目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第91話◇会ってしまえばこっちのもの◇

優奈ゆうな、頼む」

「はい先輩。行ってきます」


 俺が近づくと警戒されてしまう。ここでゲームシステムが働くかどうか。


 優奈ゆうなを向かわせたのは、ゲーム本編で起こるイベントと現象を合わせるためだ。


 5月の終わり頃、ヒロインの誰かとここにデートに来ると、桜木美砂みさと会うことができる。


 そこでヒロインから誘ってお弁当を一緒に食べるというイベントが起こる。


 これで美砂みさとのフラグを立てることができる筈だ。


「こんにちは」


 桜の木に佇む一人の少女。青い髪をなびかせて振り返ったのは、間違いなく最後の攻略ヒロインである桜木蘭華こと桜木美砂みさだ。


「佐藤、さん」


 静かな声で答える美砂みさは木の幹にもたれかかっている。


 何者にも興味がないかのように……いや、彼女はそう言った感情の全てを『ある事情』から失っているのだ。


「なにか……用?」


 遠くの方から聞こえてくる小さな声。妖精さんパワーで強力になった聴覚によって、その小さなつぶやきもしっかりと聞き取ることができた。


 やがて優奈ゆうなに連れられてこちらにやってきた美砂みさに、俺はできるだけ優しい声で挨拶をした。


「こんにちわ」


「あなたは……誰?」


「俺は霧島亮二。君と同じ学園の三年生だ」


「そう……」


 どうやら俺に興味は無いらしい。素っ気ない返事と共に優奈ゆうなの隣に座る。


「良かったら、一緒にお弁当を食べないか」


「いいですね。まだ沢山残ってますから、一緒に食べましょうよ桜木さん」


「佐藤、さん……? いい、の?」


 辿々しい言葉だが、否定はしなかった。感情の動きが見えないから何を考えているのかは分からない。


「私、感情が……ない。だから、友達、いない……。話しかけてくれるの、佐藤さん、宮坂さん……。それと、好摩君、だけ」


「え、ラクトが?」


「そう…でも、少し、悩んでる」


 一体どういうことなのか。ちょっとずつ話し始める美砂みさの相談内容に、俺は勝利への足音を聞いた気がした。


「好摩君……、最近、ちょっと誘われること、多い」


 具体的には、お出かけに誘われることが多いらしい。美砂みさにはそういうことに対する興味が薄い。


 だが全く無関心というわけではなく、彼女は失われた感情を探しているのだ。


 俺は美砂みさも蘭華も、その内情を全て知っている。


 もちろん、今までヒロイン達と過ごして理解してきたように、ゲームの中だけでは読み切れない複雑な感情を抱いている。


 だが美砂みさに関してはゲーム内でかなり深掘りされている。


「好摩君、少し強引で、しつこい。正直、困ってる……」


 どうやら主人公はこのところずっと、暇を見つけては美砂みさを連れ回していたそうだ。


 休み時間もずっと彼女にかかりきりで他人を近づけさせないようにしていたらしい。


 実はそれらはゲームの筋書き通りだ。美砂みさはコミュニケーションがまともに取れない性格の影響でクラスメートから浮いてしまっている。


 良くも悪くも遠慮の無い主人公に引っ張られてあちこちへ連れ回されていくうちに、徐々に心を開いていくようになる。


 美砂みさのルートが解放されていると、休み時間のたびに話しかけに行く選択肢が現われるようになり、他のヒロインよりも早く親密度が上がっていく。


 そしてこの桜の丘のイベント後に本格的にデートに誘えるようになり、攻略が開始される。


「なるほど。それはちょっと迷惑だよね」


 話は優奈ゆうなメインで進めてもらった。実は記憶を失った美砂みさ優奈ゆうなは非常に仲の良い友人になるイベントが存在する。


 俺が優奈ゆうなをデート相手に選んだ理由はそこにある。


 優奈ゆうなが絡まなくても攻略自体は可能だが、やはり優奈ゆうなを絡ませる事で美砂みさと蘭華を深掘りできる。


「それなら、私達と遊びに行って予定を埋めちゃわない?」


「佐藤さん、と?」


「そう。私の友達や、ここにいる霧島先輩達でいっぱい遊ぶの。好摩君一人だと色々と窮屈でしょ?」


「好摩君、よくしてくれる……。それは嬉しい……」


「でもあいつ、ちょっとしつこくない? 基本的に自分の話しかしないし」


「そう…でも、私は自分の話が特にないから、気にならないし、彼の話は、聞いてて楽しい」


「それなら、優奈ゆうなたちと遊びに行って、その思い出を好摩に話してあげるといい。彼もきっと桜木さんに友達ができるのを喜んでくれると思うよ」


「そう、なのかな……」


「私、あいつの幼馴染みなんだけどさ。友達少ないから喜ぶと思う」


 上手いな優奈ゆうなの奴。野郎は自分以外の要素が入り込むのを喜んだりしないだろうが、美砂みさが楽しいと言っていることを否定せずに受け入れて寄り添っている。


 そうして優奈ゆうな美砂みさに同調しながら話を進め、見事に遊びに行く約束を取り付けた。


「っていうか、これから行こうよ。友達も呼ぶから。もちろんいきなり大人数が緊張するなら、私とお出かけしよ♪」


「佐藤さん…いいの?」

「うん。それと、優奈ゆうなって呼んで。私も美砂みさちゃんって呼ぶね」


 さすが優等生の優奈ゆうなだ。距離の詰め方が相手の空気に合わせた巧みさを持っており、美砂みさの心をあっという間に掴んだ。


 今の美砂みさは空っぽの状態だ。そこに感情の息吹を芽吹かせる為には、ヒロイン達の豊かすぎる感情の恵みが一番なのだ。


 そうして、優奈ゆうなはあっという間にヒロイン達の輪に美砂みさを取り込む足がかりを掴んだ。


 それにしても主人公を出し抜くのは本当に骨が折れるな。


 だがまずは一手先を行くことができた。俺のハーレムの輪の中に、ズブズブと付け込んでやろう。


 関係を築ければこっちのものだ。あとはシステムを出し抜いて美砂みさの記憶を蘇らせるために動くだけで良い。


 やってやるぜ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?