「ここ、は…?」
美砂を連れてやったきた重要なイベントスポット。
それはこの町で一番のイベント施設『桜ノ岡ドーム』
キャパシティ5万人超え。コンサートなどの大規模イベントを行なう際には聖地と呼ばれる場所でもある。
そして桜木蘭華のコンサートツアーでは、スタートとファイナルが必ずこの桜ノ岡ドームで行なわれるのだ。
「ここ……どうしてか、懐かしい……気がする。美砂、ここ、知ってる」
片言で自分自身の中で確かめるように呟く美砂。
それは彼女の中に眠っている蘭華の意識が呼びかけている証拠でもある。
「そう、ここ……」
美砂は人っ子一人いないドームの中をゆっくりと歩いていく。
そこは普段野球やサッカーの試合が行なわれるので、コンサートが予定されていない今はシャクシャクと音を立てる人工芝だけだ。
ステージも、客席も準備されていない無人のドーム。
普通は入ることはできないが、飯倉家の権限で入れてもらった。
美砂はドームスタジアムの真ん中。
コンサートではちょうど美砂の舞台が設置される場所に立ち、静けさが支配する広い空間で一人歌い出す。
ゲームだと忍び込むわけだが、現実でそんなことしたら怒られるだけじゃ済まないし、普通は不可能だろう。
「ら……ら~、ら~♪」
美しい歌声が空間に広がっていき、静寂だったドームの中がコンサート会場の歓声で大反響を起こした。
(今のは……)
幻。
間違いなく幻だった。しかし、現実さながらの超絶リアリティが俺の脳裏を支配し、超国民的アイドル桜木蘭華のコンサートの中にいたのだ。
「美砂、ここ、知ってる……知って……る……」
「美砂ッ!」
そこで美砂は意識を失った。これでいい。
これで原作になぞらえたイベントの全てを網羅したはずだ。
これで目が覚めて、次のデートで美砂は蘭華としての記憶を取り戻すはず。
だが、それは同時にここにいる美砂という人格の消滅を意味する。
『花咲く季節と桜色の乙女』というゲームにおいて、よく上げられる不満点の一つだ。
記憶を失っている間の蘭華と美砂の性格があまりにも違うため、主人公が絆を培うのが美砂である期間が長い分、その消滅を惜しむ声が多くあった。
つまり、蘭華と美砂は同一人物でありながら、キャラクターとしては独立した人気をそれぞれで誇っている。
エンディングまでの半年間は蘭華として過ごすことになる。
夏休み直前のこの季節で起こるドームでの歌イベントを通過すると、美砂という人格は消滅して、蘭華との時間が始まる。
「ま、今は考えても仕方ないか」
それはゲーム内における絶対の流れだった。
できれば俺は美砂を失いたくはない。だからといって蘭華を諦めたくはない。
時々交代できるような能力が身につけばいいな。
妖精さんならそれができるだろ。
「さて、おい妖精さんや。今日のラッキーちゃ~んす☆は合格かい?」
……
「あれ? 反応がない……おーい妖精さーん。変態性癖大好きな妖精さんやーい……」
なんだ? もしかして物足りないからもっとヤレってことなのか?
とはいっても美砂が気絶してしまった以上、今は相手がいない。
睡姦って手もあるが、なんとなく違う気がする。俺の趣味じゃないしな。
今はそんな気分になれない。
「仕方ない。今日は帰るか……」
美砂を抱え上げてリムジンで待っている琴葉の所に向かった。
妖精さんが反応しない以上は美砂のそばを離れるべきではないだろう。
「お帰りなさいませ亮二様。ご自宅まで送迎いたしますわ」
「ご苦労。他のみんなは?」
「遅くなりそうなので、それぞれ家まで送迎してあります。皆様とても満足しておられましたよ」
「それはそうだろう。楽しい1日だったからな」
今日は何気にハーレムヒロイン全員集合しての大イベントだった。
初音と桜結美もあの後参加してご奉仕エッチしているし、それを見た美砂も感化されて同じようにチャレンジを繰り返す。
今日一日で美砂には俺の種をたっぷりと植え付ける事ができたわけだ。
後は妖精さんが返事しないのが気になるが、できることはもうないので放置する他あるまい。