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第43話 おかしな世界の中心で

「……どうやらあちらも始めたようですねぇ」


 上空から響き渡る破壊の衝撃音。

 連続した反響に戦闘を察知したネネカは眼鏡のブリッジを持ち上げた。

 バニーガールという道楽を身に纏う存在には相応しくない冷徹な瞳が視界を奪う。


「ゲームとは非情、常に優劣が付き纏い、敗者に与えられるのは全てを失う混沌の絶望のみ。そして餌食となる生贄は貴方です」


「俺を食ったって美味しくねぇぞ?」 


 ネネカから詩的に吐かれた戦いの非情さ。

 腐っても文学少女、言葉の節々に溢れる風情だが切り裂くようにシリウスは笑う。

 徹底抗戦と見て取れる態度には溜息が吐かれると気怠そうに首が回った。


「君達がどんな大義を持っているのか知ったことじゃないが、推しを守るのが俺の性分なんでね」


 巧みにカリバーを握り締めたヴェレを守るシリウスは鋭利なる刃先でネネカを捉える。


「ぶっ飛ばしてみようか」


「愚かな、そのエルフを守ることがどれだけの破滅に繋がることか……まぁ知らなくても良いですが」


 E・アネモイの弓は翡翠色に閃く。

 身を沈めて構えた刹那、空間には自動的に精鋭の矢が生物的に紡がれる。

 風すら置き去りにする初撃、不意を衝いた矢は音を裂きながら鋭く射出。

 だが、シリウスは僅かに首を逸らすだけで一撃を無効化、背後の壁は爆ぜながら破片が舞う中で彼の姿は悠然と立っていた。


「ヴェレちゃん、君は共に戦う戦乙女か? それとも守られたいお姫様かな?」


「モキュ……ペロ……」


 問いかけに綿あめを平らげたヴェレは常に隠れていた萌え袖から華奢な手を現す。

 魔力の解放、即ち戦いを意味するように彼女の瞳にはリファインコード適正者の証である赤き閃光が煌めく。


「よく分かんない、けど」


 謎に包まれる姫様のべールは上がる。

 気怠そうに差し出された右手には虹色に灯る綿あめを模倣した槌型武材。

 小柄な彼女の体格を優に超えるリーチ、軽量に思える外見の反面、動く度に重厚な金属音が響く。


「ドッパーンしないと、綿あめ食べれない」


 仮にも仲睦まじかった相手の裏切りを前にしてもヴェレは動揺を見せなかった。

 割り切りが早い彼女はリファインコードを手にネネカへと闘志を見せる。


「ゴッド・ファーザー、殴る覚悟はある」


「オーケー、君も凛々しい戦乙女かッ!」


 ゴッド・ファーザー__。

 神殺しの異名を持つヴェレに相応しいリファインコードは魔力を膨れ上がらす。

 眉を顰めたネネカは赤き閃光が走る殺意の形相で行射の姿勢を完成させる。


 刹那、射られた矢は風を操りながら上空から急降下によってシリウス達へと接近。

 変則的な攻撃を寸前で躱すが、着弾地点には威力を示す巨大なるヒビが刻み込まれた。


『風を支配する能力、応用が利きやすく力も強大、マスターご注意を』


「分かってるよ、シンプルイズベストの恐ろしさはな」


 トリッキーでないからこそ持つ汎用性。

 ゼロシリーズが雨後の筍のように乱立した古の時代を駆けたからこそ、シリウスはその強さを誰より深く知っている。

 何処かに懐かしさを抱きながらシリウスは全力を意味するように化身を発動した。


「さぁ、俺に追いつけるか?」


 ステップを踏んだ不規則な超速移動。

 左右へと激しく動く肉眼では追いきれない速度の強襲は容易に空間を歪ませる。

 慈悲のない圧倒的なスピード、ナイン・ナイツすらも翻弄する速度だが。


「ッ……!」


 瞬間、シリウスの身体は上へと吹き飛ぶ。

 ふわりとだが確かな衝撃、風に舞い上げられるような柔らかくも重たい質量。

 視界を向ければいつの間にかネネカは自身の足元近くの地面へと矢を射ていた。


「追いつけるはずがありません」


 無防備となった彼へは即座に何本もの矢が生成されると同時に容赦なく射出される。 


「だからこそ、です」


「そういう感じか……!」


 意表を突かれた反撃。

 先手必勝を無効化されたシリウスの身には弓から放たれた幾つもの矢が襲う。

 咄嗟に迫りくる矢を横一閃の反射で弾き飛ばすと着地と同時に体勢を立て直す。


『矢を射ることで周囲に強力な風を舞わし、速度を無効化する全方位防壁……やりますね』


「オーバーコード」


 カリバーは冷静に状況を分析するが、お構いなしに追い打ちと即座にネネカが顕現したのは病的な程に細身な人型の化身。

 カリバーすらも超えうる長身と至る所に鋭利なる棘を生やしたグラムロックな風貌。

 美しい輪郭と唇を持つ目元が隠れた存在は姫を加護するように荘厳に佇む。


「リファインバースト、ダスト・デビル」


 矢が放たれると同時に、化身は身体を槍の如く回転。

 細身の肉体は凄まじい渦と化し、瓦礫を巻き上げながら竜巻を生み出す。

 シリウスは神速による回避に転ずるが、背後の足場は跡形もなく吹き飛んでいた。


 空間へと美しく舞い散る瓦礫。  

 壮絶であることを裏付ける異質な光景が広がる中、鳴りを潜めていた渦中の人物は息を殺してネネカへと肉薄を果たす。


「ドッパーン」


 つい気が抜けるような掛け声。

 抑揚のない声色と共に地を駆けたヴェレはゴッド・ファーザーを振り上げる。

 放たれた一撃は触れると同時にコミカルな破裂音を奏でるが威力そのものは絶大。


 油断したものの、咄嗟に相殺体勢へと移行したネネカを軽々と上空へと吹き飛ばす。

 宙を舞う彼女をE・アネモイの化身は抱き留め、風が渦を巻く中、舞うように地へと降り立った。


「ただのスイングであの威力……ふざけた外観に見合わず大層な威力をお持ちのようですねぇ。やはり貴方は手にするに相応しい危険な存在」


「よく分かんない、ソレ」


「分かられても困るという話ですのでねぇ……ヴェレ・アセロランシェイズッ!」


 地を蹴ったネネカは化身から放たれる風圧の後押しによって高速で肉薄を果たす。

 弓矢ながら上弦下弦へと備えられた刃によって近接戦闘も可能とするE・アネモイ。

 パルヴァーヌのトリックの一翼を担っていた弓剣一体型の脅威はヴェレへと襲いかかるが妨害したシリウスの刃が重なった。


「触れさせるかよ、指一本」


「戯言を吐くッ!」


 弾き返すと同時に放たれる横一閃。

 類まれな身体能力によるバク転で即座に回避したネネカからは対抗と数多の矢が発射。

 果神速で躱し、攻め込むものの、矢を地へと射ることで生まれた乱流を利用する躱しによって彼女へ近付くことが出来ない。


「もう見慣れている、貴方が果敢に攻め込もうとも残るのは無駄を極めた体力の消費、神話はここで打ち滅ぼされる運命ッ!」


 触れられなければどうという事はない。

 シンプルながらも驚異的な速度を攻略するには理に適っている防御的戦法。

 矢を地へと射たことで生じる突風を利用し、巧みに軌道をずらしながら生まれた隙へと的確に攻撃を打ち込んでいく。


(範囲攻撃と相性が悪いのを理解してる、おまけにサードシリーズ故のスペックの高さ、防戦も含めて徹底的に対策した訳か)


 時代遅れの最強を襲う新世代の猛攻。

 ヴェレによる打撃のサポートがあれども鉄壁の要塞と化す風の監獄は看破しきれず、膠着状態が続いていく。


(となると、意表を突くか。死角からの)


 しかし、僅かにシリウスの口角は上がる。

 汗をふき取った彼は突如として上空に存在する己の相棒へと目を合わせた。

 同時刻、化身同士で一進一退の攻防を繰り広げているカリバーはシリウスの視線に意図を察する。


『なるほど……全く人使い、いや化身使いが荒い人だ』


 鍔迫り合いを繰り広げながらカリバーはため息交じりに心で笑みを浮かべた。

 全身から鋭利を尖らすネネカの化身、E・アネモイの猛攻をカリバーはカバーを行う。


『細身の肉体にそぐわぬスペック……サードシリーズの産物と称するべきですが』


 混じり合うからこそ感じる相手の脅威。

 疾速と押し返せるほどのパワーを両立する魔力はまさに最新型の力と言えよう。


 、という話だが。

 長身を生かした躍動的な攻撃を見切ったカリバーは身を仰け反らせ大振りを回避。


『ハァッ!』


 即座に懐へと忍び込むと同時に放たれるのは痛烈なる峰打ち。

 打ち上げられたE・アネモイへと追い打ちを掛けるが如く、地面へと叩きつけた。

 細身の肉体は急速に落下を始め、これこそがシリウスが命令した意表を突く奇襲。


「何ッ……!?」


 シリウスへと集中していたネネカは寸前で死角かつ上空からの脅威を察知する。

 高速で落下する己の化身、あのサイズは流石に風で跳ね返すことは不可能。 

 自身も身動きが取れない代償を持つ風の監獄を解除したネネカは咄嗟に後方へと退くがその隙をシリウスが逃すはずもなく。


「リファインバースト、ストリンジェンド」


「ッ……!」


 背部へと生成された四枚翼のスラスターウイングはアンカーの要領で地面へと刺突。

 同時に剣を宙で一回転させたシリウスはプレッシャーを与える蒼白い円形のエネルギーを発生。

 即座に紡がれた「リファインバースト」の詠唱はネネカを完全に上回る。 


「ヴァルキリア・ネクサス」


 拳が叩き込まれたと同時に放たれる一撃。

 荷電粒子を込めた地面を抉る光線は一直線にネネカへと強襲を開始。

 咄嗟に風を用いて軌道をずらそうとするが余りの高出力に完全に捌ききれず、彼女の肉体は軽々と壁へと叩き込まれた。


「ぐはっ……!?」


 咄嗟に化身がカバーに入ったことで致命打にはならずとも盛大に瓦礫が舞い散る衝撃に思わず苦悶の声が漏れる。

 僅かな隙を狙われた反撃の一手に堪らず彼女は膝を付き、思考を激情に染め上げた。


「錆び切った最強が……舐めた真似を」


「磨けば幾らだって食らいつけるさ」


「減らず口め……しかしどうやら自惚れだったようですねぇ、二人を同時に仕留めるというのは。こうも劣勢になるとは」


 腐ってもやはりはヴィルドの白薔薇。

 有効打を与えられず、弄ばれている状況は対策を練っていた彼女には想定外。

 平行線になりかけている拮抗状態にネネカは新たなる策を打って出る。


「訂正致しましょうシリウス・アーク、貴方と戦えば埒が明かない、故に……リファインバースト、ドライヴ・ヴェローチェ」


 突如として地面へと放たれた一矢。

 化身は自身の指先を地へと突き刺す。

 理解が追いつかない奇っ怪な現象が巻き起こる中、シリウスは意表は突かれる。


「少しばかり、退場してもらいましょうか」


「えっ?」


 瞬間、地面は円形に風が刻み込まれながら亀裂が入ると同時に破壊。

 分散された地面は空中へと舞い上がり、強制的にシリウスとヴェレは引き離される。

 彼の周りには少し触れれば肉体を細切れに吹き飛ばしてしまうほどの絶大な竜巻が全方位で吹き荒れ、身動きを封じた。


「こいつは……?」


「これ以上、貴方に構えば私の身が危険……少しばかり大人しくしてもらいましょう。多少の行動制限ならば可能ということです」


 シリウス・アークに構ってはいられない。

 二人纏めて葬り去る、彼女が抱いた自惚れは変更せざるを得ず、咄嗟にスズカは彼を監獄へと閉じ込めた。

 数分もすれば突破される、されど数分、その時間があれば標的は仕留められる。


「さて、時間は余りありません」


 冷や汗をかきながらも不敵さを崩さないネネカは上空へと飛び出した足場へと着地。

 首を傾げたヴェレへと狂乱のバニーガールは醜悪な笑みを見せ、艶かしくE・アネモイの刃先を自らの手でなぞる。


「そろそろ確保といきましょうかねぇ……、ヴェレ・アセロランシェイズ」


 狂乱の決戦が、今ここに芽吹く__。



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