校庭には、全校生徒が次々と集まってきていた。
他の学年はいきなり上靴のまま外に出されてきょとんとしていたが、6年は教室が横並びになってることもあって、2組でただならぬことが起こったことは誰もが知っていた。
私たちが姿を現すと、待ってましたとばかりに周りを取り囲み、質問攻めにしてきた。
「さっきの声、人間かよ?」
「中島先生はどうなったの。やられちゃった?」
私たちもあの衝撃的なシーンを伝えたくてウズウズしてたから、身振り手振りまじえ詳細に説明した。
「コラー6年、何やってんだ。最上級生なんだからビシッとしなさい!」
強い口調で叱りつけてきたのは、3年の担任になってたイケメン酒井先生だ。
先生があんなに声を荒げるなんてめったにないことだから、私たちはあらためて事態の深刻さを思い知った。
親衛隊たち──クラスのほとんどの女子──はさっと気持ちを切り替え、牧羊犬が羊を追い立てるようにキビキビ行動し出した。
「ちょっと男子、早く並びなさいよ」
「ほらそこ、とっとと歩く!」
その勢い飲まれ、男子たちも渋々背の順で並び始めた。
とその時だ。
6年2組の窓がガラッと開き、校長先生がひょっこり顔を出した。
「確保ぉ〜、身柄確保ぉ〜!」
よく見ると校長先生は血だらけのタオルでおでこを押さえている。
守谷先生の仕業に違いない。
私たちはどう反応すべきか分からなかったけど、先生たちがパラパラと拍手をし出したから、とりあえず一緒に手を叩いた。
それからしばらくして、パトカーと救急車がほぼ同時に到着し、そのけたたましいサイレンに驚いた近隣住民たちが、わらわらと集まってきた。
「ちょっと武史〜、何があったの?」
近くに住んでる武史のお母さんが、パジャマみたいなかっこうで金網越しに話しかけてくる。
でも武史はそっぽを向いたままだ。
しょうがないから拓也が返事をする。
「おばさーん。それがさ、2組で守谷先生が……」
と言いかけたところで、後ろから酒井先生にはがいじめにされる。
「うぐっ!」
そして今度は酒井先生が、武史のお母さんをはじめ、居並ぶ野次馬たちに大声で説明した。
「皆さん、児童は全員無事ですからどうかご安心ください。後日あらためて説明会を開きますんで、詳細につきましてはいましばらくお待ちください。繰り返します……」
そうこうしてるうちに二種類のサイレンがまた時間差で鳴り響き、私たちは守谷先生と中島先生──多分、救急車に乗ったのは後者──が学校から連れ出されたことを知った。
そのあとすぐ校長先生が朝礼台に立って、全校生徒に何かしゃべったはずなんだけど、具体的に何を話したかは忘れてしまった。
あまりにも色んなことがありすぎて、内容の薄い方から順に記憶が押し出されてしまったんだと思う。
でも唯一、しつこく言われたから覚えてるのは、今回のことをむやみに外部の人にしゃべっちゃいけないってこと。
それを言う時の声にはちょっとスゴみがあったから、なんとなく私たちもそういうもんなんだ、と思って納得した。
その後、守谷先生がどうなったのかということだけど、結局私たち子どもには、誰も何も教えてはくれなかった。
先生たちにきいても忙しいフリでうやむやにされるだけだし、親たちも、直後に開かれた説明会で口止めされたのか、詳しいこと何もは知らないの一点張りだった。
中島先生が復帰したのは、それから一ヶ月くらい経ってからだったと思う。
結婚したばかりで幸せオーラ全開だったはずなのに、戻ってきたら見るからにゲッソリして一瞬誰だかわからなかった。
そして2組はあの事件からしばらくの間、自習続きで無法地帯と化してたけど、ほんわかとした臨時教師、杉野先生のおかげですぐに穏やかな日常を取り戻した。
だけど私たちは守谷先生のことを忘れたわけではない。
いや、忘れようったって忘れられるはずもない。
ある日情報収集を続けていた琥太郎が、どこかの口コミサイトで匿名の書き込みを見つけたらしく、男子たちを集めてひそひそ話し合っていた。
「どうやら守谷先生は逮捕されてないらしいぜ」
「マジか」
「中島先生をフルボッコしたのに、暴行罪にはなんないのかよ」
「きっと新婚さんだから、あんなバアさんにやられたなんて、恥ずかしくて言えなかったんじゃね?」
「なるほど」
「……じゃあ、守谷先生は今どこにいるの?」
と私が話に割り込んだところで、拓也が怪談の最後みたいにおどろおどろしい声を出した。
「学校のどこかだよ‼️」
「ギャ〜ッ!」
以来、みんなは守谷先生のことを「真夜中に音楽室でピアノ弾いてた」とか「トイレの個室で『わたしいくつ?』って聞いてきた」とか、七不思議のネタに加えて伝説の教師として語り継ぐようになった。
そうして6年生の月日はあっという間に過ぎ去り、卒業式の練習も始まったある朝のことだった。
学校の駐車スペースに警備会社の車が止まっていて、何人かの先生が真剣な表情で対応していた。
「何かあったのかな?」
一緒に登校しているサクラとそんなことを話しながら昇降口へ向かっていると、6年2組の窓が開いて男子たちが呼びかけてきた。
「お〜い、早く来いよ。黒板がすごいことになってるぞ!」
私たちははやる気持ちをおさえ、階段を駆け上った。
「やっぱ先生は学校のどこかに潜んでんだよ!」
廊下では翔太がなかばパニックになりながら、泣きそうな顔でわめいている。
教室に入ると、杉野先生が色んな角度から黒板を撮影してるところだった。
黒板には何本もの赤チョークでこんな文字が殴り書きされていた。
6 年 2 組 へ
空 気 を 読 め !
〜 十五歳の熟女より愛をこめて 〜
「……愛を、こめたんだな」
優等生の春樹がボソッとつぶやいたところで、私はハッとしてカレンダーを見た。
やっぱり、思った通り!
今年はうるう年。
そして日付はもちろん2月29日。
私は背筋がゾッとして、思わずうしろを振り返った。
守谷先生がどこかから私たちのことを見ているような気がしたからだ。