佐藤
一般的に女性の方が大人になるのが早いという言説がある。
それが真実かどうかの言及はともかく、その例に漏れず、
例えば……
※※※
「ほらラクトッ、いつまで寝てるのよっ。早く起きなさいっ」
「んぁ~。あと5分……」
「そんなこと言って5分で起きた試しがないでしょうがっ。ほら起きなさいっ。朝ご飯できてるわよっ」
「母さんみたいなこと言うなよー」
「もうっ」
哀れみ、同情心、親愛の情。言い方は様々あるが、
例えば……
「また目玉焼きとワカメ味噌汁かぁ。たまにはパンが食いてぇ」
「贅沢言わないのっ。作ってあげたものに文句言わない」
「やっぱり母親だよなぁ。老けるの早くなるぜ、そんなに怒ってばかりいるとさぁ」
「んもうっ! 誰のせいだとおもってるのよ」
それがいつものやり取り。
中学校からずっと続けている習慣であり、自分から言い始めたことである手前、もう辞めるとも言いにくくて続けていた。
かといって家族と接するような親愛の情でもない。
いや、始めはそうだったのかもしれないが、日々日々溜まっていくストレスによって、それも分からなくなってしまった。
本人は主人公を「弟のような存在」と思っているが、何故か放っておけない存在と認知している。過去の出来事があるため、それらの性格の歪みを注意しつつも強く責めないでいた。
彼女のそれが恋愛や情愛のそれに変わるのは、ゲーム本編を通じて一年間という時間をかけてからになる。
ゲーム本編開始直後に該当する現在では、
その複雑怪奇な感情のことを、世間では「腐れ縁」という言葉で表現し、
それを聞いた一部のゲームプレイヤーはこう思った。
『なんでそれで恋愛できたのか?』
◇◇◇
【佐藤
『花咲く季節と桜色の乙女』におけるメインヒロインである彼女は、主人公である
品行方正、容姿端麗、明るい性格と飾らないキャラクターで男女ともにクラス、学園全体のアイドル的存在である彼女は、男子に告白された数も多く、引く手あまたの状態だった。
それでも彼女は男性と交際した経験はおろか、合コンに行ったことやグループで遊びに行くといったことも全く経験がなかった。
しかし彼女はとても社交的であり、内外共に真面目で性格が良く、裏の顔も一切持っていない。
外面内面全てにおいて、まさしくメインヒロインに相応しい清廉さを持ち合わせている。
これをゲームの外から眺めている人間ならこう思う事だろう。
『こんなにモテるキャラがどうして主人公を好きになるのか?』
主人公の
しかしゲームのストーリー上、
それを見たゲームユーザーはこう思う。
『なんでこれで好きになるんだ?』と。
結局、
それが変わるきっかけになるのが、ゲーム中盤のデートイベントで不良に絡まれる
実際には助けるという表現は相応しくなく、主人公は
現実的な行動として正しくもある、という評価をされることがある一方、やはりシナリオとしては、もっというなら女に対する男の行動としていかがなものか、というのが一部のユーザーが抱いた印象だった。
そんなユーザーの印象は置いてきぼりにし、ゲームのシナリオは強制的に進んでいく。
厳密にはこれ一つではなく、ゲーム内に用意されている数々のサブイベントで好感度をアップさせていくことが前提とされる。
さくさくというゲームは、全体的な仕上がりは普遍的な恋愛シミュレーションとして高い完成度を誇るが、唯一この主人公の人間性の悪さとキャラ感情の矛盾に決着を付けにくいシナリオ台本が欠点と言われている。
だが、普通にプレイしている人間がこのキャラ感情の矛盾に気が付くことは少ない。
なぜならさくさくは国内外で圧倒的人気を誇るゲームであり、売上本数は軒並みトップを張っていた。
上記のようなシナリオやキャラ感情の矛盾点に気が付くのは、前世の亮二のように、よほどやり込んでいる人間だけである。
と、ここまでが『ゲームの中で見える
そうした要素が
◇◇◇
「ん、こんなものかな……先輩、気に入ってくれるかな♪ うーん、やっぱりこっちの方が可愛いかなぁ。先輩ってどんな服が好みなんだろ?」
これはゲーム内では絶対に見られない一面である。
『
「え、やだ。もうこんな時間……? はーい、もう寝まーす」
下の階から聞こえてくる母親の声で我に返り、気が付けば既に深夜を回っていたことに愕然とする。
述べ3時間。
「うん。好み分かんないし、やっぱり一番可愛いの着ていこうっと♪ もう遅いし、メイクのノリが悪くなっちゃうから早く寝ないと」
お風呂に入り、明日の準備を万端にしてベッドに潜り込むが、数分もしないうちに目がさえてしまう。
「あ、ヘアアクセどうしよう。いつものリボンだとゴテゴテしちゃうかも……もうちょっと軽めのにしたほうが……」
結局眠ることができず、身につけるアクセサリーを決めるのに悩んでしまい、眠りについたのは深夜3時を超えてからであった。
ゲーム内で主人公とのデートにこれほど気合いを入れておしゃれをし、相手にどう思われるかでやきもきする乙女な一面は描写されない。
それが一部匂わせで見えるのはゲーム終盤。
「どうしよう……眠れない」
ふと、カーテンを開けてお隣に建っている主人公の部屋が目に映る。
幼馴染みとして常に一緒にいた男の子。
「私は……ラクトのことどうしたかったんだろう?」
自問自答が浮かんでは消え、浮かんでは消える。
霧島亮二が現われてからの彼は、今までとはまるで別人になってしまったかのように荒れていた。
いや、今まで感じていた悪い部分が、露骨に表に出てしまったように見えた。
「そういえば、昔からそういう所あったよね」
思い返せば幼稚園の頃、美人で評判だった先生にべったりだった主人公は、彼女が他の園児に構ってばかりいると
それを慰めて一緒に遊ぼうと誘ったのが自分だったのだが、思えば彼の気質はあの頃から変わっていない。
「そっか……ラクトって子供のままなんだ」
そうじゃないかと薄々感じてはいたが、今回にいたってようやくそのことに理解が及ぶ。
だとしたら、やはり幼馴染みとして大人になるように
「……、……。私ってラクトにそこまでしてあげる義理ってあるのかな?」
考えてみれば、これまでは特に疑問に思うことなく主人公の世話を焼いてきた。
あんな性格だから周りからは浮いているし、男友達も少ないように思える。
自分が彼を見放したら、一体誰が彼を友人として支えてくれるだろう。
そんな考えが頭をよぎり、今までハッキリと嫌いになるという選択ができなかった。
しかし、今回霧島と関わる一連の流れで浮き彫りになってきた幼馴染みの良くない部分が自分達に累を及ぼす結果となり、初めてその異常性に気が付いたのだ。
「でもラクトもあんな言い方しなくたって……それをちゃんとたしなめる先輩って大人だなぁ」
どうしてだか気になる存在になってきた一つ年上の男。
今まで学園でその悪名は聞いても、本人と接することはなかった。
野性味が強く、強面で威圧的な見た目をしている。
良い噂も聞かないし、実際に学園の皆はそれで恐れている。
女の子を誘拐したとか、それで転校していった子が居たとか、色々な噂は耳にしたけど、実際に会ってみると印象は真逆だった。
(理知的で、紳士的。ラクトの
いつの間にか、好きになっていた。彼のことが頭から離れなくなっていた。
恩に着せるでもなく、あくまでも自然体でスタイリッシュに解決してしまった霧島に、
「先輩……」
彼のことを考えると、どういう訳か体の奥から熱いものが込み上がってくる。
年頃なのだから性的な知識も興味もある。
思い浮かべた男に求愛されたことを思い出し、
◇◇◇
「また……やっちゃった……明日、っていうか今日はデートなのに」
霧島を思い浮かべての行為は今回が初めてではなかった。
初めて経験したのは小雪の事件の後。
いつもは数ヶ月に一度気まぐれでする程度だった自発行為が、ここ数日毎日のようにはかどってしまう。
それは霧島を通して妖精スキルの影響下にある幼馴染み達から発せられる心の喜び――好きな人に向ける心の波長のようなものが優奈を同調させようと影響を与えているのだ。
それらは霧島も他の誰も認識していないスキルの波及効果の一つであったのだが、原因の多くは優奈本人の気質が
そう、それこそ遺伝子レベルで相性の良いカップルなのだ。
優奈の自発行為はその後三回にも及び、デートの時間ギリギリまで目が覚めずに慌てて準備をすることになるのだった。