地下、機密工廠。そこで湊はルーティンワークにも近い実験を行っていた。
「増幅システム変換効率、五十六パーセントを維持。光量は最大値で続行」
「負荷計測中……想定値に留まっています」
「起動シークエンスを開始してください」
ヘルメットの中で聞こえてくる声を従い、湊は股座にある機械に手を乗せた。
「魔力パターン認証──大原湊。起動します」
「起動成功! 成功です!」
ワッ、と管制室で声が沸き上がった。暫くお祭り騒ぎが続いた。
「あの、降りていいですかね」
湊は呆れ気味にそう言った。許可が出て、ヘルメットを外した。
「偉大なる一歩です」
コックピットの前にいたのは、鞭。
「後は月光レベルでの起動と、各部魔導溶媒への魔力充填の効率化。この二つが主な課題ですね」
「それは僕にどうこうできることじゃないですよ」
「ええ。わかっていますよ。こちらの話です」
眼鏡を上げる、少し気取った仕草。それが鼻につくな、と思っていた湊の所に紙コップが運ばれてくる。
「量産計画は進んでるの?」
その研究スタッフに、彼は真っすぐな疑問をぶつけた。
「いやー……中々に難しく。そもそもどのレベルまで変換効率を上げれば効果的か、というのもわかっていない状態でして。今回も夏の快晴レベルの光量での実験でしたし。雨が降ったら戦えません、なんてのは許されないでしょう?」
「そりゃそうか……」
冷たい水を飲み込んだ彼は、コップを潰して返した。
「ムールルの訓練もしておきましょう。湊さん、いいですね?」
鞭が眼鏡の奥から視線を投げかけてくるので、彼は溜息混じりに頷いた。焔輝──いや、将来的に豪焔となる機体のコックピットに戻り、ヘルメット。
「動力を外部供給に変更。シミュレータを起動してください」
彼の眼前に偽の空が広がる。翼を生やした偽の機体から、偽のムールルを飛ばす。現れるダヌイェルを躊躇いなく撃ち抜き、接近してくる者は切り裂く。
「近接戦闘の距離でもムールルを使ってください」
「自爆するよ」
「実戦でそうならないための訓練です」
「……はいはい」
近い敵に狙いをつけるのは、簡単ではない。ムールルが放つ魔力の角度とコースを正確に把握し、的確なタイミングで撃たなければ自分に当たる。
十五回ほど自爆して、彼はどうにか勘を掴んできた。だが、やはり剣で戦う方が楽であるし、正しい判断であるように思える。
「ムールルと剣以外の武装、ないの?」
「ありますけど、許可が下りていないんです」
「なるほどね……」
学生の貴重な時間を奪っているのだから、多少の融通は利かせてほしかったが、そんな文句を言う余裕もなく次から次へと敵が来る。
打ち下ろしを滑らせ、蹴る。ムールルに止めを刺させて、他の敵を刺し貫く。爆発が何度も起こった。
一時間ほど、淡々と戦い続けた彼は、突然に終わりを告げられる。
「既定の魔力を使いました。お疲れ様です」
工廠の地下にある都合、その魔力使用量は厳密に管理されている。割り当てられた量以上を使うわけにはいかないのだ。
「もうそんなにか……」
この経験が、自分をどれだけ強くしているのか。前に進んでいることを信じて、彼は学校に戻った。
「どこに行っていたんだい」
赤い空が見える部屋に入るなり、予習の最中である優が問うた。
「君がいなくっちゃ練習にならないぞ」
「外せない用事だよ。それで納得してくれる?」
「いーや、説明してもらおう」
湊は扉をそっと閉めて、言葉を選んだ。
「言えないんだ」
「……君が酒を飲みに行ったとは思っていない。ギャンブルもしていないだろう。だが、必死になって隠すなら、僕も疑うぞ」
「国に口止めされている、と言っても?」
優が手を止めた。
「大原芽吹の息子、か。なるほど、そういうこともあり得るな。わかったよ、追及はしない。でも、明日はみっちり付き合ってくれ」
「うん、僕からも頼む」
◆
ザハッドナと呼ばれていた部隊は、ハーウ帝国軍の主力となっている。古代兵器の運用ノウハウを独占し、宰相直属の特殊部隊として運用されていたが、ここ十二年、その活動は鈍化している。
その大きな原因は、古代兵器を現代で再生産する、古代技術復活計画の滞りだ。赫灼石と抽出器、接続器でアルシリーズを動かそうとしても、その限られたスペースではパワーを確保できないのだ。当初はそう難しくないと判断されていたが、アルシリーズを以てしても虐殺ができなくなってきた現実に際し、低コスト化が重要な条件となってしまった。
要は、ある程度一点もの的性格を持つことを許容されていたアルシリーズも、画一化された工業製品にしなければならない、というわけだ。そういう点では、赫灼騎兵を一から設計するのと変わらない労力がかかっていた。
「じれったいものだな」
その工場を視察するカムルは、相変わらず仮面をつけてそう言った。キャットウォークの下には、頭を抱える技術者たちの姿。隣には、白衣を着た主任技官がいた。
「やはり、機体の大型化を承認していただけないと……」
「無理だな。アルシリーズの強みはそのサイズから来る運動性にある。大型化すれば劣化赫灼騎兵にしかならん」
「魔導粒子砲も運用できない可能性があるんですよ」
だからなんだ、と言わんばかりの怒気を纏って主任技官を彼女は見つめた。
「やれるようにしろ。迅速にな」
「具体的には、どれほどの時間を……」
「三年。それが最大限の譲歩だ。我々も無限の兵力を有しているわけではないからな」
技官としては、五年欲しかった。だが、この国においてカムル・オッフの言葉は何より重かった。
「部下たちには、故郷に帰る
「皇国はその故郷を焼き尽くそうとしている。わかるな?」
「それを止めるためには、ザハッドナに尽くさなければならない……よく理解していますよ」
技官は目頭を揉んだ。
「ダヌイェル用の制御装置はどうだ」
そんな彼を気に掛けることもなく、カムルは冷徹に問う。クーウナ・ダヌイェルに搭載する、アルシリーズの制御システムの話だ。
「バージョン更新に二か月ほど欲しい所です。データも不足していますから……」
カムルの重い溜息。
「これ以上無理をさせるわけにもいかない。だが、二か月で終わらせろ。確実にな」
技官は安堵の息を漏らした。
「アルシリーズの量産は、喫緊の課題だ。急がせろ」
それだけ言い残して、彼女は体を翻した。純白の装束を揺らし、工場を出る。帝都キーグルの夏は、そう気温が上がらない。昼時でも長袖が必要になることもあるほどだ。
今年で彼女も三十三。仮面舞踏会という年齢でもない。だが、マナエの老人は、彼女に仮面をつけるよう強制する。風呂とベッドでだけ、外していいことになっていた。
その度に、彼女は肚の底で蠢く、そして確かに拍動する逃避の願望に襲われる。母に泣きついて、軍人になったヴルツも誘って食卓を囲みたい──そんな思いは、蝋燭の火が吹き消されるように消滅し、暗闇ばかりが残る。
(私は、誰を殺せばいいのだろうな)
大原芽吹はもういない。共和国も皇国も、古代式の障壁で都市を守っている。もしかしたら、自分は殺す側ではなく殺される側に回っているのかもしれない。そんなことを思うと、今踏み込んだアフェムという戦艦も、敢無く散る花火のようなものなのかもしれない。
自嘲を重い服で隠し、彼女は、静かで豪奢な部屋に戻った。空虚なばかり。心の中で芽を出そうとしている恐怖を、誰かが強引に引き抜いていくような感覚の中で、黙って茶を淹れた。