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ふたりの一日

< アリの一日>


アリは朝日が昇る前に目を覚ます。静かな家の中、まずは小さな灯りをともす。台所に向かい、いつものように銅のポットを手に取る。炭火で温めることでポットの表面には薄いすすがついてしまう。それを毎日丁寧に磨くのが習慣だった。


「綺麗にしておかないと、すぐにくすんでしまう。」


そう呟きながら、布で優しく擦る。これはコーヒーを淹れる前の大切な儀式のようなものだった。ポットが輝きを取り戻したころ、炭を組んで火をつける。ゆっくりと炎が育つのを見守りながら、イブリックにコーヒーの粉と水を入れる。


コーヒーが煮出される間、ふと祖父の言葉を思い出す。


「ポットを磨くのは、ただの掃除じゃない。これが、家族の味を守るための仕事なんだ。」


アリは微笑みながら、小さな泡が立ち始めたコーヒーをそっと持ち上げた。


朝食の準備を整えたころ、エミルが目を覚ます。アリは息子の眠そうな顔を見て微笑みながら、温かいコーヒーを差し出す。まだ苦いと感じるのか、エミルは少し顔をしかめたが、次の瞬間、ポットをじっと見つめた。


「どうした?」


「父さんがポットを大事にする理由、少し分かった気がする。」


アリは何も言わず、そっと微笑んだ。


日中は村の人々と談笑したり、家の掃除をしたりして過ごす。市場へ向かい、新鮮なスパイスや豆を買い足すことも日課のひとつだ。昼食後、庭の木陰でひと休みしながら昔の話を思い出す。


夕方になると、アリは再びポットを手に取り、磨きながら今日の出来事を振り返る。その隣では、エミルが同じようにポットの表面をなぞっていた。


「父さん、俺にも磨かせて。」


アリは驚いたが、すぐに布を差し出した。


夜、家族が集まって食事を終えたあと、静かにコーヒーを淹れる。湯気とともに立ち上る香りの中で、アリはゆっくりと一日を終えるのだった。


---


<エミルの一日>


エミルは、父アリが炭火を起こす音で目を覚ます。まだ眠気の残るまま、キッチンへ向かうと、コーヒーの香りが漂ってくる。父が磨いたポットが朝日に照らされて美しく輝いているのを見て、エミルはなんとなく誇らしい気持ちになる。


コーヒーを一口飲み、ゆっくりと目を覚ました後、エミルは家の掃除を手伝う。ほうきを手に取り、庭の落ち葉を集めたり、家の中の埃を払ったりする。ときどき、父が昔の話を聞かせてくれるのが楽しい。


昼前には、村の友達と外で遊び、時には市場に行って母の買い物を手伝うこともある。昼食を食べた後は、父と一緒に庭の木陰で休みながら、遠い昔の話に耳を傾ける。


「ポットを磨くのって、そんなに大事なの?」


エミルはふと尋ねた。


父は少し驚いたようにエミルを見て、微笑んだ。「ああ。磨くことで、ポットは長持ちするし、熱が均等に伝わるんだ。いいコーヒーを淹れるためには欠かせないことさ。」


エミルはその言葉を聞きながら、自分も父のそばでポットを触ってみる。表面の凹凸をなぞるうちに、そのひとつひとつが長い年月を超えてきた証なのだと感じた。


夕方、エミルは勇気を出して言った。


「父さん、明日は俺が火をつけてみてもいい?」


アリは驚いたが、ゆっくりと頷いた。「もちろんだ。明日はお前の番だな。」


夜、家族で食事を終えたあと、再びコーヒーの時間が訪れる。父の手によって淹れられたコーヒーを飲みながら、エミルは今日一日を振り返る。そして、ポットに映る自分の顔を見つめながら、少しずつ大人になっていくのを感じるのだった。


こうして二人の一日は、静かに交差しながら過ぎていく。翌朝、エミルが炭火に手を伸ばすとき、親子の絆はまたひとつ強く結ばれていくのだった。



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