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『それでは、作業をここで終えて下さい。これより審議に入らせて頂きます!』
会場中の大勢の者が沈黙して作業を見守っていたところに、顧問の老女教師の声が晴れやかに響き渡る。
すると、まるで堰を切ったかのように、観客達の間から拍手と歓声が沸き起こった。
姉サリナ、ミラ達競技者8名は、その場で作業を終えてハサミを置くと、立ち上がって正式な礼を行った。
更に響き渡る歓声。8人の競技者達は皆、やり遂げた満足感で頬を紅潮させ、目つきも誇らしげだ。
ハルコンは、姉サリナとミラがお互いの作業を褒め称えてニッコリ笑うのを見て、「ホンと、2人に教えてよかったなぁ!」と思わず呟いた。
「よかったわね、ハルコン!」
「おめでとう、ハルコン!」
両隣りに座るシルファー先輩とステラ殿下も、この熱戦に感激したのだろう。
少しだけ目元を潤ませながら、ハルコンの手をしっかりと握ってきた。
そして、場内の歓声が冷めやらぬ中、ゆっくりと顧問の教師がこちらに近づいてきて、ニコリと微笑まれた。
「師匠。これより審議に入ります。もしよろしければ『手直し』をして頂けませんか?」
顧問の教師にとって、ハルコンはフラワーアレンジメントを広めた師匠にして、「始祖」に当たる。
これまで体系だったメソッドのなかった、……「花を活ける」という行為。
この作業は、植物を使って「空間を美しく見せる」芸術行為だ。
それを、ここまでシンプルに、かつ誰でも楽しめるものにまとめ上げたのが、ハルコンの功績だった。
そんな「始祖」であるハルコンに、顧問の老女教師が深々と頭を下げている。
会場中から、驚きに満ちた歓声、やっぱり「始祖」はハルコンだったと思わず納得する女子生徒達の歓声など、ざわざわと声が大きくなっていく。
「えぇ。喜んでお引き受けいたします」
ハルコンがニッコリと微笑むと、顧問の教師も両側の殿下達も皆笑顔になる。
さて、……。「手直し」ということですが、どれくらいの感度で行いますかね?
競技者達の8つの作品をちらりと一瞥すると、どの作品も「花」の顔が太陽に向き、正面から見て、真、副、花で綺麗に二等辺三角形が出来ているのがワカった。
ふふふっ。基本に忠実で、何よりです。
ハルコンが、穏やかな笑みを浮かべながら8人の競技者達に一礼すると、彼女達は皆真剣な面持ちで日本式の礼を行った。
さっそく、個別に観て回るハルコン。
さて、こちらの方の作品は、従枝を使って奥行き感を出すのが上手ですね。
おや、こちらの方のは、後ろに反らないように前のめりにして、とてもたおやかですね。
こちらの方のは、男性らしさがありますね。こちらの方のは、……。
そんなことを思いつつ、ハルコンは的確にハサミを入れて「手直し」していく。
シルファー先輩とステラ殿下もハルコンの後にくっ付いてきて、一緒にうんうんと頷いていらっしゃる。
ミラの番になり、彼女が一礼する。喉をゴクリと鳴らして、騎士らしく緊張した面持ちで直立していた。
うん、……姉上とミラの分は、特に「手直し」は不要ですね。うん、グッドです!
勝負がつく。1位が順当にサークル代表の姉サリナ。3位にはサークルの掛け持ちで、いわゆる本気勢ではないミラが入賞したことで、会場内にどっとため息が、……。
2人とも結果に満足したのか、明るくお互いの作品を褒め称え合っていた。
フラワーアレンジメントの大会が無事終了すると、ハルコンと両殿下は、会場の後片づけを率先して行った。
両殿下は今回の件で、このサークルに入会したいと思われたご様子だ。
それから正午になり、学生服に着替え終わったサリナ姉とミラも加わると、臨時の食事会場まで皆で向かった。