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「まぁ、これからは少しずつでもいいから成果を見せていかないと、周りが納得しないだろうなぁ、……」
独り言を呟くハルコン。その視線は、研究用の長机の上に並ぶ無数のビーカーや試験管に向けられていた。
先程、ちょっと確認したところでは、どうやらノーマンはこの部屋の設備全般を荒らしにきたワケではないようだった。
幸いなことに、盗まれたのはマッチ一箱だけ。まぁ、こんなのは営業を兼ねて、いくらでもくれてやって構わない。
もちろん、ノーマンの行った研究室への侵入と窃盗は犯罪だから、鉄拳制裁をちゃんと加えたけどね!
ハルコンはベッドに横になりながら、今後身の処し方を如何にすべきか思いを巡らせていた。
とりあえず、明日は学校が休みだから、朝から「試薬A」を加えたプロトタイプAを作ってしまおう。
ただ、薬効を調べるための治験は、どうしようか?
おそらく、寮長が王宮に報告に向かっていることから、今後国を挙げてバックアップ体制が布かれることになるだろう。
なら、私の前世の頃と同じく、治験は国にお任せでいいだろう。
もちろん、心配がないかと言えば、それは嘘になる。
前世の頃の日本政府は、アルメリア政府に対し、陰で情報をリークしていたのではないかと思うんだ。
だから、当時協力的でなかった私は、「敵」と見做されて、ヤツらに殺されてしまった。
そして今回も同様に、この世界でも懸念することがいくつもある。
例えば、私の研究はノーマン達にずっと監視されていたということだ。
おそらく、父上(カイルズのこと)にだけ頼るのでは、もう限界が見えている。
これから先は、国を味方に付けて全面的に支えて貰わなければならない。
さもなくば、再び研究を妨害されて中断も止むなしということになってしまうだろう。
だから、もう今が瀬戸際なんだろうね!
ノーマンは、おそらく父親のジョルナムから命じられていたのだろう。
セイントーク領の発展には、ハルコンが大いに関わっている。だから、探れと。
そして、関係者以外立ち入り禁止の貴族寮だから、ノーマンが部屋荒らしを実行したというワケだ。
そして数日の後、仙薬エリクサーの「試薬A」抜きのプロトタイプBは、隣国コリンドの宮殿に届けられることになる。
それを飲めば、完治とまではいかなくとも、かなりの体調回復が見込まれるはずだ。
隣国コリンドは、それで大人しく引き下がってくれるだろうか?
おそらく私のことを、仙薬エリクサーを生み出した「大賢者」の再来、もしくは兼ねてより噂されていた「神の御使い」に違いないと騒ぎ出すかもしれない。
でも、病に苦しんでいた隣国の第3皇女が少しでも楽になるのなら、……まぁそれでもいいかと、ハルコンは思い至った。