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明日のために

 古代の工場は、荒廃しきっていた。地下深くに埋まっていたこともあるが、それ以上に何らかの略奪の痕があった。


 穴の空いた屋根に、アルシリーズの残骸。地面に突き刺さった剣が、朽ちている。


 が、それ以上に目を引くのは、付近の基地から上がってきたシータ部隊だ。遺跡を背後にして、射撃ができないよう上昇してくる。


「行け、サヴァラン!」


 デルグリン・シータに襲い掛かる、小さな剣士たち。白刃が四肢を奪い、頭を潰す。そうして達磨となった機体は、勘で残った胸部の魔力砲を放つ。当たるわけもなく、散った。


「殺せ!」


 気づけば、カムルはそんな言葉を叫んでいた。目の前に映る紫が爆ぜる様が、脳にダイレクトでプリミティヴな快感を齎す。薬物でも血管に流し込まれたかのように、手が震えるほどの愉悦が全身を駆け巡った。


 連射される光弾を防ぎながら、白亜の下僕は数度シータと斬り結ぶ。突き出された右腕を切り落とし、ほぼ密着状態から粒子ビームを撃って撃破。


 似たような光景が、その戦場で幾度となく繰り返された。戦闘開始から二十分。ニニルーに接近できたパイロットはいなかった。だが、カムルは動いた。


 その理由は、彼女自身説明できないだろう。逸った、としか言えない心理状態だった。殺したい。殺して、奪って、命を爆ぜさせたい。そんな野蛮な欲求が湧いて湧いて仕方ないのだった。


「行け、ムールル!」


 腰に装着された攻撃端末が飛翔し、シータを取り囲む。三基の細長い砲台は、一瞬にして敵をバラバラにし、爆発の花を咲かせた。


 そこから、次の獲物に向かう。斥力発生装置と魔導スラスタの組み合わせによって機敏に動くムールルは、シータからの射撃を障壁で防ぎ、あっとう間に懐へ飛び込んだ。花火。


「無理です!」


 シータのパイロットのうち、一人が叫んだ。


「パワーが違いすぎます!」


 返答までの数秒で、また一つ散った。


「……撤退だ」


 苦渋の決断だった。四十八機出撃したデルグリン・シータは、すでに二十二機にまで数を減らしている。全滅してでもザハッドナを止めるか、貴重なパイロットを温存するために引き下がるか。指揮官は後者を選んだのだった。


 それをカムルが認めた頃、ライハが到着する。ムールルを飛ばそうとしたオレンジの機体を制止して、ニニルーは降着に入った。


「船が到着するまで警戒を解くな。私は内部を見て回る」


 そう言って、サーベルに拳銃、ハンドライトを携行して頭のコックピットから飛び降りる。荒れ果てたと思われた建物に入れば、そこは工場というより体育館だった。だが、アーチ状の天井は、低いところでもニニルーが入って猶余裕があるように思える。


 内装は、まるでなかった。天井から入った土が床の大部分を覆い、奥にある何らかの装置は汚れて判別できない。


(生産ラインらしいものはない……持ち去られた?)


 ブーツが硬い音を立てる中、彼女は慎重に歩を進める。足音に注意を払っていると、空洞に反響する、広がりを持った音に気づいた。


 足元の土を払うと、取手のついた鉄扉が現れる。特にロック機構などはなく、身体強化をかけて持ち上げれば、簡単に開いた。


「地下への入口を見つけた。入ってみる」


 それだけ通信を送り、携行型魔力灯のスイッチを入れた。


 長く、暗い階段だった。三十メートルは下ったろう、という頃。ぼんやりとした光に照らされた広大な空間に出た。


 近くの壁を探れば、スイッチらしきものがあったので押す。魔導灯が生きていた──つまり、魔力炉が生きている。そこは巨大な工場だった。


 ベルトコンベアの上に組み立て途中のアルシリーズが並び、停止したロボットアームの下には部品が落ちている。だが、最も注目すべきは円筒型の物体──魔力炉が、完全な状態で放置されていることだった。


 駆け寄った彼女は、魔力炉の乗ったコンベアの周りを精査する。壁の看板に、古代文字で指示が書かれている。仮面にインストールしておいた翻訳機能で読めば、魔力炉の保管場所についてだった。大意としては、更に地下へ行けばあるとのことだった。


 それは後で発掘するとして、カムルは『格納庫』を意味する指示に従って歩き出す。数分進んだ先で、並ぶ数十機のアルシリーズを見た。


(ここまでは情報通り。どれくらい動かせるものがあるか……)


 起動実験はどうせ後でやる。彼女はサヴァランとエルゼンが十五機ずつあるのを確認し、探索を続ける。


(アルシリーズの製造データ、あればいいんだけど……)


 欲を言えば、魔力炉の製造過程を明らかにしたい。正確には、魔力炉に使われている古代の合金の製造方法だ。それがあれば、魔力炉を生産し、発掘に頼らずとも戦力を増強できる。


 四十分ほど歩き回って、更なる地下への入り口を見つけた。ライトのエネルギーが保つか、という恐れはあれど、彼女は入るしかなかった。


 寒い。冬であることを考慮しても、空気が冷たすぎる。だが、惹かれる。求められているように下る。


 待っていたのは、円柱だった。人の胸辺りの高さにコンソールがある。ディスプレイは生きていた。そっとそのキーボードを触る。


(『アル=サヴァラン』……これだ)


 タッチディスプレイで開いたのは、アルシリーズの設計図。そして、製造に当たっての種々の作業指示。全自動で作れるようになっていた。


(工場そのものを持っていくことはできないし、占領し続けられるかはわからない……)


 具体的な方策は老人に任せるしかない。データを引き出し、機体へ戻ることにした。


「こちらニニルー。大漁だ。発掘機材を要請する」


 コックピットに座った彼女はそう報告する。


「了解」


 カジャナだ。


「──データを受信しました。これがあれば、皇国を叩けますね」

「そう上手くいくわけではないだろうが……場合によっては、古代兵器を新しく作れるかもしれない、というのは嬉しいことだ」


 肚の底で、何かが蠢いている。殺せ、殺せと騒ぐ何かが。抑えつけたくても、それは心臓が脈を打つように、本能に近い部分が動かしている。


「どうしました?」


 それを見透かされたのか、カジャナがそんなことを問うてくる。


「……早く発掘隊を連れてきてくれ。あまり長居はできん」

「すでに移動を開始しています。意気込んでいますよ、古代文明の技術を完全な形で手に入れられる、と」

「あまり逸らせるなよ。慎重な発掘をやってもらいたい」


 クスリ、笑い声が聞こえた。


「ライハ部隊による護衛は必要か?」

「こちらでアルシリーズをつけました。艦から制御しますので、そちらの負担になることはありません」

「そうだな……到着後は制御権限を私に回してくれ。そのほうが、臨機応変に動けるはずだ」

「了解。流石ですね」


 カムルは接近する反応を捉える。ダヌイェルが数機に、アル=サヴァランの群れ。アフェムも、かなり近いところに来ていた。


 一時間もすれば、肉眼で捕捉できるようになる。黒いコンテナを持ったダヌイェルが、それを工場の近くに降ろす。


「どこかに搬出入口があるはずだ。探してくれ」


 スピーカからカムルが声を発した。魔力探知機に意識を向けつつ、彼女は腰の位置を深くする。全身から少し力を抜き、酸素マスクの中で溜息。


「こりゃすごい遺跡だ!」


 ベテランの学者の声が無線機に入った。


「エレベータが生きている! 隊長、ニニルーも入れますよ!」


 調査隊から送られてきた動画は、先ほど見た景色とは違うものを映していた。土くれはほとんどが消え去り、正体のわからなかった機械は、昇降機として客人を受け入れる用意をしていた。


「自己修復システムですかね」

「ああ、そうだろう」


 隊員たちの会話を聞きながら、カムルはこれからのことを思う。敵が増えすぎたように、感じていた。

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