかズレた不思議系な少女……その印象にシリウスもカリバーも「戦力にはなり得ない」との結論に傾いていた。


『レディ・クルミの言う通り、確かにどこかの勢力に属しているようには見えません。しかしだからと言って無作為に仲間を増やせば痛手を被るのは我々です』


「そうか……それもそうだよな」


 正論を振りかざすカリバー。

 可愛いのと仲間にするのは別、感情と現実を天秤にかければ答えは明らかだろう。

 罪悪感を抱きつつもシリウスは潔くヴェレを切り捨てようとする。


「待って」


 だが、突如として彼の袖が不意に引かれた。

 背を向けた彼の袖には前触れなく力が掛かると振り返った先には一途にヴェレシリウスの瞳を捉えている。 

 瞳の奥にまるで時計針のような蒼いラインが走りながら不思議と迫力を持つ眼差しについ彼の足を止めるには充分だった。


「ヴェレちゃん? どうしたの?」


「……来る、その場所に男が、きっと危ない」


「危ない?」


 言葉の意味を測りかねた直後だった。

 五感の優れるシリウスの瞳には何か小さく雑音が聞こえ始める。

 打撃音と共に何かがこちらに迫るような感覚、そう本能的に捉えた刹那。


 ドグォォォォン__!


「ッ!?」


「うわぁぁぁっ!?」


「「何ッ!?」」


 轟音と共に図書館の扉が爆裂。

 凄まじい風圧が吹き荒れ、平穏な時間を粉砕されたことに意気消沈だったリズ達も即座に現実へと引き戻される。

 軌道上には一人の大柄な制服姿の男が吹き飛ばされ地に叩きつけられていた。

 事前に警告を受けたシリウスは直前でギリギリの衝突回避を果たす。


「っしゃぁッ! このフォルトゥナゲームは俺の勝利だッ!」


「がっ……がはっ……!?」


 反対方向にはリファインコードを手にする勝利に酔い痴れたプレイヤーの男。

 決着がついたことを意味するように誇り高く笑う彼へと扉を破壊されたネネカは怒号が炸裂。


「ち、ちょっとッ! なんて場所でフォルトゥナゲームを行ってるんですかッ! 図書館の扉ぶっ壊れたじゃありませんかッ!?」


「はぁ? うるせぇぞ陰キャの図書委員長が! フォルトゥナゲームは両者の合意さえあれば何処だろうとゲームを行っていいルールだろ?」


「ぐっ……だからってこんな場所でやるなんてモラルとかそういうの!?」


 突如舞い降りた、だがこのイカれた学園では日常茶飯事とも言えるアクシデントはたちまち穏やかな空間を吹き飛ばす。

 たちまち怒号合戦が繰り広げられる中、ヴェレは知ったことかと無関心にモキュモキュと再び綿あめを頬張り続ける。


「ビックリした……ちょっとシリウス大丈夫? よく今の回避出来たわね」


「……いや、俺じゃない」


「えっ?」


 よく避けたなと推しであるリズの言葉にも何処か心なしに答えるシリウス。

 珍しくリズに見向きしない彼は目の前でまたもや眠りに落ちる彼女を力強く凝視した。


「カリバーちゃん、今の分かったか?」


『えぇマスター、どうやら……我々の評価はただの色眼鏡に過ぎなかったようです』


「だな、この子……俺達よりも先に」


「『この異変を察知した』」


 自分自身が最強である故の衝撃。

 非凡な反射神経を有する自身を超える速度で迫りくる危険を完璧に察知した。

 まるで神にも許されぬと言われた未来予知を行ったような行為。


「この可愛い子ちゃん……何者だ?」


 ヴェレ・アセロランシェイズ__。

 神殺しとも称される眠れる力の片鱗を目の当たりにしたシリウスは一人、眠り姫の持つ素質へと固唾を呑んだのだった。

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