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挑戦

 避けて、撃って、近づいて、斬る。目の前の赫天が爆ぜて、次の相手が出てくる。背部魔力砲の狙いをつけて、一発。両腕を奪われた仮想敵のコックピットを刀で貫いた。


 これで二十五機。休日の湊は、ヘルメットを外した。シミュレータブースから出て、喉を潤しに行く。


「精が出るじゃないか」


 シミュレータルームを出た時、そこには水を持った優がいた。彼はそれを差し出す。


「ありがと」


 紙コップから一気に飲み干し、潰す。


「ここ二週間、外出もせずにシミュレーション漬け。疲れているんじゃないか?」

「追いつきたいんだ。雄牛先輩に」


 思いがけず目的を達した湊は、続きをしようと体を回す。


「そろそろ昼食だ。休憩しよう」


 そう言われて時計を見れば、十一時半。並んで歩き出した。


「どうだい、勝てる見込みはあるかい?」

「さあね。でも、勝てると思わなきゃ勝てない」

「正論だ」


 残暑も、もうすぐどこかに行ってくれるだろうという季節。あれほどうざったかった夏も、こうして見ると少し惜しいように、湊には思えた。


 アスファルトを全力で熱していた太陽は僅かにその勢いを衰えさせ、目を開けるのも辛かった時期が終わることを教えてくれる。


「夏も終わるな」

「うん」


 そんな彼らは、寮から食堂へ向かう道にいた。週末。外に遊びに行く者も多い。


「優は外出しなくていいの?」

「友達がこうして頑張っているなら、それを手伝ってやりたいのさ」


 湊は相手の脇腹を小突いた。


 今日の昼食は豚丼だ。学生たちを焦らせる時間制限もなく、二人はゆっくりと食事を進める。


「秋になれば、学祭がある」


 優が言うので、湊はその顔を見た。


「シミュレーション大会があるらしいぞ」

「それ、誰と組むとか決まってるの?」

「ルームメイトと、らしい。セラくんと組めないのは残念か?」


 答えずに肉の一切れを口に運ぶ。


「僕もやれることはやるが……あまり期待しないでほしい」

「なら、一緒にやろうよ。友達を手伝うんでしょ?」

「そうだな、そうするべきだ。頼む」


 ガーッと丼ぶりの米を掻き込み、二人は立ち上がった。





 外岡拉薩とおからさべんは、東果冬弥に接触していた。


「増幅システムの研究は順調です。五年以内には、豪焔ごうえんに搭載できるレベルにはなるかと」


 中将になった冬弥は、西部諸島奪還の主導者となっていた。


「豪焔が量産されれば、取り戻す算段もできる。随分かかったな」

「失陥から十二年。大原芽吹大佐が遺した、完全な状態のアルシリーズがなければ、三倍は時間が必要になったでしょう」


 いつか取り戻すその日を夢見て、冬弥の肩書は西部諸島方面軍司令となっている。


「帝国の無人兵器、どれほど開発が進んでいる」

「確度に疑問は残りますが、赫灼石でエネルギー源を代用しているタイプは、もうしばらく。豪焔とどっちが早いか、という具合でしょう」


 司令の椅子を回し、冬弥は背後の窓から空を眺める。


「芽吹の息子、か」


 生え際も退行し始め、もう赫灼騎兵のGに耐える肉体でもなくなった彼は、何より信頼していた部下が遺した者を想う。


「できることなら、俺たちの世代で全てを終わらせたかった」

「たらればに、意味はないですよ」


 定年も近い鞭は、ニコニコと微笑んでいる。


「湊くんは優秀です。成績という意味では、芽吹大佐を上回っているでしょう」

「あいつには、戦士としての勘が備わっていた。それは後天的に手に入れられるものではない……その点はどうだ」

「まだこれから判断することです。三年生になれば、実地訓練も行います。そこで明らかになるでしょう」


 冬弥の目には後悔の色が滲んでいた。


「……こういうことを言ってしまうべきではないのだが、先の戦争の終わり際こそが、黒鷲隊の全盛期だったのかもしれん」

「聞かなかったことにしておきます。それでは」


 丁度扉をノックする者がいた。





「援護、遅い!」


 青空を映したシミュレータの中で、湊はそう叫んだ。


「わかっては、いるんだが!」


 そんな彼に振り回されながら、優は引き金を何度も引く。誤射を避けるべく慎重に狙いをつけてはいるが、度々射線に味方が入る。


「リミッタ、外してるのか⁉」


 あまりの速さに、優はつい問うてしまった。


「外さないギリギリだよ! 百パーセントで吹かし続ければいい!」


 とんでもない理屈だな、と思いつつも援護射撃の手は緩めない。仮想敵である赫天に魔力を浴びせ、撃墜だ。


 だが、湊の成績には追い付けない。自分など必要ないのではないか、とさえ優には思えてしまう。


 湊機は、まるで相手の敵意が線になって見えているかのように砲撃を躱して敵機を斬る。ああ、勝てないな、と彼は感じた。


「それ、どうやってるんだ」

「それって……回避? 何となくわかるじゃん、どこに射撃が来るか、って」


 返す言葉もなく、優は


「……すごいな」


 とだけ言った。


 次の目標が現れる。そのパラメータを、湊は変更し始めた。


「おい、何をしているんだ」

「大原芽吹の戦闘データを適用してみる」

「勝てるわけないだろう!」

「やってみなきゃわからない」


 制止も意味を為さず、湊の作業は終わった。秘伝のタレのように受け継がれてきた赫灼騎兵の戦闘データは、こうして軍人であれば簡単に閲覧乃至利用できるようになっている。


 だが、エースオブザエースと戦おうというのは、無謀も無謀だった。


 戦闘が始まった瞬間、芽吹機は真正面から湊機に突っ込んできた。若人二人が狙いをつけた瞬間にはもう回避行動に入り、湊機の頭を狙って刀を振り下ろす。


 湊の防御がどうにか間に合うも、そのタイミングで芽吹機は彼から離脱、優機へ向かっていた。


 乱射は無意味。全て躱され、あっという間に近接の間合いだ。数度打ち合った後、彼は刀を絡め取られた。刺突の構えに入った芽吹機から、存在しないはずの殺気を感じ取る。


 が、来ない。湊が追い付いて、敵機の頭を踏みつけたのだ。加速Gに震える機体で照準を行い、一発。それでも、芽吹は反応した。


「いつ撃てば当たるんだ!」


 思わず湊は声を発していた。


 次いで来る、応射。脚部スラスタで急制動を行って回避してから、一気に再加速する。機体フレームが悲鳴を上げている旨の表示が画面に出るが、湊はそれを無視してとにかく前に進んだ。


「そこ!」


 刀を寝かせ、一挙に振り抜く。直後。断たれたのは、湊の剣だった。芽吹機は、魔力コーティングを一点に集めて、刀身を打ち砕いたのだ。


 だが、湊の胸にある炎は、一層強く燃え上がった。どうせ実機ではないのだ、無理をさせた所で問題はない。左手で芽吹機の頭を掴み、右手で殴る。五回ほど打ち付けた所でアラート。指関節が破砕された。


「僕ごと撃て!」


 言っても無駄、とわかっていた優は躊躇うことなく赤い魔力の束を放った。二機を貫いた爆炎は、青空に消えた。


 疲れた顔で湊がブースから出ると、そこにはセラがいた。


「晩御飯、そろそろ時間よ」


 大量の情報を叩き込まれてくらくらしている頭には、それだけの言葉を解釈するのに数秒の時間を要した。


「あー……ありがとう」


 優も足元が覚束ない様子だった。


「昼御飯からずっと、休んでないでしょ」

「わかる?」

「相手、誰にしたの」


 言うか言うまいか、暫し迷ってから湊はゆっくりと口を開いた。


「親父。勝てなかったけど」

「それはそうでしょうね。今の内から芽吹大佐に勝てるなら、学校なんて必要ないもの」


 まだ日が沈んでいない道を往き、食堂に入る。


「でも、挑戦したのね。いいことだと思うわ」

「どこ目線……」


 夕食はアジフライ定食。少しでも前進できていると信じて、湊は合掌した。

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