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第25話:猫に烏賊を与えてはいけない

〈学武祭〉武技魔法技総合の部、団体戦。


 遮蔽物の一切存在しないだだっ広い平野のフィールド。


 ぐるりと辺りを囲む観客席からは様々な声が一斉に飛び交っている。


 なかにはあからさまにエステルを誹謗中傷するような野次も聞こえ、同時に『せぇーの、スクイドさまぁっ、大好きでーす、きゃっきゃ』という謎の声援もプラスされエステルとルナの機嫌はすこぶる悪い。


「っち、堂々とものも言えない小物。会場に乱入するぐらいの気概はないのですか」


「盛ったメス犬ども……顔は覚えたぞ。今度スクイド様に色目を使ったら……」


 スクイドはそんな二人から僅かに距離を取りつつ対戦相手の入場する入り口を静かに見つめ呟いた。


「試合の上限人数は五人ではなかったのか? 魔獣もありだとは初耳だな」


 深緑の軍服を身に纏った五人の選手が入場する。

 その様相に場内の反応は歓声と困惑で二極化した。


「あれはっ! どういうことですの!? あの方達全員【テイマー】なのですか!?」


 ルナの表情が驚愕に染まる、その視線の先に現れたのは屈強な軍服の男たちに付き従う五頭の魔獣。

 銀色の毛並みを優雅に靡かせる雄々しい狼だった。


「——っ、あの魔獣は〈銀狼シルバーウルフ〉。

 フュングラム王家が特別な調教を行い、王家の人間の命令を忠実に聞くよう躾けられた番犬。

 本来は〈牙狼部隊〉が操る軍事用の魔獣です——そして勿論アルフレッドの近衛軍はテイマーなどではなく、それぞれが特殊訓練を受けたフュングラムの兵士です」


 ギリっと苦虫を噛み潰すように表情を顰めたエステル。


 その姿を嘲笑うように選手の控え席から余裕の笑みを浮かべてこちらを見遣るアルフレッドの姿。


「ははっ! 良い表情だなエステル〜、屋敷でこいつらに追い回されたトラウマでも蘇ったか? だが、遅い。おまえは調子に乗りすぎた。遠慮なく醜態を晒してくれ」


 エステルの表情には怒りと同時に恐怖も浮かんでいる。


 スクイドと出会ったあの日もエステルは〈暗黒狼ダークウルフ〉を前に身を竦ませて死にかけていた。


 察するに、この魔獣から手ひどい仕打ちを受けた記憶があるのだろう。


 スクイドが状況を俯瞰するように見つめていると、魔獣を連れてきた彼らを咎める様子もなく試合開始の合図が為された。


「エステルっ! ぼさっとしている暇はありませんわ! 相手が例え倍に増えてもわたくし達のやるべきことは変わりませんっ!! それに、わたくしの【固有能力】は多勢にめっぽう強いのはご存知でしょう?【固有能力:神樹召喚】!!」


 放心気味のエステルをグッと引き寄せたルナは手にした杖を地にかざす。


 瞬間、スクイドたちを覆い囲もうとしていた軍人達と銀狼シルバーウルフの足元から淡い光を宿した巨大な木の根が次々と立ち上り放射線状に広がっていく。


「ふむ、召喚が禁止されているのに【神樹】は認められるのだろうか」


「え、は、はい。【固有能力】は通常魔法と違う枠組みで捉えられますので! 厳密には評議会が禁止しているのは〈召喚系魔法〉及び新たな〈召喚魔法〉の開発と研究でして、っ、そ、そんな場合ではありませんわ!スクイド様っ」


 緊迫した空気に素朴な疑問を投げかけたスクイドへ律儀に応えながらも召喚した【神樹】を操る。


 飛びかかる銀狼を次々と薙ぎ払うルナ。その陰から剣を構えた近衛軍の一人が無防備なスクイドへと剣を振り抜く。


「ごめん、ルナ! もう切り替えたっ!」


 間に割って入ったエステルが相手の剣を弾き返し、一瞬のうちに煌めく刃が数度男を斬りつける。


 ルナは瞬時に神聖な光を帯びた樹の根を操作し、編み込まれた樹々は即席の袋小路を作り上げた。


 背中合わせに並び立つエステルとルナ。


 二人が見据える先だけが唯一この袋小路へと侵入できる経路。


「これで、数の利はないも同然ですわ。あとはどちらが多く」

「敵を倒すか! 上等よっ」


 神樹の防壁を打ち壊さない限り、人ひとり通るのがやっとのスペースしかない袋小路では、スピードこそ求められるものの、瞬間的に一対一の状況を作り出せる。


「……ふむ」


 瞬く間に屈強な兵士の一人を再起不能にしたエステルの剣技、すぐさま自分達にとって有利な状況を作り上げたルナ。


 二人の技量に目を見張りながらスクイドは背中合わせで緊迫した視線を袋小路の出入り口へと向け続けている二人の側にゆったりと歩み寄る。


「……ルナの【固有能力】は興味深いな。他に何ができる?」


「え? え、えっと……召喚した【神樹】はわたくしの意のままに動きますので、物理的な攻撃手段としても、現状のような盾にもなります。

 あ、あとは〈神聖〉を帯びていますので〈闇〉などの属性に強く、樹液には癒しの効果も、あ、この【魔杖】は単に魔力のコントロールを滑らかにするための道具でして」


 場違いな質問でもスクイドに興味を持たれることが嬉しいのかやはり律儀に応えるルナ。


「あなた達、今は戯れている場合じゃ——っておかしいわね? 敵の気配がない?」


 今三人の視界は袋小路の出入り口以外遮られている。


「ちょっと周囲の様子を見てみましょう。あ、スクイド様! わたくし【神樹】を通して周囲の〈声〉を聞いたり〈見たり〉することも出来ますのっ」


 再び嬉しそうにスクイドへと説明を行ったルナがスッと目を閉じて、


「な、なんですのコレは!? え、影? 大変ですわ、相手側は魔獣も含めて全滅。全員が黒い影のようなものによって拘束されていますっ!! 一体なにが」


 慌てて展開していた【神樹】を解除し、状況を確認するルナ。


 困惑するエステル達の前には倒れ伏す近衛軍と銀狼、控室には愕然とした様子で目を見開いているアルフレッド。


 観客も何が起きたか理解できていない様子で静寂と混乱に包まれていた。


「え、これってどういう状況? スクイド、なんかした?」


「スクイド様、この【影】は、まさか本当に」


 詰め寄ってくる二人を余所にスクイドはパチンっと指を鳴らした。


 すると、スクイドの影が揺らめき瞬時にそれは人の姿を形作る。


「はっ、お呼びでしょうか御館様っ!」


 現れたのは、特徴的な黒い猫耳にスレンダーな肢体。

 耳と同じ黒く短めの髪がボーイッシュな雰囲気を醸し出している美少女。

 可憐というよりは怜悧な美しさを思わせる。


 まさしくクールビューティーな感じの少女がスクイドの前に片膝をついていた。


「「え、っと……どちらさま?」」


 突然現れたクールビューティーに困惑を極めるエステルとルナの二人にスクイドは首を傾げて告げる。


「誰とは? どう見ても『アイリス』だが」


「「——っ!?!?」」


 声にならない声を上げながら何度もスクイドとアイリスの姿を見直すエステルとルナであった。

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