八つのムールル。そこから繰り出される連続攻撃を前に、芽吹は防戦一方の状況に立たされていた。デッセの方を撃ち落としたくとも、ハミンナのものが間に入って障壁でカバーする。
(小回りの利く……!)
ダンスでもするような機動で被弾こそしていないものの、息が荒くなってくる。機体より先に、パイロットの限界が訪れそうでさえあった。
友軍機の反応を見る。隼人は紫のクーウナに絡まれ、玲奈拓海ペアはこれまた別の色のクーウナとやりあっている。斗真光輝タッグの方では、艦隊の直掩に回っている。
(なら、これは俺一人でやることだ!)
まだ、機体は思惟についてくる。やれる。やれると思わなければ、心で負ける。
HMDにちらつく赤い光も、かなり補正されて暗く見える。そうでもなければ目は潰れていただろう。
ついに、死角にデッセムールルが入る。砲撃に意識を向けていた彼は、気付かない。勘も叫ばない。鋭利な刃がコックピットを貫く──その、数秒前。どこからか飛来した魔力がそれを撃ち抜いた。
「黒鷲隊ですね、遅れました」
紅潮島の赫天部隊だった。
「助かります。ダヌイェルを片付けてください」
「あいわかりました」
神経質そうな声の主が離れていく。左肩を蒼く塗装していた。
「時に、芽吹」
オの何重にも加工された声が、芽吹の耳に届く。
「貴様は、何故戦う」
「……お前と語る言葉はない。テロリストが」
そう言い返した芽吹は、酸素マスクの中で浅い呼吸を繰り返していた。
「そうだな、我々は君たちの定義する所のテロリストだ。投降しても身の安全は保障されない。故に、血の一滴が枯れ果てるまで戦う定めだ」
「なら、とっとと消えろ!」
僅かな休息の後、芽吹は増速を行う。刃と刃が火花を散らし、魔力コーティングを削いでいく。
「雀蜂から黒鷲へ。上陸地点に接近。上空からの更なる援護を頼みたい」
「当方に余裕なし。周囲の九一式部隊に要請されたし」
会話するために、逃げに入る。
「……了解。生還を祈る」
終えて、再度敵へ接近。黒煙を吐き出す脚部スラスタはカットして、速度は幾分落ちていた。故に、避けられる。それでも、彼は背部スラスタの推力を最大まで上げ、離れようとするハミンナに突っ込んだ。
バチリ、嫌な音が耳朶を打つ。ディスプレイに表示されるのは、スラスタの破損を示す赤いサイン。推力がゼロになったわけではないが、右スラスタユニットのメインがイカれたようだ。
「二番! 援護頼む!」
その声にはすぐに
「うっす!」
と答えが返ってきた。隼人機は紫の死神から離れ、芽吹機の左手を掴む。同じ部隊内の機体の状態は、いつでも確認できるようになっているのだ。
その二番機も、頭部が半壊し、左脚に穴が開いていた。追撃を警戒する芽吹だが、別の赫天部隊がハミンナらを抑えてくれていた。
「無茶やりましたねえ」
格納庫。菱形がパイロットルームの芽吹に言った。
「何時間かかる」
「調整まで含めて五時間ってところですかね」
「三時間だ」
「付け替えるだけでも二時間半ですよ。少佐のカスタムに合わせた調整をするには、もっと時間が必要です」
「命令だ。三時間で終わらせてくれ」
冷たい水を片手の上官に対し、彼女は呆れるしかなかった。
「一整備士として、パイロットの命を捨てるような整備はできません」
「俺は死なない。必ず生きて帰る。だから、三時間で十分だ」
静かに睨み合い、折れたのは菱形だった。
「……やらせます。約束してくださいね、生還」
パタンと彼女が出て行った直後、隼人が入ってきた。
「どうしたんすか?」
「何でもないよ。少し寝るから、三時間経ったら起こしてくれ」
目を閉じれば、すぐに闇へ沈む。慣れたものだった。
「──さ、少佐!」
菱形に揺り起こされる。
「後二十分で換装が終わります」
「ん……わかった」
隼人は横でいびきをかいている。
「隼人のは?」
「手足の交換が殆ど終わりました。多分、少佐と一緒に出撃できるかと」
「隼人!」
呼びかければ、すぐに起きる。六年の間に手に入れた、短時間で効率的に眠る方法だ。
「そろそろ終わるってさ」
「うす。……他の島の部隊、紫のやつに勝てますかね」
「死にはしないと思う。赫天を配備されているのは、優秀なパイロットだけだからね」
皇国は、ヤガ地方に執着してはいない。帝国がいつそこを乗り越えてきてもいいように、西部諸島にエースを集めている。最も近い碧海島に黒鷲隊を置いたのは、そういう意味があった。
だが、だからといってテロ組織の要求に屈してしまうのは、国としての沽券にかかわる。天子のプライドに。全世界を支配するに相応しい、栄光の子の尊厳に。
「出撃行けます!」
スピーカから声がする。駆けだした芽吹は、コックピットに滑り込んだ。
「黒鷲一番、赫天は行く! 作業員は退避だ!」
カタパルトに乗り、前傾姿勢。
「魔力チャージ完了。射出タイミングをパイロットに譲渡」
「第二カタパルトの二番機と同時に発進したい。情報をくれるか」
「了解。転送します」
左舷の投射機は後十五秒で準備ができるようだった。
「緊急だ。敵の船が動き出している。何か仕掛けてくるやもしれん」
艦長からの声。
「何かって、何です?」
「そうとしか言えん」
◆
「主砲オンライン。いつでも撃てます!」
浮上するアフェムの艦橋に、声が響く。
「照準、接近する敵艦隊。障壁は最大出力だ!」
カジャナの指示に従い、砲手によって三連装魔力砲が動かされる。側方に向かう。
「放てっ!」
赤い破壊の光が走り出し、鳳凰級の障壁にぶつかって霧散する。
「赫耀を撃たれる前に沈めろ! ロケットも撃て!」
船体各部のハッチが展開し、ロケットランチャがせりだす。そこから放たれるロケット弾の雨は、集結した戦艦六隻と渡り合う火力を、三隻のアフェム級に与えていた。
「対空監視、厳! 接近するザヘルノアを叩き落とせ!」
「敵の、エース部隊が……」
「何、聞こえないぞ!」
魔力探知機を見ていたグォウが爆音に声を掻き消された。
「赫天部隊が防衛線を突破しました!」
「黒鷲か⁉ ハミンナとクーウナは何をしている!」
「おそらく緋熊です! クーウナ隊は黒鷲隊と白狼隊に抑えられています!」
カジャナの歯軋り。
「敵艦に高魔力反応! 赫耀が来ます!」
鳳凰級の奥の手、艦首大型魔力砲『赫耀』。最大で船の全出力の四十パーセントに当たる魔力を一瞬にして放つその一撃を、防ぐ手立てはない。
「回避運動! 射角は狭い!」
艦首に備え付けられている都合、その射撃の方向は艦と同軸に限られる。それでも、赫灼騎兵ならともかく、戦艦では機敏な回避運動をとることはできない。ゆっくりと頭を持ち上げ、可能な限りの推力で船を押すだけだ。
しかし、その必要性はなくなった。チャージに入った鳳凰級の動力部が撃ち抜かれたのだ。
「こちらクーウナ・ラタ。四番隊、到着した」
ワッ、とブリッジで歓声が挙がる。白く、背中に魔力砲を背負ったクーウナが見える。アフェムと同型の戦艦もだ。
その一報が皇国軍奪還作戦司令部に入った時、冬弥は
「撤退するべきです」
と進言した。
「想定していない四隻目。このまま作戦を進行させることは不可能です」
魔導通信で繋がった会議室は、暫し沈黙する。
「……よかろう」
髭面の老人が口を開いた。
「第一次攻撃部隊の全軍を、即時帰還させよ。改めて編成を行った後、再度攻撃を行う」
そこから、司令クラスの将校はひたすらに連絡を繰り返した。
「……了解」
その指示を受け取った芽吹は、脚部を喪った機体でそう答えた。右スラスタユニットは基部から破損している。追撃は、なかった。