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第33話 アイ・ラブ・ワタアメ

「神殺しのヴェレ……?」


「って何?」


 同時に二人は首を傾げる。

 新参であるシリウスはまだしも、リズも神殺しという大袈裟な二つ名を持つ存在にピンと来てはいない。

 ランキング上位のプレイヤーを脳内検索しても該当する者はいなかった。


「知らなくて当然だよ、だってその存在はランキング最下位タイ、日の目を浴びない脱落リタイア寸前のプレイヤーなんだから」


脱落リタイア寸前のプレイヤー……!? まさかデットライン候補者だって言うの?」


「デッドラインって? リズちゃん?」


「この学園では月ごとにフォルトゥナゲームへ参加しなかった者に対し、ポイント剥奪というペナルティが科されるの。定められたデッドラインを下回った時点で強制退学」


(デッドライン……なるほど、それもまたこの学園の卒業者が極端に少ない理由の一端か)


 戦わずして逃げ切る非戦ルートでの卒業。 

 その可能性もゼロではないとシリウスも心のどこかで考えていた。

 だが、許さぬよう練られたルールはこの学園で生き残るということがいかに困難であることを再認識させられる。


「イエスだよリズ、ポイントがデットラインを下回った者は強制的な退学処置となる、そんなマジの瀬戸際にいる候補生があーしが仲間の狙い目だと思うプレイヤーだよ」


「でも何でわざわざ落第生ワーストプレイヤー候補を? 仲間ならシリウスのファンクラブから募集を掛けたって」


「ファンを装った刺客がいることも否めない。幾らあーしでもあの数とナイン・ナイツとの関係を調べるには時間を要する。つーかファンだから手を出すのはマジ危険ってことよん?」


「なるほど……確かに凶刃を忍び込ませる事もなくはないね。かつて君が仕掛けたように」


「い、痛いとこ突いてくるねぇ先生?」


 容赦なくミレスから指摘された自分自身も行った手法にクルミは苦笑を見せる。

 つい眉をピクピクとさせた彼女だが気を取り直して話を本筋へと戻す。


「コホン……とにかくそういう子達に比べてもあーしが提案するプレイヤーは裏切る危険性が低いってこと」


「でもクルミちゃん、どうしてその神殺しが子猫ちゃん達よりも信頼できるってんだ? ナイン・ナイツのアンチとか?」


「いや……こう、ん〜」


 シリウスの質問に饒舌なクルミは珍しく言葉選びを悩ましながら苦悶そうに腕を組む。

 どう表現すれば良いのか、言葉にせずともそう嘆いている様子が全員へと伝わる。


「そのエルフの子、何を考えてるかまるで分からないというか……エキセントリック?」


「不思議ちゃんということかい?」


「そうそれ! 流石は教師、語彙力高いッ!」


 ミレスの的確な言葉選びにクルミは軽快に指を鳴らす。


「感性が独特なんだよね〜おまけにエルフだってのに人里で育てられたって噂だしね、けどナイン・ナイツと蜜月という話も聞かない。時折不思議なことを起こすってのも聞く」


「それが未来予知?」


「あーしも調査を始めたばっかだから大体は知らないけど。まさに神すらもなし得ない事をやってのける存在ってやつ? 流石に誇張過ぎる二つ名とは思うけど」


 語られるクルミの噂にシリウスは興奮を意味するように笑みを見せる。

 こうもスイッチが入ればもう止めることは出来ないのがこの学園の王子様。


「ふ〜ん、なんか面白そうじゃん! よしっ、早速その子の元に案内してくれよ!」


「オーケー、君ならそう言ってくれると思ってたよ! それじゃ神殺し探しにしゅっぱ〜つ!」


「ちょ二人共ッ!? あぁもう……先生申し訳ありません、私達はこれで失礼します。二人共ちょっと待ちなさいってッ!」


 異常な行動力を持つ両者の素早さに呆れながらもリズは謝罪と共に必死に後を追う。

 少年少女らしい落ち着きのない光景を見ながらミレスは優雅にコーヒーを啜る。

 もう戻ることの出来ないティーンエイジャーの彼等に何処か羨ましさを抱きながら。


(全く、若いというのは何時の時代でもこうも綺羅びやかしいものだとはね。大人になるのはやはり辛いものだな)


 横目に映り込む西日へと恨み辛みを滲ませながら微笑を浮かべていたその時だった。


「……?」


 瞬間、表情に明らかな異変が生じる。

 程よい苦味と香ばしさを味わっていた顔は流れるように表情が豹変をする。

 未来予知を行えるエルフ族、そのキーワードにミレスは思考を巡らせていく。


(まさか……いやそんな……あの種族はクロニクルウォー時に絶滅を遂げていたはず。生存種がいたなんて文献は)


 記憶の片隅に生じる違和感。

 その一瞬の違和感を掴もうとミレスは握り込んだコーヒーカップを片手に考え込む。

 ただ一人、沈黙に満たされながら得体のしれない悪寒が走るとミレスは顔を歪める。


(神殺しのヴェレ……どういうことだ。これは偶然かそれとも運命か、いやどちらにしろ……残念ながら一筋縄ではいかない話か)


 永遠のような沈黙の中、答えの分からない内に眠る違和感の苦味だけが残り香としていつまでも彼女に纏わりつく。

 そんなミレスの苦悩を露知らず、怖い物知らずの荒くれ集団は謎めいたエルフの秘密が眠る図書館へと即座に辿り着いていた。


「あぁヴェレちゃんのことですか? あの子なら 今はきっとよく出向く第四歓楽街へのお買い物でこの図書館にはいませんよ?」


 彼等を出迎えたのは丸縁眼鏡とベレー帽が際立つ子猫らしい蒼水髪の美少女。

 自身の眼鏡をクイッと上げる仕草が魅惑の少女は外見に反した溌剌の声で応える。


「あっ申し遅れました! 私の名はネネカ・レフ・ピースフル、この図書館の管理運営を請け負った図書委員長です。夢はこの学園卒業して色んな人に本を広める世界を作ることです!」


「……ネバネバ?」


「ネネカですッ! どんな間違いですか!?」


 【ネネカ・レフ・ピースフル】

 ・プレイヤーランキング102位__。

 ・獲得ポイント31000pt__。


 悪意はないシリウスの言葉にキレのあるツッコミを返した彼女は深呼吸と共に冷静さを取り戻す。

 仕草も相まってまさに外見は文学少女、ゲームが渦巻く学園には似合わない繊細さがある。

 だが発せられる言葉にある強みはこの世界で生き残っているしぶとさを感じさせた。


「ごめんなさい文学少女、コイツ素でこんなだから。それよりヴェレ・アセロランシェイズについて教えてもらってもいいかしら」


「あっはい! ヴェレちゃんは図書委員の中でもマスコットとして人気で! いるだけで癒されるというか可愛いんですよ!」


「マスコット……ってあのマスコットかしら」


「そうです! 最初は授業サボっては図書館で寝てた彼女に声を掛けたんです。普段はお眠りちゃんですけど時折不思議な力で問題を解決したりしてくれるんですよ!」


 語られるヴェレという存在の実態。

 言葉には誇張は見えず、放たれている彼女への評価は紛れもない事実と言えるだろう。


「確かに落とし物見つけてくれたりね? その後に


「そうそう! もう半年も無くしてたネックレスを探し当てたりとマジシャンって感じだよね!」


 同調するようにネネカの背後にいた図書委員の面々もヴェレを次々に語っていく。

 概ねとして評価は高く、信頼されているという雰囲気は容易に伝わる。


 だがサボり魔のマイペース不思議ちゃん。

 デッドライン候補生なのも相まって神殺しという物騒な名前にはまるで見合わない。

 共通認識なのか、シリウスだけでなく、リズやクルミも僅かに疑念を顔に表していた。


「ほらここって裏切り祭りみたいな場所でしょ? そんな中でも彼女は癒やしでして! お人形さんみたく表情も全然変わらないんですよ! ただ一つだけ……凄い拘りを持っていまして」


「拘り?」


「それはそれは……多分もうアレを馬鹿にした日には命はないと言うか」


 そこまで言葉を紡いだ時だった。

 鈍い音と共に扉は開かれたのは。

 同時に異質さを極める存在がシリウス達の視界に深く深く焼き付いたのは__。


「えっ……?」


 無意識に溢れた声色。

 エルフを意味するように耳は尖り、身体を覆うほどの毛量を誇る深紫色のツーサイドアップ。

 華奢な手が隠れるほどにダボダボの制服を着こなす小柄な存在は異彩を放つ。

 ダウナーさを見せる雰囲気はつい気を緩んでしまう何かを放っており、独特の空気についシリウス達も呑み込まれそうになる。


「モキュ……モキュ」


 だが、それ以上に非凡な雰囲気を纏う彼女の何より注目すべきは華奢な手に持つ代物。


「綿あめ……?」


 一目で察せる異質なフォルム。

 白くて柔らかな塊が紙の棒の先にふわりと巻きついている舌を甘美に包むお菓子。

 まるで天からの小さな雲を両手に持つ少女はただジッと上の空を見上げていた。


(あの子……何処かで見たことが)


 本能的に既視感を覚えたシリウス。

 呆然と見つめる一行に目もくれず少女は近くの机に飛び乗るとそのまま横たわる。


「あっちょうど帰ってきましたよ! あの子がヴェレちゃんです!」


 【ヴェレ・アセロランシェイズ】

 ・プレイヤーランキング1510位__。

 ・獲得ポイント40pt__。


 ヴェレ・アセロランシェイズ。

 別名……神殺しのヴェレ__。

 神殺し称される存在にはまるで見合わない緩い空気が彼女を包み込む。

 頬を触りたくなる肌を持つヴェレは綿あめを頬張りながら目を閉じると安らかなイビキが「スピー」と空間へと鳴り響いた。

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