パスンパスン、と小さな花火が秋空に上がった。障壁に囲まれたこの街で、一つ大きなイベントが始まろうとしている。
「わたあめ、わたあめ美味いよ~!」
空軍学校のグラウンドに並べられた屋台が、そういった呼び込みを繰り返す。南部の空軍学校と、北部の陸軍学校で、それぞれ近隣住民を迎える用意をしていたのだ。
湊と優は二人で出店を回り、ソーセージや焼き芋、焼き鳥を腹に入れた。だが、本命はそれではない。昼過ぎには人の集まるシミュレータルームへ入り、並んでブースに着いた。
「只今より、学年対抗シミュレーション大会を開催いたします」
グランドに置かれた巨大なディスプレイから、緊張した声が響く。
「まずは、学年ごとの予選です。一年生からは──」
ヘルメットを被り、湊は仮想の赫天を起動する。一年生に合わせて、上級生も赫天を使うのだという。性能が同じなら、と思ったところで、雄牛にこっぴどくやられたことを思い出す。
「今度こそ勝とう」
優の声は、幾らかの自信を伴っていた。
大会は、トーナメント方式をとっていた。湊は順調に勝ち進み、決勝戦。相手はセラ・楓ペアだった。
「惚れた相手だからって、油断するなよ?」
優が揶揄うので、湊はヘルメットの中でムッとした。
「悪い悪い、調子に乗ってしまったよ」
次の瞬間、画面に『戦闘開始』の文字。
湊もセラも素早かった。砲撃を交わすこともなく、あっという間に剣戟の間合いに持ち込んだ。
「湊、今回は譲ってもらうわよ!」
「残念だけど、そうもいかなくてね!」
楓が行う援護射撃を、湊は身軽に躱す。そして、セラ機を蹴り飛ばして、彼女へ向かった。
「無礼でしてよ!」
「戦場だ!」
単調な後退を見せた楓機は、横から突っ込んできた優の刺突で右腕を失った。
「こっちは僕が抑える! 湊くんは、自分の戦いに集中しろ!」
友人の助言を聞き取るや否や、セラが真っすぐに突撃を仕掛けてくる。湊は牽制の意味で数度砲撃を行うが、どれも簡単に回避された。
そこまでは、想定内。数度打ち合っては離れ、また近づいて、斬り結び、離れる。幾度となく、拮抗した攻防が繰り広げられる。
その間、湊は不思議な高揚感に満ちていた。死が隣にないからであろう。蓄積してきた力の発露と、それを可能としてくれる友人の存在に、心の底からの感謝と歓喜が溢れて止まらない。
勝ちたい、勝ちたいと心が燥ぐ。頭の中が熱いもので充たされて、火器管制スティックを握る手に力が籠る。
剣道のような動きで、彼は何度も剣を打ち下ろした。だが、その刃は相手の刃の上を滑る。そうして姿勢が崩れた所に、セラは蹴りを見舞った。
「これで、終わり!」
「なるものか!」
渾身の一撃を前に、湊は敢えて前進。体当たりで突き飛ばし、状況をイーヴンに戻した。
「……勝ちたい」
セラが言う。
「勝ちたいの。私を見る全ての人間に、私を認めさせたいの!」
「なら同じじゃないか。僕だって、僕の実力を見せつけたい!」
一年代表となるのは、ツーペアだ。二位までは本戦に出場できる。だが、一位通過という栄誉を得るために、皆必死だった。
再び、二人は接近する。射撃は意味を為さないとわかっていたからだ。
それは、最後の斬り合いだった。全神経を集中させた湊は、セラの太刀を絡め取り、飛ばした。距離を置こうとした彼女を見て、湊は、
「コード八〇八! スラスタのリミッタを解除!」
と叫んで追う。実機を動かす中で得た知識を活用し、一瞬にして推力を増した赫天は、相手の胸を一撃で貫いた。と、同時に、優の方も決着をつけていた。
「一年代表は! 大原湊と、宍戸優ペア!」
勝利の宣告が、グラウンドに響いた。
「あれ、ありか⁉」
雄牛がペアに訊いた。
「さあね。一年で解除コードを知ってるのは、やっぱり大原芽吹の息子だからなんだろうけど……」
その一言を聞いて、彼は自身の左掌を殴った。
「待っていろ湊! 必ず勝ってやる!」
◆
シミュレーション大会の様子は、軍のテレビにも映っていた。有望な学生を見つけるためだ。
「隊長、どう見る」
黒鷲二番、拓海が玲奈に問うた。士官室のソファに、向かい合って座っている。
「悪癖がつかないか、心配だ。リミッタを外すことに頼るようなら……」
最後までは言わなかった。
「飛騨教官が指導するだろう。そう気を揉むことじゃない」
画面は二年の予選に変わる。
「戸剛毅雄牛が、一番の有望株か」
玲奈は冷たい口調で呟く。
「あまり興味がないようだが」
部下にそう言われ、彼女は僅かに自嘲を浮かべる。
「叶うはずもない恋を追いかけているだけさ……芽吹大佐の遺志を継ぐためには、やはり大原湊が欲しい」
「そのために欠員を出したままにするのか?」
「それは私の自由だからな。上とて無理強いはしないだろう」
新人パイロットを指名して部隊に加える制度は、こうして悪用とも言える使い方をされていた。勿論、鈴木玲奈という人間の特殊性もあるが。
「あと二年半。それまでにザハッドナが本格的に動き出すのであれば、そのタイミングで一番優秀な人間を選ぶさ。それくらいの分別はある」
拓海は疑いの視線を隊長に向けていた。
「なんだ、信じきれないか?」
「無理をするんじゃないか、とは思っているよ」
興覚めした顔で、玲奈は目線をテレビに戻した。
「戸剛毅雄牛、いい動きをするじゃないか」
そんな、大して興味がないことを取り繕った声まで出す。
「……はっきり言って、今の三年生は凡庸だ。黒鷲へ加えるに値する学生はいない」
彼女の冷え切った言葉は、拓海に黒い影を見せた。空気まで凍り付くのではないか、という所で、入ってくる者が二人。
「お疲れ様です」
そう声を合わせて言ったのは、右左斗真と、足形光輝。十二年のキャリアを積む中で、どうにか五体満足で生き残っていた。
「ご苦労。ちょうど学祭のトーナメントをやっているよ」
「マジっすか。懐かしィ~! ボク、毎年結構いいところまで行ってたんですよ」
斗真がなんの断りもなく拓海の隣に座って言った。
「三年の時は学年代表で出て、総合二位!」
「光輝と一緒に、か?」
玲奈が問うので、彼は力強く頷いた。
「一年二年の時は対番にコテンパンにやられましたけど。いやあ、楽しかった。ボクらも大会しません?」
「私ではなく、もっと上に頼んでみろ。まあ、通らないとは思うが」
今、皇国は有事の状況下にある。暢気にイベントを開いている余裕などない、ということは皆理解している。
二年の一位通過は、雄牛ペアだった。まあ予想通り、と玲奈は何の興奮もなくそれを意味する文字列を見ていた。
「大原……湊……」
光輝が静かな声で、一位通過の名前を呼んだ。
「隊長、大原湊は、この部隊に相応しいですか」
「このまま成長してくれれば、私は間違いなく湊を選ぶだろうね。芽吹大佐の素質を受け継いでいるよ」
光輝にとって、大原芽吹は壁だった。いつか必ず乗り越えて先に進んでみせる、と思っていた。だが、その前に芽吹は死んだ。
死の間際に何を思っていたのか、と彼は考え続けている。家族を遺して逝った時、無礼な言葉をかけた自分を恨んではいなかっただろうか、と。
最早答えは知りようもない。ただ、英雄的最期を遂げた彼を、英雄として覚え続けることしかできない。
三年生のトーナメントが始まった。退屈な戦いだ。どちらのペアも教科書には忠実だが、それだけ。獰猛さや貪欲さがない。教官曰く、今年の三年生は全体的に無気力であるらしい。
熱い使命に燃えている者もいないではないが、それでもどこか足りない。玲奈は立ち去ろうともさえ思った。しかし、やはり湊の戦いを最後まで見届けたい一心で、残った。