「クソッ、完全に狙いをヴェレちゃんに定めたってことか」
並の斬撃ではまるで突破することは出来ない自身を囲い続ける乱気流の監獄。
攻撃を加え続ければ最短でも一分あれば突破することは可能と言える。
だが戦場においての一分がどれだけ長いものか、シリウスはよく知っている、分かっているが故に焦燥感を募らせていく。
(そこまでの執着心とは……流石に油断した)
「突破するぞカリバーちゃん! リファインバースト、リベリオンブラ」
『お待ち下さい、マスター』
しかし彼に反して冷静なカリバーは突破しようとしたシリウスへと咎めを口にする。
苦楽を共にしてきた相棒からのまさかの制止に彼は思わず目を点にさせた。
『ここは静観が得策かと』
「はっ? 何言ってんだ、早くこの監獄をぶち抜いてヴェレちゃんの救援に」
『寧ろ返って危険と予測します。彼女は我々を封じる為のリファインバーストで大きな魔力を消費している。つまり代償として全力を出せない状況ということ』
「だが……その目論見は前提として」
『えぇ、ヴェレというプレイヤーに全ての信頼を寄せるということ。もし彼女が魔力を減少させた彼女にも劣る存在であるなら、私の判断はA級戦犯と言える愚策』
カリバーが提示した作戦は謂わば相手の力量に全てを任せる他力本願なもの。
常に側にいたからこそ、らしくない提案にシリウスは疑念と蔑みの視線を向ける。
「何のつもりだカリバーちゃん? 君らしくない消極的な考え、幻滅するね……だが」
しかし、直ぐにも割り切ると共に彼の考えを自分なりに噛み砕けるのが。
「
シリウス・アークという男の性格。
何かしらの考えがあるのだと即刻で受け入れた彼はカリバーへと笑みを向ける。
この逼迫した場面、衝突しても可笑しくない提案ながらも直ぐにも理解を示した持ち主の姿勢にカリバーは内心で破顔を浮かべた。
『勿論、他を凌駕する魔力を隠していると直感的に感知しました。可能性によっては』
我々をも超えうる力を__。
断言されたヴェレへの期待。
カリバーの発言に武者震いを見せたシリウスを背後に決戦は最終局面を迎える。
リファインコードの証である赤き閃光。
彼女独自が有する未来視の青き閃光。
二つの光は紫に混じり、ヴェレという存在に独自性を与えていく。
「さぁ躾の時間ですよ、ヴェレッ!」
露出度のあるバニーガール故の機敏さ。
ただでさえ上位プレイヤーらしい非凡な身体能力をフルで活かす彼女は風を利用して即座にヴェレの眼前へと肉薄。
鉄すらも簡単に切り裂く上弦下弦に備えられた刃は勢いよく迅速に振り下ろされた。
「……ペポペポ、理解した」
動作は未来を見据えたような感覚。
決して遅くはない、油断すれば間違いなくやられる一閃だがヴェレは攻撃を躱す。
最低限の動き、そこに斬撃が来ることを分かっていたような素振りで華麗に先手必勝を見切った。
「ドッパーン」
繰り出す一撃がネネカの胸部を撃ち抜く。
反動で宙を舞う彼女の身体。
綿あめのような外見に反した異質な破壊力を持つリファインコードはヴェレの腕と脚となり、猛威を振るう。
(未来視の能力……! ならばこれはッ!)
地へと矢を射ようとするネネカ。
シリウスを翻弄した鉄壁の要塞である風の監獄を生成しようと高速で弦が引かれたその刹那。
「ってするのは、分かってる」
鋭く睨みを利かすヴェレの眼光__。
読み切ったとばかりに地を豪快に槌で砕き、跳ね上がる瓦礫と塵埃を放つ。
不意を突かれたネネカの視界を粉塵が覆い、眼球を覆った。
「ぐっ……!?」
動きの止まった瞬間を逃さず、加速。
小さな身体を弾丸の要領で放つ空中からの迅速なるドロップキック。
狙いは顔面一転、鋭く撃ち込まれた容赦のない一撃がネネカを吹き飛ばす。
「プッ……遠慮なしに顔面を狙うとは」
「よく分かんない、でも」
相変わらずの空気を乱すマイペース。
しかし無気力だった雰囲気から、完全に戦闘へと染まった顔を見せるヴェレは。
「そういうの気にしてたら、綿あめ食べれなくなりそう。モキュモキュは消させない」
邪魔をするなと言わんばかりに強気な口調で真っ向から相まみえるのだった。
彼女独自の瞳に宿る紫電色の閃光は煌めきを増し、強者の片鱗が浮かび上がる。
(驚異的なパワーにサポートの未来視、これは確かに……凄まじい潜在能力と言える)
手放しに称賛を送るネネカだが劣勢に陥る状況ながら顔にはまだ焦燥感はない。
未来を見据える力で襲いかかるヴェレへと不適に口角を上げる。
「しかし、まだ扱いきれてないはず。情報通りならば真の力……いや、表面の力でさえも使いこなせていない状況、勝機はない」
(表面の力……?)
意味深な言葉に疑問符が浮かぶシリウス。
だがその答えは考察する暇もなく、現実として現れを始めた。
突如として優勢だったヴェレはその場で立ち眩みのように膝をついてしまう。
「ッ……やばっ」
「ヴェレちゃんッ!?」
額から溢れるは冷や汗の濁流。
顔を抑え、眠気に悩まされる彼女には反撃とばかりに数多の矢が射られていく。
「リファインバースト、ダスト・デビルッ!」
追随するように高速で回転する化身はヴェレへと一直線に突撃。
咄嗟に槌を盾にし、防ぎ切るもは僅かながらに彼女を後方へと吹き飛ばす。
「やはり情報通りですねぇ……ヴェレ・アセロランシェイズ、いや
「ッ! バーミット族?」
『まさか……何故その名が、この時代に』
瞬間、シリウス達へと走る衝撃__。
反射的に放たれた種族の名を二人は完全に理解する。
あり得ないと内心では思うも事実であるなら全ての違和感に合点がいってしまう。
「未来、いや世界をも変えうる瞳を持つ最強のエルフ、魔族においても魔人を超える最高の種族。しかしその力を発揮することは出来ない致命のジレンマを抱える」
「モキュ……?」
「生物の耐性にはオーパーツ過ぎる強大な力、未来視すらもまともに操作できない。未来が見えたって精々一度の戦闘で数回が関の山。既に限界へと近付いている」
苦しみを見せるヴェレには高笑いが響く。
膝をつく彼女に青い閃光は稲妻のように途切れ途切れとなり始める。
勝ったも同然と下半身の食い込みを直すネネカは嘲けと共にトドメを刺そうと歩む。
「貴方は未来視を使った直後、眠りに落ちることが多かった。即ち膨大な力を使っている裏付け。図書委員長として常に貴方を観察していて正解でしたよ。ここまで来れば私の勝利です」
片隅にある記憶を振り返れば、確かにヴェレは未来視使用後に気絶するように眠る場面が多発していた。
シリウスも一連の流れを察するも刻一刻と決着の時は迫っていた。
「リファインバースト、スケール・ヴェント」
真上に放たれた矢は化身が手を仰ぎ、生み出された風によって、一気に数を量産。
矢の雨に染まった上空の悪夢は一斉に刃先をヴェレへと向ける。
「純潔なる正義の名の下に、迷える眠り姫よ、己の贖罪を懺悔しなさいッ!」
合図を皮切りに落下する矢の群衆。
一撃一撃が切り裂く突風を纏い、まともに食らえばどうなるかは容易に察せられる。
今にも襲いかかる敗北の風は眼前の存在を完璧に吹き飛ばそうと牙を向けた。
(勝った……! これで奴の力をッ!)
崩壊__。
「私……が」
音を立てて崩壊する勝利の牙城__。
「え……?」
理解が追いつかない。
想定とはまるで違う光景がまさに目の前で引き起こされたのだから。
上位プレイヤーでさえ見切ることは至難である彼女の奥の手、スケール・ヴェント。
唯一の対応とすれば同威力相当のリファインバーストの相殺で押し返すしかない。
「……何故? 可笑しいでしょ?」
だからこそ、受け入れ難い光景だった。
もう未来視は使えないはずのヴェレが予測したように
虚空を切った矢は虚しく地面へと次々に突き刺り、粉塵が舞う中で最低限の動作で躱した彼女は畏怖を抱かす形相を浮かべる。
「何故まだ未来視が使えてるッ!? 馬鹿な、これまでと違うッ!?」
「マジックは、これで終わり?」
蹴り上げられた華奢な肉体。
刹那、動揺に対処が遅れたネネカの腹部へと渾身の拳が叩き込まれた。
「あぐがッ!?」
「オーバーコード」
想定を超える、限界を超える__。
宙を華麗に舞ったヴェレの背後には白煙と共に守り神の如く、一つの化身が佇む。
色鮮やかなの包帯に巻かれた巨体はまるで絵画の怪物、無数の砂時計を肉体から生やしながら静寂を歪ませていく。
仮面を被る頭部には感情の気配すらなく、両腕の剛腕が沈黙の暴力を予感させた。
「こいつが……ヴェレちゃんの化身」
「クソッ、そこまでの体力がッ!?」
心臓を握り潰すような威圧感。
コミカルながらも残虐性も両立する眠り姫が支配する化身はシリウスを驚愕させた。
顕現されたゴッド・ファーザーの真の姿にネネカは完全に焦りに満たされる。
「小癪なガキが、想定を超えるなッ!」
射られた矢は化身の柔らかな肉体によって弾かれ、ヴェレは疾駆によって接近。
体力切れの想定とは逆に動きが加速する彼女は化身とのコンビネーションを披露。
槌を叩きつけ、生じた衝撃を煙幕にゴッド・ファーザーは痛烈なる拳をえぐり込む。
「なっ……!」
「私の化身は綿あめの能力、柔らかくて、ちょっと硬くて、色んなことが出来る」
咄嗟にカバーへと入ったE・アネモネの化身だが痛々しく上空へ殴り飛ばされた。
圧倒的なパワーを有する化身と無法と言える未来視の力、交わせてはならない究極の双璧はネネカを迅速に追い詰めていく。
(馬鹿な……彼女はこれまでゲーム参加数はゼロ、未来視を鍛えられるような戦闘の経験は皆無に等しいはず……彼女の脆弱さは間近で見てきた、なのに何で……ここまでッ!?)
あり得ないと受け止められないネネカ。
だが、ようやく彼女は気付くのだった。
その
(いや違う……この戦いで成長している……? あの瞳が彼女の肉体に順応した……? あり得ない、バーミッド族にそんな汎用性があるなんてッ!?)
「モキュ、辛くてキツいけど少し分かった」
驚異的なスピードで成長を遂げた。
考えもしなかった恐ろしい話だが、その仮説ならば想定外の躍動にもある程度の説明がついてしまう。
裏付けるように地を踏み込んだ脅威は放たれた斬撃を躱し、彼女を的確に捉える。
「この力の使い方、何となくだけど」
フェイントからの強烈な刺突、後ずらせたネネカへとトドメの必殺を構えた。
蹂躙を繰り返すゴッド・ファーザーの化身は彼女の詠唱に呼応を始める。
「リファインバースト」
「ッ! リファインバースト……!」
両腕には綿あめのような綿が凝縮されていくと同時に地を削るほどの魔力が備えられていく。
肌で伝わるプレッシャーにネネカもまたトドメの詠唱を紡ぎ、矢の先端には翡翠色の魔力が煌めきを放ち始める。
睨み合う両者、互いにノーガードであるのはこの一撃に全てを賭けることの裏付け。
「ダスト・デビルッ!」
同時に奏でられた終局の詠唱__。
狂気の熱は衝突し、葬り去ろうとネネカの化身はその身を回転させ強襲を狙う。
渾身の矢はドリル状に対象を穿つべく、逃すまいと一直線かつ高速の攻撃を放つ。
「ワタアメ・ドッカン」
刹那、膨大な魔力に空気が凍りつく。
矢は疾風となりて射止めようと胸元を正確に狙うがネネカは表情一つ変えない。
目の前の壁をブチ破るべく、淡々と前に歩を進めながら化身の右腕静かに上がる。
「ふぅ……ハァッ!」
瞬間、圧縮された魔力が極限まで収束し、巨大な質量を持つ破滅へと変貌する。
冷静に放たれた彼女の咆哮は轟き、その槌は勢いよく振り下ろされた。
ドウウゥン__!
世界が反転するような衝撃音と共にゴッド・ファーザーは溜め込む魔力を一気に前方へと叩く。
衝突の刹那、空間は破れながら眩い閃光が走り、地平線は激しく歪んだ。
「アグァァァァァァァァァッ!?」
拳は一撃で地を穿ち、相手の身体を包む衝撃波ごと後方へとぶち抜く。
炸裂した瞬間、彗星と呼ぶべき高速な軌道と共にネネカ共々化身は一拍遅れて後方へ吹き飛ぶ。
足場は砕け、壁面が抉れ、石片が炸裂し、舞い上がる瓦礫が弾幕のように空を覆った。
「うぉッ!?」
『これは……!』
シリウスまで届いた激しい衝撃波。
その一撃が通った先には、まるで竜が貫いたかのような巨大な穴が穿たれていた。
吹き飛ばされたネネカ達の残影が煙と破片の向こうに霞んでいく。
戦闘不能を意味するように彼の周囲を舞っていた竜巻は消失し、宙へと浮いていた円形の地面は重力によって落下を遂げた。
「マジか……こいつはやべぇな」
『圧倒的な攻撃性……ゼロシリーズにも通ずるシンプルな強さですマスター』
破滅的と称するべき攻撃力。
パワーを上回るゴッド・ファーザーの真価にシリウスは笑うしかない。
解放されたヴェレという存在の脅威、塵と煙が舞う戦場の中心にいる姿にはこれでかもと強者のオーラが纏われている。
「ピースピース、モキュモキュイエーイ」
マイペースに掲げられたやる気のないピースサインは勝利の祝音を呼び込んだ。
気の抜けたセリフは発せられた背後ではパラパラという音と共に壁へとめり込んでいたネネカが地面へと力なく落下する。
「ガハッ……! この……!」
満身創痍の極致。
戦闘不能であることは明らかと言え、眼鏡も使い物にならない状態だった。
そして次に聞こえたのは笑い声、壊れたかのような笑いが二人の鼓膜へと響き渡る。
「ハハッ……ハハハッ! アッハハハッ! これで勝った気にならないことですねぇ……
(トカゲの尻尾?)
呪言のような言葉を最後にネネカは遂に意識を失いながら地へと倒れ伏せた。
訪れた決着、混乱の渦に巻き込んだウサギ達は撃滅の末路を辿る。
『対象の沈黙を確認、我々の勝利ですマスター』
「あぁ……だがそれよりも」
今だけは勝利などどうでもいい。
カリバーの言葉を横流ししたシリウスの脳内は座り込む眠り姫に染まっていた。
ヴェレという普通ではないエルフの存在、ネネカから口に出されたバーミッド族の名も相まって彼の視線は何時にもまして真剣に満たされている。
「ヴェレちゃん……君はまさか」
「モキュ?」
振り返った彼女の瞳は可憐でありながらも悍ましい不気味さを宿していた。
癒しの裏に潜む狂気と甘美なる狂乱、その余韻が戦場に滲む。
「ん……?」
『マスター? 如何がなさいましたか?』
「いや、少し視線を感じたような……」
幕を閉じた死闘に残るはほろ苦い後味と破滅の未来を予感させる静けさだった__。
「……キュルン・シュリーカーおよびネネカ・レフ・ピースフルの沈黙を確認。両名とも、核の捕獲に失敗しました」
激闘の余韻が未だ残る戦場を冷たい視線が見下ろしていた。
硝煙の向こうで立つ銀髪の少女は手に握った調査書を一瞥し、呆れとも憐れみともつかぬ声で報告を告げる。
彼女の言葉に耳を傾けながら、記事を模した風貌の男は淀みない口調で応じた。
「……そうか。やはり、あの程度の器では奴を仕留めるには力が足りなかったか」
「口封じはこちらで。実行役が落ちた程度、我らの計画には何ら支障はございません」
「無論、承知している。核の確保は望外の成果だったが本懐はすでに果たされている」
男は静かに視線を逸らし、煙の向こうに沈む戦場を眺める。
その瞳に宿るのは人間への興味など微塵もない冷酷な無機質さ。
「……肉体に順応したあの瞳の成長速度、本物だな。最後の末裔にして最高傑作の素材。我らの創世計画において、欠くことなき
「ですが、どうなさいますか? 相手はレヴダとゼベラを討った男。貴方様に及ぶなどとは思いませんが……対処は必要かと」
「案ずるな。既に布石は打ってある。この学園もこの世界もやがて我らを神と仰ぐこととなる。新たな神話は……ここから始まるのだ」
「はい。天地開闢の覚悟は既に、キリエ様」
彼女は深く頭を垂れる。
その名を告げるように、風が囁いた。
【キリエ・バルフレア】
・学園総合ランキング第6位__。
・総合ポイント225700pt__。
ナイン・ナイツ一角、キリエ・バルフレア。
そして創生という名の終焉を描く男は崩壊を祝福するかのように静かに微笑んだ。
嵐の果てわずかに訪れた静寂を裂くよう世界の深奥で再び巨大なる闇が、静かに息を吹き返す。