二年生は、次のカリキュラムに進む。シミュレーション室に集められた彼らに、予期していた通りの指示が出た。
「本日より、夜間飛行のシミュレーションを始める」
飛騨浩二が教卓に立ち、静かに告げる。
「今回は、各人に五回の挑戦権を与える。定期便を護衛し切ることが作戦目標だ。だが、今回の挑戦の結果で成績が下がることはない。まずは、夜間飛行の感覚を掴むことが、この訓練の目的だ」
卵型のブースの横に立って、学生たちは静かに話を聞いていた。
「敵機の攻撃もそう激しくない。落ち着けば、一機くらいは墜とせるはずだ。言ったように、とにかく夜闇の中を飛ぶということがどういうことなのか、感じ取れ」
新二年生を見渡した浩二は、一度目を閉ざして頷く。
「始め!」
その一声が響き渡れば、皆一斉にブースに飛び込んだ。股間の魔力認証機に触れ、起動。ディスプレイ付きヘルメットを被り、思考制御をオンラインに。インストールされているシチュエーションが文章で流れる。
(深夜一時……翠南島から明曉島に向かう航路か)
湊は冷静に情報を整理する。今、ザハッドナの脅威に晒されている国家では、古代兵器の出力が低下する夜間に、戦艦を改装した輸送船で物資や人を行き来させている。
軍にとってその護衛は極めて重要なものであり、夜間飛行への適性はパイロットへの適性と換言しても問題ないほどだ。
今回のシチュエーションは、比較的後方である翠南島──明曉島間の航路を進む、四隻から成る船団の護衛。機体も赫天だ。既に型落ちである赫天も、後方地帯では未だ使われている。落ちこぼれは危険な任務を任されない、ということか──湊は少し嫌な気分になった。
暗い空を飛びながら、輸送船の前に出る。鳳凰級がベースとなっているそれは、船首大型魔力砲である赫耀を取り外して物資を乗せるスペースを確保している。
鳳凰級の就役は、第二次東覇戦争以前だ。その間、大きな設計変更もされないままに運用され続けている。
(赫耀だって、いつか時代遅れになるんだろうか)
部品レベルでのアップデートは行われているはず。なら、まだまだ使えるのだろうな、と彼はゆっくりと飛んでいた。
僚機となったのは、よく名前も覚えていない同期だ。頻りに刀を握り直し、落ち着かない様子だった。
「敵機接近!」
魔力探知機のアラートと同時に、セットされていたのだろう音声が流れる。湊は視線を探知機に移す。右手、船と反対側から高速で接近する反応が、三。二つはアル=サヴァラン、一つはクーウナ・ダヌイェル。
「まずはサヴァランだ! ダヌイェルは対艦戦闘に向いていない!」
湊は素早く指示を出し、背部魔力砲を何度か撃つ。真っ白な機体は闇の中でよく目立つ。蒼い光を放つ前に仕留めなければならない。
僚機は船を挟んで向こう側。合流するか、それとも船に近づけないことを優先するか。考える時間は、ない。
「先行する!」
一気にスラスタを吹かし、上昇。魔導粒子砲の蒼い光を躱すも、飛散した粒子が装甲に無数の凹みを作る。お返しの砲撃は、古代式の障壁に防がれる。やはり、剣しかない。
ガツン、と斬り結んだ瞬間、湊は逆噴射。急降下、からの急加速で背後に。刀を振るって、背部にある魔力砲とスラスタを兼ねたユニットを切り落とす。
推力の大半を喪失した機体は、突如振り返って湊機に組み付いた。
「自爆⁉」
驚いたのも束の間、サヴァランは魔導砲を放ち、湊諸共空の塵となった……。
「そもそも、赫天でアルシリーズと戦えって言うのが無理なのよね」
一回目の挑戦が終わった者たちは、休憩を許された。ウォーターサーバーから水を汲んで飲んだセラが、昏い顔の湊に向けて言った。
「性能差がありすぎるわ。ダヌイェルを先に倒すのが正解なのかしら」
「たった二機で船団の護衛をする、っていうシチュエーションが理解できない。そんなこと、現実にあるはずがないのに」
廊下のベンチに腰掛けていた彼の隣に、セラが体を下ろす。
「二回目のチャレンジからはバディを選べるみたいだけれど……どう、組まない? リベンジできないのは悔しいけれど、それが一番効率いいわ」
ずいと顔を寄せてくるので、湊は少し体を引きながら頷いた。
「大事なのは、作戦だ」
あわや鼻先が、という距離まで近づいてきた彼女は、すぐに離れる。故に、湊も冷静を取り繕って尤もらしいことを言った。
「アルシリーズを制御しているクーウナを墜として、脳味噌を潰すことが肝要なんだろうね」
「でも、制御を失った機体は自律行動に入るわ。その対策は?」
「まさか、大原芽吹より強いことなんてないよ。どうにでもなる」
俯き気味に語っていた彼は、向けられる視線に気づいて顔を上げる。セラが笑っていた。
「私に勝って自信がついた?」
「別に……そういうんじゃない。でも、客観的に見れば僕は強いんだ。なら、攻略のしようだってある」
肩を小突かれる。
「頼んだわよ、学年代表さん」
教室の方から休憩の終わりが告げられる。水を飲み干し、二人もブースへ戻った。
「ダヌイェルをどう墜とすか、ね」
ヘルメットを被るなり、セラが言う。
「アル=サヴァランが船団に接近すれば、粒子砲で沈められる可能性がある。幾ら成績に影響しないからって、難しい課題を出すのはやめてほしいわ」
「一人がサヴァランの足止めをする、べきなんだろうか」
「赫天単機でクーウナを墜とせる?」
沈黙。
「でも、あと四回チャンスがあるなら、色々試すべきよね。まずは私がサヴァランの足止めに入るわ」
「わかった。任せる」
二回目の挑戦が始まる。夜の空に、四隻の船。
「会敵タイミングはランダムみたい。気をつけなさいよ」
「そっちこそ」
魔力探知機は正常に稼働している。魔力パターンによる個人識別を重要視していなかった古代兵器、およびそれに搭載された魔力炉は、魔力の大部分を内に留めている。
だが、それでも漏れる魔力を、探知機は拾うのだ。十五分ほどで、そこに小さな反応が映った。
「サヴァランは任せる!」
湊はそう言い残すとスラスタを吹かし、船団から離れてダヌイェルに向かった。何度か放たれる、赤い魔力砲。その間をするりと抜け、距離を詰める。
誰のデータを使っているのか、緑の機体は、上から下から繰り出される斬撃を正確に弾き、時に受け流し、一太刀とも浴びさせない。舌打ちしながら増速した赫天と押し合っても、推力の差で勝ってしまう。
(どうせクリアできないと思っているんだろう⁉)
これは教官からの挑戦状なのだ。やれるものならやってみろ、と嘗められているのだ。ならば、見返してやりたい。
湊は一度離れる。そこに振り抜かれる、魔力を纏った刃。後方宙返りで躱し、あわよくば腕を、と脚を突き出したが、当たらなかった。
射撃戦に持ち込む。魔力の撃ち合いでは、埒が明かない。だが、近接戦闘でも無理だ。ならば?
結局、湊にできることは突撃しかなかった。赤い光の連射をギリギリの所で避けながら、急速に接近。刀は寝かせる。胸を貫く。それを目指して。
あと数メートル。ダヌイェルは剣を振るい、赫天の首を刎ねた。だが止まらない。そして、太刀はコックピットを穿った。
「セラ! そっちは⁉」
そう大声を発した瞬間、画面が暗転した。
「ごめんなさい、船を沈められたわ」
息を長く吐き、湊は戦場に燃えた心を落ち着かせる。
「手応えはあったよ」
その彼が言う。
「次は勝てる」
「またお祖父ちゃんに自慢できることが増えるわね」
「自慢してるの?」
「当たり前じゃない」
ブースから出た二人は、また作戦会議に入る。三度目のチャレンジで、二人は見事成功したのだった。