目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第27話:烏賊とメイド?

〈学武祭〉魔法技の部、個人戦。


「次は個人戦ね! 私は魔法技にはでないけど、ルナは出なくてよかったの?」


「放せっ! ボクは御館様の影なんだぁあ!」


「わたくしは本来学術部門だけ参加する予定でしたの。今回は強引な貴女の方針に巻き込まれただけですわ?」 


「御館様の影に、ボクはもどらなきゃ、く——なんだ、この蔦っ! 影に潜れないっ!」


 エステルは【神樹】で拘束されたアイリスを間に挟んでルナへとジト目をむける。


「そんなこと言って、魔法技部門の参加申請を忘れていただけなんじゃ?」


「おい、あんたたち聞いてるのかっ!? ボクを挟んで普通に会話するなっ!」


「ち、違うに決まっているでしょう? あなたじゃあるまいし!!

 そ、それに、わたくしとスクイド様は背中を合わせる間柄であって武器を向け合う運命にはありません。 

 お胸をお借りして力及ばす敗れたわたくしを介抱するスクイド様——ッ!!!

 というシュチュエーションに憧れはしましたが、運命はどうあってもわたくしとスクイド様の敵対を望んでいませんのよ」


「やっぱ、忘れていただけじゃん」


「……」


 素敵な妄想の世界に溶けていくルナを横目で流し見つつエステルはムスくれて大人しくなったアイリスへと視線を向ける。


「改めてよろしくねアイリス。まさか、こんなに見違えて——というかほぼ別人にフォルムチェンジして戻ってくるとは思わなかったけど」


【神樹】の蔦で拘束され身動きの取れないアイリスはエステルを一瞥してすぐに鼻を鳴らす。


「ふん、勘違いしないでよね。ボクは御館様に仕える影。あんたの従者じゃないから」


「ふふ、その喋り方や口調がアイリス本来の性格なのかな? でもよかった。アレだけの力を〈学武祭〉で見せつけたんだもの、もう誰もアイリスのことを揶揄ったりしてこない」


 エステルは心底ホッとした面持ちでごく自然に癖っ毛な黒髪を透くように撫でた。


「————っ!?!?」


 アイリスは途端に赤面して俯き顔を伏せる。


「あなたたち、そろそろスクイド様の出番ですわよ! 気合いを入れて応援なさい!!」


 ルナが観覧席から身を乗り出してスクイドの入場コールを叫び始め、それに対抗するかの如く黄色い声援の軍団が甲高い声を上げ、一部太い声のブーイングが起きる。


「積もる話もあるけど、ルナの言う通り今はウチの隊長を応援しましょうか」


 アイリスはどこか居心地悪そうに目を逸らし、コクリと静かに頷く。


 その様子を見てエステルは【神樹】の蔦を優しくほどき、アイリスの手を取って狂喜乱舞しているルナの横に並んで立った。


「——……あ、えっと、その」


「ん? なに?」


 もじもじとした様子でエステルの隣に立ったアイリスは『選手入場』のアナウンスでより高まった会場の熱気に声がかき消されるなかで静かにポツリと、


「あの時は、た、助けてくれて……ありがとう」


 アイリスの呟きに、黄色い声援とブーイングが重なる。


 エステルはそれでもしっかりと耳に届いた彼女の『本音』に思わず破顔し、アイリスと手を握り合ったままルナに負けじと入場したスクイドへ声援を送る。


 アイリスもまた自然な笑みを浮かべスクイドにエールを送っていた。




 ***




『魔法技の部、個人戦のルールを説明いたします。

 魔法技の発表は総合線と同じく試合形式で行なっていきます。ですがこの個人戦においては原則〈魔法〉以外の使用を禁止とし、相手への攻撃、防御に関しても全て〈魔法〉でのみ可能としています。両選手は指定の位置から動くことが出来ず、身体能力を利用しての〈回避行動〉を取った時点で失格となり——」


 スクイドは選手控室で説明アナウンスの声を聞きながら個人戦のルールをひとり反復していた。


「……ふむ。つまり、〈魔法〉を使用した相殺か防御でしか相手の攻撃は防げない。単純に構築速度の速さ、防御を突き破る火力、いずれかが突出していなければ単調な試合のまま時間切れを迎えてポイントによる評価で勝敗を決する形となる。そうなれば観衆は退屈だろうな」


 現在誰もいない選手控室にスクイドの呟きが溢れ、しかし本来返ってくるはずのない返事が返される。


「そう単純なものでもないのよ〜? 

 なにせ〈学園〉の生徒は魔法レベルも高いもの。後手と見せかけた〈反射〉によるカウンター、先手が魔法を放つと同時に発動する魔法トラップの設置。必ずしも『早い』子が有利というわけではないの、まぁそれでも構築の速度は重要だけどね? 要は単調にみえて結構駆け引きが重要なのよ」


「ふむ、イザベラか」


「はぁ〜い、スクイドくん。お姉さんが応援にきてあげたわよ」


 ストンといつの間にか背後に立っていたイザベラはスクイドの隣に極近い距離で腰を下ろす。


は無事にを発揮できたみたいねぇ、お姉さんも安心しちゃった」


「ふむ、アイリスの能力とイザベラの戦闘技能は非常に相性が良かった」


「ふふ、お姉さんも〈元暗部〉としての経験がこんな所で役に立つなんて、思わなかったわ」


 スクイドの肩にしなだれ掛かるように身を寄せ耳元で囁くイザベラ。


 イザベラは〈アイリス育成計画〉において非常に有用な働きをしたとスクイドは考えている。


 アイリスの【固有能力】や魔力の拡張、精神的な強さを引き出す訓練はスクイドが、能力を駆使した戦闘技術の提供は主に〈王国の暗部〉としての経験をもつイザベラが行なっていた。


「それと、もう一つ。ルナちゃんを襲撃した悪い子ちゃんたちの狙いがわかったわよ?」


「ふむ」


 エステルの使用人であるイザベラが持つ裏の顔。


 その能力を活かして彼女はルナとスクイドが出会う切っ掛けになった〈事件〉の調査を行なっていた。


「エステルちゃんの陣営に入ったからにはあの子の身も守ってあげなきゃね? 

 ルナちゃんの襲撃を企てたのは〈魔王信仰教団〉に所属する〈異形種の魔族〉。彼らは勇者によって五百年前に滅ぼされたと伝えられている〈魔王〉を復活させよう〜って、ちょっと何言ってるかわからない組織なのだけれど。

 その魔王? の復活に強力な【固有能力】をもった、若い女の子たちを攫っているみたい……なんで若い、しかも女の子なのかはわからないけど。それがルナちゃんを襲った子たちの正体よ」


「……魔王か」


 エンシェント・カオス・クラーケンという魔獣として太古の昔を生きてきたスクイドは当然その存在も知ってはいる。


 だが、それはあくまで〈地上世界〉の話であり、海底の奥底に巣食っていたスクイドにとってはあまり接点のない存在。


 それはそれとして、彼の存在を呼び起こすために人種が躍起になっている状況というのは、スクイドとしては興味深くもあった。


「正直お姉さんとしては〈王戦〉に関わりのないイザコザにあまり首を突っ込むべきではないと思うわ? ルナちゃんにその子たちが固執しているならともかく。偶然標的になっただけ。なら、最低限の自衛で今は様子を見るべきじゃないかしら?」


「……ふむ。向こうがこれ以上仕掛けてこないのであれば、自分が仕掛ける必要もないか」


 イザベラはエステルの事を強く心配している。


 スクイドはその気持ちを尊重するように頷いてみせた。


 しかし、スクイドはある程度の確信も同時に抱いていた。


 この事件は再びスクイドが関わることになると。


 スクイドの行動原理は基本的に〈自己の欲求〉に沿っている。

 スクイドがエステル陣営を強化したり、〈学武祭〉に対して真面目に取り組んでいるのも、全ては『触手プレイの筆おろしはエステル』と定めているからであり、目的のためであれば本気で王戦を勝ち抜こうと考えている。


 だが同時に〈知識の探究者〉たるスクイドにとって、『ハプニングには前のめりに首を突っ込む』姿勢であり、素体の記憶的感情も『イベントフラグは全部回収が基本』という思想を強く意識している。


 故にスクイドは確信しているのだ。


(フラグはすでに立っている。では、次に必ず関係イベントが起きるはず)


 同時にスクイドはイザベラにそれらを話しても不安を煽るだけだと考え口を紡ぐ、


「ふふ、なんだか諦めていない、悪い子の顔してる」


 表情が乏しいことに定評のあるスクイドだが、イザベラには通用しないらしい。


「ふむ……そろそろ、試合が」


「ふふふ、だぁ〜めっ、ふふ」


「試合……ぅ」


「ふふふふっ、ぁ————なっちゃたね」




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?