目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

シミュレーション訓練

「本日より、シミュレーション訓練を行う」


 浩二の言葉を聞いた一年生たちは、俄かにざわつく。誰が一番か、誰がドベか。俺ならやれる、お前にゃ無理だ。様々な声が響く。


「静かに! 遊びじゃないんだぞ!」


 まだガーゼの取れない湊もまた、内に猛る興奮を抑えていた。些細な傷は、肉体の自然回復力を維持するために魔術を使わない。


「今回は動かし方を学び、軽い模擬戦闘を行う」

「焔輝?」

「まずは赫天からだな」

「ちえーっ」


 誰かがそう言った。


「焔輝部隊になるか赫天部隊になるかは、二年の冬に決める。赫天も制御できない人間に焔輝を手足にできると思うなよ」


 タンタン、と教科書の類を教卓で揃え、浩二は丸眼鏡を上げる。


 今、皇国の主力機は二種類。低出力接続器を採用することで起動に必要な魔力を低減させた赫天と、高出力接続器を引き続き用いるハイエンド機の焔輝。九一式は既に全機退役している。


 この二つは、単に魔力量の多寡で振り分けられるわけではない。焔輝を預かるに相応しい操縦技術を持っているか、という所をじっくりと見て判断されるのだ。


 魔力量と、技術という二重の壁。それを前にしている自覚を持っていない者は、ここで振り落とされる。


「移動だ」


 少し歩き、シミュレータの置かれた部屋に移る。卵型のブースが並び、排熱用のファンが回る音が響いている。


「起動シークエンスを体感してもらう。順番にだ──」


 シートに座り、ベルトを締める。その後、股座にある魔力認証器に魔力を流し、パターンを照合。データベースに存在するものであることが確認されれば、起動だ。皆一つ一つ指示を受けながら進める中、湊だけは教官の言うことを先取りして行動していた。


「……才能か」


 浩二が呟いた。湊の事情は、教官でさえ知らない。


 全員が起動を終える。ディスプレイを内蔵したヘルメットを被った彼らは、その中で声が鳴るのを感じた。


「まず基礎的なマヌーバをやってもらう。時間があればバディを組んで模擬戦闘だ」


 マヌーバ。戦闘機動だ。推力や姿勢、斥力発生装置のパワーを調整して、自分に優位な状況を作る技術と言っていい。実戦でそこまで頭は回らないし、事実パイロットの六割頭、なんて言葉もある。だが、訓練で経験しておけばいざという時の引き出しが増える、というのが教官の弁だった。


 その様子をモニタリングしていた浩二は、自身と同じ名前をしていた先輩を思い出す。既に第一線を退き、教官としても引退した先輩だ。宮瀬浩二。第二次東覇戦争を、黒鷲隊として生き抜いた英雄の一人。


(宮瀬さんのようには、なれんか)


 宙返りに、ダイブ。筋のいい者は巧みに高度を調節して後ろを取り続けるマヌーバも実行していた。脚部の向きを自在に変えて模擬目標を次々に撃破していくのは、湊だった。


「よし。模擬戦闘を行え。相手は自由にしてくれていい」


 湊の所へ、申請がいくつも飛ぶ。シミュレータ同士は繋がっていて、必要とあらばバディを組む提案をできるようにしてあるのだ。


 彼はその中からセラを選んだ。自惚れではないが、自分が組むなら彼女だ、と思っていた。


「モテモテね」


 通信が繋がるや否や、セラはそう言った。


「別に。僕のことなんか見ちゃいないよ」

「見てほしいの?」


 答えずに、湊は敵の設定を進めた。


「相手はクーウナ・ダヌイェルでいいかな」

「赫天で? ラウーダかブルガザルノにした方がいいわ」

「……そうだね」


 まずは勝てる相手で。セラの言うこともわかるが、湊の本心としてはアルシリーズと戦いたかった。何のために、というのは考えず。


「ブルガザルノ部隊を一掃するシチュエーションでいこう」

「強気ね」

「やれるよ」


 現れる、六機のブルガザルノ。湊は刀を両手に握り、突っ込んだ。


 かつて、皇国における空戦の基本は、前衛と後衛のタッグを組むこととされていた。だが、赫天や焔輝など、近接戦闘と砲撃戦を両立した機体が実用化されると廃れた。臨機応変な連携で、個々人のパフォーマンスを最大限発揮することが、是とされるようになった。


 この二人に於いても、それは変わらない。二人揃って斬り込んで、互いの死角をカバーし合う。時折背中合わせに旋回しながら魔力砲を放つ。初めてとは思えない連携に、教官は唸った。


 暫くの自由時間。撃墜スコアでトップを走っていたのは、やはり湊とセラのペアだった。だが、中には殆ど敵機を墜とせていないペアもいる。それで減点しない優しさを秘めて、教官が声を上げた。


「今回は、二年から数人手伝いに来てもらっている。入ってくれ!」


 現れたのは、雄牛を筆頭とした三ペア。


「彼らは、シミュレーション成績でトップの六人だ。挑みたいものはいるか!」


 手を挙げる者はいない。少しの沈黙の後、一人の手が伸びた。


「僕、やります」


 湊だった。


「湊! 嬉しいぞ!」


 雄牛がその大きな体を彼に近づけ、肩を何度も叩く。


「教官、構いませんね⁉」

「好きにしろ」


 狭いブースに体を押し込み、雄牛はシミュレータを起動する。数秒後、四人は赫天に乗って向き合った。


「湊、戸剛毅先輩ってかなり強いと聞くわ」

「だからだよ。ここで全員黙らせる」


 開始、の号令が鳴った瞬間赤い光が湊に向かって飛んだ。全力で加速をかけ始めていた彼に命中することはない。反撃を数射行うも、雄牛は機体を自在に操って回避した。


 剣戟の間合いに持ち込みたい、血気盛んな二人。心を読み合ったように刀をぶつけ合わせた。魔力コーティングを削り合い、火花を散らせる。


「やる!」


 賞賛の声が雄牛から出る。一旦距離を置こうとした湊へ、彼は執拗に追い縋る。脅しの意味で放った魔力を悉く回避する彼の接近に、湊は舌を巻いた。この人は、強いと。


 蹴りが湊機に入る。シートが揺れて衝撃を再現する。目の前がチカチカするような感覚に襲われながら湊が正面を見ると、既に雄牛はいなかった。魔力探知機。


「上よ!」


 真向切りが、来る。咄嗟に刀を翳し、受け止めた。


「赫天にはなあ!」


 猛々しい声に耳朶を打たれ、湊は一つの機能を思い出す。魔力コーティングの一点集中。二つの刃はその接点に魔力を集め、押し合った。


 来る、と直感的に判断した湊はバック。そこを魔力が通っていった。


「セラ! しっかり押さえてくれ!」

「やってるわよ!」


 連射に次ぐ連射。右へ左へ回避運動を続けている内に、湊は雄牛を見失った。そして、胸を貫かれた。


 敗けた。拳を震わせる。雄牛の健闘を称える声も、耳に入らなかった。


 一日の講義が終わり、夜。部屋に戻った彼を、優が待っていた。


「負けたそうじゃないか」

「うるさいな」

「戸剛毅先輩と渡り合ったんだろう? 僕も幸之助先輩と手合わせをしたけれど、手も足も出なかった。互角に戦えるなら、十分さ」


 机に向かう湊。


「大原芽吹の息子が負けた、って噂になってるんだろ」

「僕はそんなこと思っていないさ。心無い人間のことなんか無視すればいい」


 セラに同じようなことを言ったなと思い出して、湊は僅かに笑んだ。


「……僕は、強くなれるかな」

「少なくとも、この宍戸優よりは。恥ずかしいことに、上位に入れなかったんだ」

「実技はそこそこだもんね」

「もう少し言葉を選んでほしいところだな……」


 揃って笑い声を出す。


「さあ、勉学に戻ろうじゃないか。いつまでも話していると、終わらないからね」


 今日の講義の内容を纏めている内に、湊の中で空への憧れが大きくなっていた。今すぐにでも飛び立ちたい。作り物の空ではなく、今、ここある無限の空へ。


(僕なら、やれる)

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?