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「とりあえず、ハンスさん。後学のためにも、その金属の容器を私に譲って頂けませんか?」
どうせハンスが持っていても、何の価値もない物だ。
今回の件が事件性を帯びているかどうかは断定できないが、一度王宮の特捜部に鑑定させる必要があるのではないか、……とハルコンは考えた。
「おっ、ハルコンの旦那っ! ありがてぇ! いい小遣い稼ぎさせて頂きやすぜ!」
さっそく利害が一致したようで、お互いにニッコリと笑い合うことができた。
すると、こちらの提案にさっそく値が付いたと喜んでいるハンスを見て、隊商のリーダーはパシンとハンスの頭を叩いた。
「ハンスッ、バッカ野郎っ! だっからテメェは、いつまで経ってもハンチクなんだっ!」
「あぁっ! 何だよっ、リーダーッ! この容器は、オレが沼地で拾ったんだ。だったら、オレがどう使おうが構わねぇーだろっ!?」
「るせぃっ! 大恩あるハルコンの旦那が、譲ってくれって仰るんだ。なら、黙って笑顔でお渡しするのが当ったりめぇ~っだろうがっ!!」
そう言って、ハンスから無理やり容器を分捕ろうとする隊商のリーダー。
「あぁっ、何だこの野郎っ! リーダーだからって容赦しねぇーぞっ!」
そんな具合で、……いつしかこちらの目の前で、大男2人の取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。
思わず呆れてしまったのだが、……。
でも、誰も2人を止めることができずにいる。
なら、長身の青年であるカルソン教授に喧嘩を止めさせようと思って見上げると、ニコリと笑い返されてしまった。
どうやら、荒事は専門外らしい。
王立療養所の医官達もまた、大男2人の喧嘩の仲裁に、さすがに二の足を踏んでいる様子で、……何とも青い顔をしているのだ。
すると、看護助手のファルマさんが、心配そうにこちらをじっと見てくるのだ。
「まぁ仕方がないよねぇ、……」
一応私は、セイントーク流合気術の師範だと、周囲からは認識されているからね。
なら、……ここいらで、私が蹴りを付けておこうかな。
そんなことを思いながら、ハルコンは取っ組み合いの大男2人それぞれの腰に手を当てると、そのまま床に向けてスィッと重心を移動させた。
「「!?」」
すると、突然大地が引っ繰り返ったかのように、大男2人は床に向けて勢いよく肩から転がり落ちた。
「「アィテテテテェェ、……」」
突然の肩の痛みに、顔を顰める2人だったのだが、……。
「どうぞ、ハルコンの旦那っ! これでオレらの治療費の足しにして下せぇ!」
そう言って、ハンスは痛みで苦笑いを浮かべながら、こちらに金属の容器を差し出してきた。
「ハンスッ、オマエってヤツは! これは隊商のメンバー全員の命を預かっている、オレの責任だっ! たとえ治療費がいくら掛かろうとも、リーダーであるオレが全額負担するっ! だから、オメェは一切気にするなっ!」
「リッ、リーダーッ!」
ハルコン達の目の前で、いつしかお涙頂戴の小芝居が始まってしまった。
「ンッ、ウゥ~ンッ!」
さすがに、これでは収拾がつかないと、カルソン教授が軽く咳払いをした。
すると、ピタリと騒動が止んだ。
「ハルコン所長、……今回の件は民事ではなく、王宮の管轄になりますよね?」
「えぇ。その場合、市民からは一切の費用を頂きません。全額国費で賄うことになります。それが、たとえ外国籍の者であってもね!」
「ってゆぅーと、オレらの治療費はロハってことですかね?」
こちらの話のやり取りを黙って窺っていた隊商のリーダーが、おそるおそる訊ねてくる。
「えぇ、もちろんですっ! 皆様には、予後の具合にもよりますが、あと数日はここで安静にして貰います。とにかく、栄養を十分摂ってから退所して下さいね!」
「すっ、済まねぇ。ハルコンの旦那ぁ、……」
「「「「「「「「「「「だっ、旦那ぁ、……」」」」」」」」」」」
そう言って、リーダー格の男を始め、隊商のメンバー全員の胸のつかえが取れたのか、ホッとした表情を浮かべた後、こちらの手を取って、感謝の言葉を次々と浴びせてきた。
さて、……とりあえず目当ての物はゲットできたから、もう研究所に戻ってもいいだろうとハルコンは思った。
「それでは、撤収ですっ!!」
「「「「「「「「「「ありがとうございましたぁーっ!!」」」」」」」」」」