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「それでは、ハルコン。まだ実験の最中でしたわね? 朝早くに突然押しかけてしまって、ホンとごめんなさいね!」
「いいえぇ」
それから、シルファー先輩と寮長が小声で何か話し合った後、おずおずとこう付け加えてきた。
「できれば、……『タイプB』のサンプルを、いくらか融通して頂けないかしら? 王宮でも、今話題になっているのよ!」
「えぇ、それでしたら。直ぐにご用意いたしますよ!」
「ありがとうございます、ハルコン!」
ハルコンは、さっそく冷蔵庫から500ミリリットル瓶に入った、予備の「タイプB」の水溶液を取ってくる。
小ぶりの木箱におがくずと氷魔石を入れた即席のアイスボックスを用意して、それに「タイプB」の瓶を入れて寮長に手渡した。
「すまんな、ハルコン。朝の実験中に押しかけてしまって」
「いいえぇ。これくらい、全く構いません」
ハルコンはそう言いながら、サラサラと薬剤の用量用法をメモ書きして、一緒に渡す。
すると、傍にいるシルファー先輩がニパァッと笑った。
「何から何までありがとうございます、ハルコンッ!」
「いいえぇ。今後とも、シルファー先輩のお力添えを期待申し上げます!」
「えぇ。では後ほど、学校で」
そう言って、シルファー先輩と寮長は退室した。
「ふぅいぃ~っ」
作業台の席に着くと、ハルコンは長いため息を吐いた。
このまま王宮に呼び出されることはなかったので、ホッと一安心だね。
まぁ、……あくまで「タイプB」は栄養剤の範疇だからね。
とりあえず、こちらは王宮で管理して貰っても構わない。
でも、本命の「タイプA」については、ちゃんと私の権利を主張させて貰おうかなぁとハルコンは思った。
「さて、……と」
ハルコンは、漸く一人になったところで、思念を隣国の帝都の宮殿にいる女エルフに同調させてみる。
思念を紐付けしているため、直ぐに視野が同期され、ハルコンの視覚野に向こうの様子が映し出されてきた。
陽光の差す30畳ほどの部屋の中央に、天蓋付きの豪奢なベッド。そのベッドに、寝間着姿の美しい少女が上半身を起こして、静かに微笑んでいる。
年の頃は9歳未満。頬がこけていて、青白く透き通るような肌をしていたものの、うっすらと赤味を帯び始めてきた。
すると、少女の目線に合わせて上半身を屈めながら、その両手をしっかりと握る男性の目が、感情的に大きく見開かれた。
傍らには、先日用意した仙薬エリクサー「タイプB」の空になった試験管。
アイスボックス代わりの「弁当箱」の上に、無造作に置かれていた。