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ハルコンは、女エルフが夜の街道を早馬で駆るのをしばらくの間確認すると、懇意にしているNPCの一人、中年の商人に念話を送った。
『……、ワカりました。商会の各地の店舗に、馬を用意しておきます。女エルフ殿に、継馬の手配ができたことをお伝え頂けますか?』
「助かります。こんな時間に急なお願いで、申しワケありません」
『いえいえ。これまでのハルコン様のお力添えに対し、何とか報いることができぬものかと悩んでいるところでした。また何かございましたら、我々は商会を上げてご協力申し上げますぞ!』
「ありがとうございます」といって、ハルコンは念話を切った。
「フゥーッ、これでひと先ず手配が済んだかな、……」
ハルコンは漸くひと仕事終えると、洗面で手と顔を洗った後に光魔石を消し、そのままベッドにコロンと横になった。
ベッドの傍の、ナイトテーブルの上に置かれた油脂の燭台。
研究室兼居室は、その小さな照明のみ灯っていた。
さて、……と。とりあえず、事態を整理しないとな、とハルコンは思った。
今回、ノーマンに渡した薬剤は、正確には仙薬エリクサーではない。
それは、まだ開発中のアイウィルメクチンの劣化バージョン。ただの栄養剤に過ぎない。
効用としては、熱さまし、疲労回復、腸内細菌の活性化による体質改善が上げられる。
ハルコンはノーマンに、「まだ研究の途中段階だけど、それで構わないのなら」といって薬剤を渡した。
とりあえず、緊急の処置だからなぁ。完治とまではいかなくとも、多少の回復を期待できると思うんだよね。
まぁ、この薬剤に「試薬A」を加えたら、仙薬エリクサーが完成するんだけどさ。
前世の地球では、「試薬A」の素材として、夾竹桃の花びら、おしべ、めしべ、がくなど、花の構成要素の全てを使ったんだけど。
でもさぁ、……そもそも、この世界には夾竹桃がないんだよね。
今回、夾竹桃に代わる植物として「回生の木」を利用したんだけど、花の形が紫陽花に似ていて、別系統の植物に見えなくもない。
さて、どうするかなぁ、……。
これを「試薬A」として使ってみても、大丈夫なのかなぁと、ハルコンは思った。
研究用の長テーブルの上をちらりと見ると、「聖地」の「回生の木」の花と葉から抽出したサンプルが、1800ミリリットルのビーカーにたっぷり入って置かれていた。
青紫色の液体。とりあえず、乳鉢で時間をかけて拵えてはみたのだが、……。
数ヶ月前に、女神様にお会いした際に伺った話だとさ、……。
まだ地球では、私の死去以降、ハルベルト大学の研究室が「試薬A」を見つけられずにいて、アイウィルメクチンの開発がストップした状態なんだってね。
くくくっ、ふふふっ、バカ共めっ! 思わず笑いがこぼれてくる。
「どうだろう? 試しに使ってみようかな、……」
明日の朝、あのビーカーのサンプルを「試薬A」として使えるか、さっそくチャレンジしてみようとハルコンは思った。