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第26話:烏賊の影に生きる忠臣

 目を白黒させたまま硬直するエステルとルナ。

 クールビューティな黒猫美少女アイリスは凛とした声色をもってスクイドに応えた。


「御館様への目に余る無礼、勝手ながら有象無象どもは全て粛清させていただきました。

 ——ぼ、ボクの勝手な行動に対する、ば、罰が必要なら……どうぞ、お好きなように」


 スクイドは俯きながら頬を赤く染めるアイリスの頭にポンポンと手を置き、


「自分がアイリスに罰を与えたことはないと思うのだが……良い結果だと、褒めておこう」


 言うとアイリスは目を輝かせ「光栄の極みっ、有難く!」仰々しく頭を下げ、再び影に消えようとしたところへ待ったがかかる。


「「いや、いやいやいやいやっ!?」」


「行かせないよっ? スクイド、なに? どういう状況? え? どこから突っ込むべき?」


「スクイド様っ! わたくしと言うものがありながら、相談もなく他の女を部隊に入れるなんてっ——そこの雌ネコ、ちょっと面貸しなさい」


「ふん、ボクは御館様の影。あんたらと馴れ合うつもりも語らう事も何一つないね」


 ツンと外方を向くアイリスの反応に青筋を浮かべた二人は、


「スクイド、ちょっとこの子借りてくわよ」


「ええ、上下関係と報連相の大切さを叩き込んで差し上げます」


 ガッチリとアイリスの両腕を拘束。


「な、やめろっ! ボクは御館様のお側にっ!」


「……ふむ、女子会。実に興味深い催しだ」

「お、おやかたさまぁあ〜〜」


 引き摺られていくアイリスを見送ったあとで、訳がわからず騒然としている会場をぐるりと見渡したスクイドは、ひとまず天に向けて力強く拳を突き上げるポージングを決めてみた。


『——っ! 勝者、チームエステル! チームエステルの勝利です』


 会場アナウンスと同時に響きあう歓声、黄色い声援、鬼のようなブーイングを背中に浴びながらスクイドは会場を後にするのだった。




 ***




 〈学武祭〉武技魔法技総合の部、団体戦もいよいよ大詰め。


 アイリスが仲間に加わった事で順調に勝ち進んでいったエステルのチームは、総合成績首位を独走しながら最終試合を迎えようとしていた。


「いや、修行で成長っていってもさ? 外見と中身変わりすぎじゃん? 最早別人でしょ」


「あのいけ好かない娘が、本当に小さくて可愛らしかったアイリスさんだなんて、未だに信じられません」


 最終試合が始まろうかと言う局面でだらけ切った様子のまま呆然とフィールドを見渡す二人に、スクイドは向き直る。


「ふむ、アイリスは元々魔力的にも潜在的なポテンシャルも高い方だった。だが【固有能力】の性質と発現のタイミングが最悪であった為に未成熟な体をしていた。自分は、本来あるべき姿にアイリスを戻したにすぎない」


 どこか誇らしげに腕組みをするスクイドをジト目で見据えるエステル。


「本来あるべき姿を通り越してるから、絶対。まあ、私としては強力なメンバーが陣営に増えたのは喜ばしい限りだけどさ?」


「本当に憎らしいですわ……あんなに強かったら、認めざるを得ないじゃありませんの」


 三人の視線が向かう先。


 護衛や従者ではなく五人の生徒だけで構成された文字通り優秀なチームをたったひとりの黒髪猫耳のスレンダーな美少女が睥睨している様はそれなりに違和感がある。


「あんた等の無様な敗北を持って、御館様への忠誠とさせてもらう」


 冷笑を浮かべるアイリスに対峙する五人の生徒はグッと口元を噛んで怒りを堪える。


「みんな、相手を舐めてかかったらダメだ。ここまでの試合を見る限り、一人であろうと全力でやろう」

『応っ』


「とにかく影を展開させないっ! 速攻で決めるぞっ!」

『応っ!!』


 最終試合に残るだけあってメンバーの意識も練度も十分に高い。


 本来ならそれにこちらも全力で応えるのが礼儀、スクイドはチラリとチームのリーダたる王女を見遣る。


「もう私帰っていいよね〜? 次の個人戦に備えなきゃだし〜、昨日張り切りすぎてあんまり寝られなかったんだよねぇ」


「もう、はしたないですわよ。あ、ネイルが欠けて——」


 スクイドは視線をアイリスへと戻す。


『え、え〜では、団体戦最終試合を始めます。両者位置につき、試合、開始!』


 困惑気味のアナウンスが流れると同時、相手チームの内、前衛の三人が地を蹴ってアイリスへと急接近。


 後衛に残った一人が魔法を構築し、そこを守るように中衛がショットガンのような武器を構えてアイリスに照準を合わせる。


 タンクが最前衛に陣取り、両サイドから片手剣と大剣を手にしたアタッカーが斬り込む。


「【光属性魔法:陽光の光サン・ライト】」


 瞬間、後衛で魔法を構築していた術者が放った光の球が頭上から眩く一面を照らす。


「これで影は封じた! 終わりだっ!!」


 両サイドから振り下ろされる刃。


 前衛に構えた盾持ちが動きを封じに掛かり、その隙間を縫うように中衛からダメ押しの炎弾がショットガンから放たれ、


「あくびがでるね——【影操作:縛】」


 瞬間、全員の足元から伸びた影が彼らをその場で拘束した。


 しかし、放たれた炎弾だけは勢いのままアイリスへと接近。


「返すよ【影渡り】」


 アイリスが手を振る。


 手に纏った影の尾が炎弾を呑み込んだ瞬間、それはショットガンを手にした中衛の足元から出現し顔面にヒット。


「影を封じる? はははっ、あんたらはバカなのか? 光は影の脅威たり得ない。そして、万物に影は宿る。あんた達の心もそうだろ? ほら、心の影が滲み出ているよ?」


 動きを封じられた彼らの胸に黒い〈影だまり〉が渦を巻き始め、同時にアイリスが虚空に生み出した影の渦へと腕を突っ込む。


「——狂おしく咲いて枯れ落ちなよ。【影咲き:椿】」


 彼らの胸元にできた〈影だまり〉から現れたのは細く美しい漆黒の腕。


 それぞれの腕が質量を持った影の刃を手中に生み出し、同時に全員の首筋へと影の凶刃が振るわれる。


『——っ!?』


 五人の生徒達が事切れたようにその場へと倒れた。同時に無数の悲鳴が周囲から飛び交う。


「ふん、あんたらではボクの相手には役不足。御館様の御前に立つことすら烏滸がましいのさ」


『し、試合終了〜。勝者チームエステル。この瞬間、団体戦総合成績一位がチームエステルに確定いたしました』


 団体戦総合一位を獲得したアナウンスに会場は沸く。はずが、なぜかちょっとどんよりした空気に覆われたまま、まばらな拍手だけが響いている。


 エステルがジト目で言った。


「本来あるべき姿? あのアサシンまっしぐらなアイリスちゃんが? へぇ〜?」


「……」


 スクイドはちょっとだけ反省した。

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