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第103話◇一撃カウンター◇

 厄介な野郎だ。まさか元の霧島亮二が主人公の体に転生しているとはな。


 だが問題ない。既に対策はしてあるんだ。


 俺は転生した時から考えていた。本物の霧島亮二は、本当はどうなったのか。


 心臓発作によって奴は死んだ。それは間違いない事実だ。


 だが、出て行った、いわゆる魂という奴が入れ替わったとするならば、元のアイツはどこに行ったんだ?


 大人しく成仏してあの世とやらに行ったのか?


 もしそうでない可能性があったとしたら……。


 可能性の一つとして考えていた事だ。


 つまり……。


「テメェ、元の俺の体に入ってたな?」


 そうだ。奴はやりたくもないゲームをやらされるとかなんとか言っていた。


 それは、生前の俺がいた環境の筈だ。


 今まで伝える意味がなかったので言わなかったが、生前の俺はある時期から下半身不随によって車椅子が手放せない生活をしていた。


 経済的に苦しかった訳じゃない。祖父と両親の遺産がたっぷりあってどうやら一定の才能があったらしい資産運用の利益だけで一生食うには困らない生活をしていた。


 ずっと家の中にいるのも鬱屈なので、たまに車椅子を引いて外に出かけながら健康維持のための運動をしていたという程度だ。


 金をかけて環境さえ整えてやれば、下半身が動かなくても案外生活はできるものだ。


 障害者用の風俗の女と打ち解けてセフレになったから女にも不自由しなかったし、特に不満はなかった。


 たまたま外にでかけた時にコンビニから出てきた強盗に刺し殺されて人生を終えた。


 ただそれだけのことだった。


 どうやら刺された俺の体に入れ替わったのがコイツだったようだ。


 あんな状態でも生きていたのかオレって。それともコイツが代わりに入ったから生き長らえたのか。


「美砂の洗脳が解けた……ってことは……チィ。既にそいつも中古品かよ。まあいいや。俺は経験人数とか本来は気にしない主義だからな。頭の中のコイツが処女が処女がとうるせぇからよ」


 言ってることがチグハグだな……。いや待てよ。


 もしかしてコイツ、好摩楽人の意識に引っ張られてるのか?

 好摩は間違いなく処女厨だ。超能力を手に入れたなら、真っ先に優奈を狙いそうなもんだがそうしなかった。


 そして俺も本来は凶暴なセックスは主義に反する男だったが、この体に転生してからどういう訳か女を組み敷くことに昂揚感を覚えるようになった。


 あいつも好摩楽人の、つまり体の本来の持ち主の意識に引っ張られて価値観が変わっているんだ。


 そして気になる事もいっていた。コイツ本物の霧島はどう考えても恋愛ゲームをやり込むタイプには見えない。


 だが生前の俺はヒマさえあればゲームをやっていた。


 経済活動はパッパと終わらせ、掃除洗濯炊事はハウスメイドにお任せ。


 たまに性欲が湧けばデリヘルやセフレを呼んで解消。下半身が動かなくても女をいい声で啼かせることはできたからな。


 事故で感覚を失う前は結構色々経験してきたし。上半身からの振動で腰を動かすことはできたのでセックスにはそれほど不自由しなかった。


 だけどそれも本当に少なかった。ゲームをやっている方が楽しかったからだ。


 『花咲く季節と桜色の乙女』というゲームのヒロイン達と恋をしている方が、クソバカ主人公を排して頭の中で理想のストーリーを考えながら何度も何度もリプレイし続けている方が人生が充実していたからだ。


 そうだ。それだけさくさくというゲームに傾倒していた俺の体に入ったのなら、当然その意識と価値観にかなり引っ張られたはずだ。


 そういえばこいつ、彩葉の名前だけ言わなかったな。たまたまか?


「おめぇ、彩葉の事好きだっただろ。お前の代わりに幸せにしておいてやったぜ。テメェのクソみたいな価値観はアイツが不幸になってたからな」


「……。なるほど。自分でも気が付いてなかったが、かなり精神が揺さぶられたよ。あいつも邪魔な女だった。俺にとってクソみてぇに邪魔な奴だよ」


「口を閉じろゲス野郎。男のツンデレは需要がねぇんだぞ。琴葉、美砂を連れて下がってろ。こいつは一度ぶちのめさないと収まらない」


「かしこまりました」


「あ、おいテメェ」


「テメェは俺とデートだこんちくしょう」


 追いかけようとする好摩霧島を止めに入り、半ば取っ組み合いのような形で睨み付けた。


「くそがっ! 離せよテメェ」

「離さねぇよっ。今のお前は霧島か? それとも好摩か? どっちにしても、テメェみてぇなボンクラにヒロイン達の誰一人として任せておけねぇんだっ! あいつらが幸せになれぇんだからよっ!」


「うるせぇよっ! こちとら不自由な体に閉じ込められてストレス溜まってたんだ。女犯して屈服のひとつもさせねぇと収まりがつかねぇんだよボケがッ」


「テメェは俺の体に入ってたんだろうが。だったらこの世界とヒロイン達をなんで幸せにしてやりたいっておもわねぇんだコラッ」


「テメェの価値観に染まるなんざクソ寒みぃことできっかよっ。はっ。テメェの体、情けねぇ状態だったぜ。病院で目覚めたら突然下半身がうごかねぇんだもんよ。チンポも随分縮んじまって参ったぜ」


「体の条件を言い訳にしてんじゃねぇよ。俺は自分の持ち物に不満を持ったことはねぇし、過去に抱いた女全員一人も不満を言わせたことはねぇ」


「うるせぇっ! どきやがれ盗人野郎ッ!」

「こっちのセリフだ死に損ないッ! テメェの体は活用してやるからとっとと成仏しやがれっ」


「それこそこっちのセリフだってんだよクソがっ」


 くそみその罵り合いっていうのはこういうことを言うんだろうな。


 クソ霧島は俺の体に入っている間、ずっとさくさくのゲームをプレイし続けていたようだ。


 どうやら通り魔に刺された事によって体は更に不自由になり、頭の中も自由が利かなくなった。


 そして出来ることといったら、本能に任せるままにゲームをプレイし続けることだけだった。


 我ながら本能的になるとさくさくのことしか頭に無くなるくらいにこの世界に傾倒していたことに苦笑してしまう。


 改めてこんな奴にヒロインを渡していいことなんてミリ単位ですら存在しないことを確信できた。


「死に腐れボケがッ」


 ガキッと鈍い音を立てて俺の頬に痛みが走る。

 喧嘩慣れしていた霧島だけあって、中々腰の入った良いパンチを持ってやがる。


 好摩の体は喧嘩が強そうには見えなかったが、向こうも妖精さんチートみたいなパワーアップをしてるっぽいな。


「ははははっ! おら死ねやっ! 反撃すらできねぇのかよっ!」


 ラッシュラッシュラッシュで攻め立てる霧島。

 鈍い痛みが体に淀みを蓄積させていく。


「テメェは物語には邪魔だッ。消え失せろ」


「え?」


 トドメを刺そうとした野郎が大きく振りかぶった瞬間、殴られた反動で仰け反った体をバネのようにしならせ、目いっぱいに溜め込んだ力を込めた拳を土手っ腹に炸裂させる。


「グハッ⁉」


 繰り出した拳はしっかりと腰からの回転を腕に伝えて体重の乗った一撃を放ち、確かな手応えをホネに伝えてきた。


「ごほぁああっ……」


 土手っ腹にめり込んだ拳の感触がミシミシと肉を抉る手応えを伝えてくる。


 この体は喧嘩慣れしている。だが格闘技の経験がある訳じゃない。


 だけど『俺』はそれを知っている。下半身の感覚を失う前はひたすら体を鍛えていたものだ。


 喧嘩だけじゃ得られない戦いの感覚って奴を俺は知っている。


 どうやら向こうも相当なパワーアップをしているっぽいが、総合的に俺の敵じゃない。


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