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第89話◇悪魔が降り立つ◇

【side楽人】


 その日、俺は重たい身体を引きずってベッドから這い上がった所だった。


「あ~、クソ。最悪の目覚めだ。恵美さん……まさか新しい男でもできたのか?」


 恵美さんにフラれた。メールひとつよこしただけの素っ気ない終わり方。


 昨日から何百回と電話をかけても一向に出てくれない。


 やっと出たと思ったら、『ごめんね。私あなたと付き合ってるつもりなかったんだよね』とか抜かしやがる。


 そうしてさっさと電話を切り、あろうことか着拒しやがった。


 新しい女を紹介してやるとか言っていたが、あんな性格ブスの知り合いなんて絶対碌なもんじゃ無い。こっちからお断りしてやった。


 クソビッチがッ! 思えばあのクソ女は俺をおもちゃとしか見ていなかった。


 それどころか、会うたびに頬をひっぱたかれ、命令され、跪かされ、縄で縛られる。


 最後に会ったときはとうとうセックスもさせてくれなくなった。


 毎日のように一人の女にプライドをへし折られる日々。


 学園では悪い噂が蔓延してしまい、もう俺が平和に過ごせる場所は残っていない。


 友人だと思っていた男子生徒達から距離を置かれ、当然ながら女子生徒にも煙たがられる。


 幼馴染み達は軒並み俺を無視するし、もう学園には俺を思いやってくれる人は残っていなかった。


 学園には変わらず通っている。しかし以前のようなハーレム天国は既に残っておらず、待っているのは針のむしろのような蔑みと好奇の視線が飛び交う地獄のような生活だった。



 イライラは募り、ついには円形脱毛症で悩むようになってしまった。


 普通なら不登校にでもなりそうなものであるが、俺には俺を愛してくれる天使がいる。


 悪いのは俺じゃない。俺を遠ざけるブス共だ。


 このところの俺は、毎日のようにそうやって俺に言い聞かせている。


 ブス共とはもちろん、つい最近まで俺の周りに侍っていた幼馴染み達だ。


 優奈も舞佳も小雪も初音も。どいつもこいつもブスブスブスブスだッ。


 俺を好きにならない女は全てが敵だ。



「だけど、ついに俺はちゃんとした恋人を手に入れる。美砂とデートできる日をどれだけ待ち望んでいたか」


 俺は不登校にはならない。なぜならこのところ俺を否定しない一人の女の子と仲良くなったからだ。


「いいよな美砂。無知で無垢なところが実に俺の好みだ。まるで俺の為に生まれてきたかのようだ。顔立ちがなんとなく桜木蘭華に似てる所もいい」


 俺の大好きな人気アイドルで失踪中の桜木蘭華に顔立ちが似ている美砂とのデートが楽しみで仕方なかった。


 先日の事、突如として転入してきた儚げな美少女・桜木美砂。


 偶然が何度も重なって美砂と話す機会が訪れ、不思議ちゃんな性格で誰とも馴染もうとしなかった彼女に、俺は優しく話しかけた。


 彼女は俺を受け入れてくれた。間違いなく俺に惚れている。


 だから彼女にはちゃんとした交際を申し込み、愛の契りを交わすためにデートすることになっている。


 全ては明日だ。


 ああ、楽しみだぜ……。








『そりゃ無理だな。あれじゃお前を受け入れる女なんていねぇって』


「またお前かよ。話しかけるなって言っただろ」


 この所俺には悩みがもう一つある。


 頭の中で話しかけてくるこいつだ。


 ある日突然だ。俺が優奈に愛の告白を行なってからしばらく経って、朝起きたらいきなりこいつが話しかけて来た。


『優しく話しかけたくらいで女が惚れれば苦労はしねえって。いい加減その勘違い痛痛ムーブやめた方がいいぜ?』


「うるせぇなっ。余計なお世話だっ」


『女ってのは粘土細工と同じなんだよ。乱暴にこねればぐちゃぐちゃになっちまう。だが優しく繊細にこねれば芸術品が出来上がる。のままにぐちゃぐちゃにしたいなら、それ相応の準備ってもんが』


「あーーーもうっ! 余計なお世話だって言ってるだろ」


 頭の中で女を堕とすためのうんちくを垂れてくるうるさい男。


 自らの『精霊さんとでも呼んでくれ』なんて言っていたが、悪辣な性格と下品な口調はとても精霊なんて高尚な存在ではなかった。


 だから俺はこいつのことを悪魔と呼んでいる。


『とりあえずもう一度あの高慢ちきな女のところへ連れて行けよ。俺があの女を堕としてやるからよ』


 こいつは恵美さんの所へ連れて行けとうるさい。


 もう恵美さんなんてどうだっていい。あの人は俺に優しくないし、俺を虐めて楽しんでいるのが気に食わない。


『はははっ、だけど俺が介入しなかったら、お前は寝取られ好きの破滅性癖に改造されてたぜ?』


 気に食わないがその通りだった。このところ恵美さんは俺を虐めながら他の男とセックスした過去を話してくる。


 俺は悔しくて惨めで、絶望と失う事への焦燥感から奮起するも、奪われ失うことへの恐怖が妙な快感を伴うようになってしまっていた。


 そして、俺は見たくなってしまった。恵美さんが他の男で快感に喘ぐ姿を。


 ゴミを見るような目で侮蔑の瞳を浴びせかけ、別の誰かに腰を振る姿を想像すると勃起が止まらないように改造されてしまっていた。


 だが、この悪魔が俺の意識になんらかの働きかけをしたことによって、俺はその呪縛から解放されることができた。


 それどころか、この悪魔のおかげで俺の肉体は以前より遙かに強靱になり、男根は大きく逞しくなった。


 不思議な事もあるもんだが、これで俺は一層女を虜にできる力を手に入れたことになる。


 残念ながら恵美さんにはまだ見せていないが、もうあの女に会うのはゴメンだ。


 虐められてプライドをへし折られるのは心が苦しいし、そんなことに興奮してしまう歪んだ性癖をこれ以上植え付けられるのは嫌だ。


『俺ならあの女をへし折る事だってできるぜ。あの女の扱いは任せておけって』


「そう言って俺の体を乗っ取るつもりじゃないのか?」


『そんな事しないし出来ねぇよ。だが一時的に借りることはできるんだ。セックスの体の動かし方教えてやんよ』


「余計なお世話だ。経験を積めば俺だって」


『お前、あの女が全然気持ち良くなってないこと気付いてないのか?』


「そんな筈ないだろっ。恵美さんはちゃんと……」


『いい加減にしろってひっぱたかれてたな。お前セックス下手すぎっww。もっと意識しねぇと一生女に馬鹿にされたまんまだぞww』


「あ~~~っ、うるせぇうるせぇっ! いいんだよ。明日で上手くやるからっ」


『あ~、あのぼんやりした子かぁ。お前最近粉をかけてるみたいだけど、あんなんでヤレると思ってんの? 思考は童貞のまんまかよ。ウケるww』


 いちいち頭の中でぐちゃぐちゃうるせえこの男の性格の悪さに辟易しかない。


 ともかく明日はいよいよ美砂とデートだ。デートの最後にホテルに誘って絶対モノにしてやる。

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