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メインヒロイン佐藤優奈

第46話◇優奈の憂鬱◇

 佐藤優奈ゆうなが主人公・好摩こうま楽人らくひとにストレスを感じていた要因は、思春期に入ってからの精神的成長の乖離にあった。


 一般的に女性の方が大人になるのが早いという言説がある。

 それが真実かどうかの言及はともかく、その例に漏れず、優奈ゆうなと主人公の精神的成長速度には大きな開きがあった。


 例えば……


※※※


「ほらラクトッ、いつまで寝てるのよっ。早く起きなさいっ」

「んぁ~。あと5分……」

「そんなこと言って5分で起きた試しがないでしょうがっ。ほら起きなさいっ。朝ご飯できてるわよっ」

「母さんみたいなこと言うなよー」

「もうっ」


 好摩こうま楽人らくひとは公式の設定として両親と死別し、後見人の親戚から援助を受けながら実家で一人暮らしをしている。


 優奈ゆうなはその時の主人公の悲しみを知っている為、毎朝食事の準備を請け負うようになった。


 哀れみ、同情心、親愛の情。言い方は様々あるが、優奈ゆうなは自分の気持ちがどれに当てはまるのかを図りかねていた。



 例えば……


「また目玉焼きとワカメ味噌汁かぁ。たまにはパンが食いてぇ」

「贅沢言わないのっ。作ってあげたものに文句言わない」

「やっぱり母親だよなぁ。老けるの早くなるぜ、そんなに怒ってばかりいるとさぁ」

「んもうっ! 誰のせいだとおもってるのよ」


 それがいつものやり取り。

 中学校からずっと続けている習慣であり、自分から言い始めたことである手前、もう辞めるとも言いにくくて続けていた。


 優奈ゆうなが主人公の世話をするのは恋愛感情からではない。

 かといって家族と接するような親愛の情でもない。


 いや、始めはそうだったのかもしれないが、日々日々溜まっていくストレスによって、それも分からなくなってしまった。


 本人は主人公を「弟のような存在」と思っているが、何故か放っておけない存在と認知している。過去の出来事があるため、それらの性格の歪みを注意しつつも強く責めないでいた。


 彼女のそれが恋愛や情愛のそれに変わるのは、ゲーム本編を通じて一年間という時間をかけてからになる。


 ゲーム本編開始直後に該当する現在では、優奈ゆうなは主人公に恋愛感情を抱いてはいないのだ。


 その複雑怪奇な感情のことを、世間では「腐れ縁」という言葉で表現し、優奈ゆうな自身もそれで一応の納得をしていた。


 それを聞いた一部のゲームプレイヤーはこう思った。


『なんでそれで恋愛できたのか?』



 ◇◇◇


 【佐藤優奈ゆうな

 『花咲く季節と桜色の乙女』におけるメインヒロインである彼女は、主人公である好摩こうま楽人らくひとの幼馴染みであることをキャラである。


 品行方正、容姿端麗、明るい性格と飾らないキャラクターで男女ともにクラス、学園全体のアイドル的存在である彼女は、男子に告白された数も多く、引く手あまたの状態だった。


 それでも彼女は男性と交際した経験はおろか、合コンに行ったことやグループで遊びに行くといったことも全く経験がなかった。


 しかし彼女はとても社交的であり、内外共に真面目で性格が良く、裏の顔も一切持っていない。


 外面内面全てにおいて、まさしくメインヒロインに相応しい清廉さを持ち合わせている。


 これをゲームの外から眺めている人間ならこう思う事だろう。


『こんなにモテるキャラがどうして主人公を好きになるのか?』


 主人公の好摩こうま楽人らくひとは、ゲームを作った側の思惑はともかくとして、対外的な評価があまり高くないキャラクターだった。


 亮二転生者がそう評したように、優柔不断で自分のことを第一優先に考えるエゴの強い性格をしている主人公が、優奈ゆうなに好かれる要素があるようにはどうしても見えないのである。


 しかしゲームのストーリー上、優奈ゆうなは主人公の選択次第で必ず彼のことを好きになっていく。


 それを見たゲームユーザーはこう思う。


『なんでこれで好きになるんだ?』と。


 結局、優奈ゆうなの抱いていた感情は『弟のように思っていた主人公への気持ちが、実は恋愛感情だったことに気が付く』と表現されて片付けられる。


 それが変わるきっかけになるのが、ゲーム中盤のデートイベントで不良に絡まれる優奈ゆうなを助ける、というものだった。


 実際には助けるという表現は相応しくなく、主人公は優奈ゆうなを放置して警察を呼びに行くというもの。


 現実的な行動として正しくもある、という評価をされることがある一方、やはりシナリオとしては、もっというなら女に対する男の行動としていかがなものか、というのが一部のユーザーが抱いた印象だった。


 そんなユーザーの印象は置いてきぼりにし、ゲームのシナリオは強制的に進んでいく。


 優奈ゆうなはこれをきっかけにして主人公への印象を変えていき、男として意識していくことになる。


 厳密にはこれ一つではなく、ゲーム内に用意されている数々のサブイベントで好感度をアップさせていくことが前提とされる。


 さくさくというゲームは、全体的な仕上がりは普遍的な恋愛シミュレーションとして高い完成度を誇るが、唯一この主人公の人間性の悪さとキャラ感情の矛盾に決着を付けにくいシナリオ台本が欠点と言われている。


 だが、普通にプレイしている人間がこのキャラ感情の矛盾に気が付くことは少ない。


 なぜならさくさくは国内外で圧倒的人気を誇るゲームであり、売上本数は軒並みトップを張っていた。


 上記のようなシナリオやキャラ感情の矛盾点に気が付くのは、前世の亮二のように、よほどやり込んでいる人間だけである。



 と、ここまでが『ゲームの中で見える優奈ゆうな』についてであった。


 そうした要素が亮二転生者が介入することで崩れたのは言うまでもない。


 ◇◇◇


「ん、こんなものかな……先輩、気に入ってくれるかな♪ うーん、やっぱりこっちの方が可愛いかなぁ。先輩ってどんな服が好みなんだろ?」


 優奈ゆうなは亮二とのデートに向けて持っている服の中で飛びきりの一張羅を選ぶのに苦心していた。


 これはゲーム内では絶対に見られない一面である。


優奈ゆうな~、まだ起きてるの? 早く寝なさ~い』

「え、やだ。もうこんな時間……? はーい、もう寝まーす」


 下の階から聞こえてくる母親の声で我に返り、気が付けば既に深夜を回っていたことに愕然とする。


 述べ3時間。優奈ゆうなが明日のデートで着ていく服を選んでいた時間であった。


「うん。好み分かんないし、やっぱり一番可愛いの着ていこうっと♪ もう遅いし、メイクのノリが悪くなっちゃうから早く寝ないと」


 お風呂に入り、明日の準備を万端にしてベッドに潜り込むが、数分もしないうちに目がさえてしまう。


「あ、ヘアアクセどうしよう。いつものリボンだとゴテゴテしちゃうかも……もうちょっと軽めのにしたほうが……」


 結局眠ることができず、身につけるアクセサリーを決めるのに悩んでしまい、眠りについたのは深夜3時を超えてからであった。


 ゲーム内で主人公とのデートにこれほど気合いを入れておしゃれをし、相手にどう思われるかでやきもきする乙女な一面は描写されない。


 それが一部匂わせで見えるのはゲーム終盤。優奈ゆうなの主人公に対する感情が一定ラインを越えた後になる。


「どうしよう……眠れない」


 ふと、カーテンを開けてお隣に建っている主人公の部屋が目に映る。


 幼馴染みとして常に一緒にいた男の子。優奈ゆうなは今になって、どうして彼と常に一緒にいたのだろうと考え始める。


「私は……ラクトのことどうしたかったんだろう?」


 自問自答が浮かんでは消え、浮かんでは消える。


 霧島亮二が現われてからの彼は、今までとはまるで別人になってしまったかのように荒れていた。


 いや、今まで感じていた悪い部分が、露骨に表に出てしまったように見えた。


「そういえば、昔からそういう所あったよね」


 思い返せば幼稚園の頃、美人で評判だった先生にべったりだった主人公は、彼女が他の園児に構ってばかりいると癇癪かんしゃくを起こしていた。


 それを慰めて一緒に遊ぼうと誘ったのが自分だったのだが、思えば彼の気質はあの頃から変わっていない。


「そっか……ラクトって子供のままなんだ」


 そうじゃないかと薄々感じてはいたが、今回にいたってようやくそのことに理解が及ぶ。


 だとしたら、やはり幼馴染みとして大人になるようにさとすべきだろうか。


「……、……。私ってラクトにそこまでしてあげる義理ってあるのかな?」


 考えてみれば、これまでは特に疑問に思うことなく主人公の世話を焼いてきた。


 あんな性格だから周りからは浮いているし、男友達も少ないように思える。


 自分が彼を見放したら、一体誰が彼を友人として支えてくれるだろう。


 そんな考えが頭をよぎり、今までハッキリと嫌いになるという選択ができなかった。


 しかし、今回霧島と関わる一連の流れで浮き彫りになってきた幼馴染みの良くない部分が自分達に累を及ぼす結果となり、初めてその異常性に気が付いたのだ。


「でもラクトもあんな言い方しなくたって……それをちゃんとたしなめる先輩って大人だなぁ」


 どうしてだか気になる存在になってきた一つ年上の男。

 今まで学園でその悪名は聞いても、本人と接することはなかった。


 野性味が強く、強面で威圧的な見た目をしている。

 良い噂も聞かないし、実際に学園の皆はそれで恐れている。


 女の子を誘拐したとか、それで転校していった子が居たとか、色々な噂は耳にしたけど、実際に会ってみると印象は真逆だった。


(理知的で、紳士的。ラクトの癇癪かんしゃくにも耳を傾けていさめていたし、すごく大人だし……髪も黒くして、私、ああいう人が好みだったのかな)


 いつの間にか、好きになっていた。彼のことが頭から離れなくなっていた。


 優奈ゆうなにとって決定的だったのは、小雪こゆきのストーカー問題をあっさりと解決し、それを鼻にかけることもなく淡々と事後処理をしてしまったこと。


 恩に着せるでもなく、あくまでも自然体でスタイリッシュに解決してしまった霧島に、優奈ゆうなの心はどうしようもないほど射貫かれていた。


「先輩……」


 彼のことを考えると、どういう訳か体の奥から熱いものが込み上がってくる。


 優奈ゆうなはその謎の熱量のぶつけどころを知らなかった。

 年頃なのだから性的な知識も興味もある。


 思い浮かべた男に求愛されたことを思い出し、優奈ゆうなの体は込み上がってくる衝動を右手で解消したのだった。




◇◇◇


「また……やっちゃった……明日、っていうか今日はデートなのに」


 霧島を思い浮かべての行為は今回が初めてではなかった。

 初めて経験したのは小雪の事件の後。


 いつもは数ヶ月に一度気まぐれでする程度だった自発行為が、ここ数日毎日のようにはかどってしまう。


 それは霧島を通して妖精スキルの影響下にある幼馴染み達から発せられる心の喜び――好きな人に向ける心の波長のようなものが優奈を同調させようと影響を与えているのだ。


 それらは霧島も他の誰も認識していないスキルの波及効果の一つであったのだが、原因の多くは優奈本人の気質が亮二転生者とマッチしすぎていた為である。


 そう、それこそ遺伝子レベルで相性の良いカップルなのだ。


 優奈の自発行為はその後三回にも及び、デートの時間ギリギリまで目が覚めずに慌てて準備をすることになるのだった。


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