アリは毎日欠かさず、古びた銅のポットを磨いていた。朝の光を受けて、その表面が静かに輝く。エミルはそんな父の姿を見ながら、ある日ふと尋ねた。
「父さん、なぜそんなにこのポットを大事にするの?」
アリは手を止め、ポットをそっと撫でながら微笑んだ。「このポットはな、お前の祖父から受け継いだものだ。その祖父もまた、その前の代から受け継いできた。」
エミルは驚いたようにポットを見つめた。「そんなに昔から?」
「そうだ。これはただの道具じゃない。ここには、何十年もの間、この村で淹れられたコーヒーの記憶が染み込んでいる。無数の傷や凹みがあるだろう。それは、このポットが歩んできた歴史そのものなんだ。」
エミルはポットの表面を指でなぞった。その凹凸のひとつひとつが、長い時を超えて受け継がれてきた証なのだと思うと、不思議と温かい気持ちになった。
「父さんも、これを磨いているときに祖父のことを思い出す?」
アリは静かに頷いた。「ああ。父さんがまだ若いころ、祖父が毎朝このポットを磨いていたのを覚えている。その姿を見て育ったから、私も自然と同じことをするようになったんだろうな。」
エミルはポットをじっと見つめた。そこに映るのは、過去と未来をつなぐ小さな物語だった。
「俺も、いつかこのポットを受け継ぐのかな…?」
アリは微笑みながら、エミルの肩をそっと叩いた。「そのときが来たら、お前がどうするか決めればいいさ。ただ、覚えていてほしい。このポットは、家族の物語とともにあるものだということを。」
ポットの表面が、朝日の中で優しく輝いていた。