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第28話:烏賊より出し禁断のゲソ、汝に力を……

 大きな歓声に包まれ、ちょっと眩しく感じる日差しに目を細めながらスクイドは入場した。


「……ふむ、ここまで歓声を浴びるほど自分は目立つ動きをしていないと思うのだが」


 全身を包み込むような歓声の高揚感に身を委ねるように歩きながら指定の位置へと歩みを進める。


「はっ! 自分なに勘違いしてんねん!」


 スクイドの正面、対戦相手側から発せられた声に視線を向ける。


「この歓声はウチ! 可愛いらしい女の子らがこのテン・ライコに大注目してくれてんのや!」


 バシッとお世辞にも無い胸をはる白髪に近い金色の髪に黒いメッシュの入った髪を肩まで伸ばした少女がスクイドを正面から睨み据えていた。


「ふむ、『自分』とは自分のことだろうか?」


「はぁ? 自分は自分に決まってるやろ、何訳わからんこと言うてんねん。それより、自分! 最近このテン・ライコ様を差し置いて〈学園〉でも屈指の美少女ちゃんらを手籠にしとるらしいな?」


 テン・ライコと名乗る少女が黄金色の瞳に怒りを宿し、


「学園美少女ランキング堂々の第一位、学園令嬢ルナちゃんっ! 可憐で美しいスタイルに美貌を兼ね備えたパーフェクトエルフっ子! ほんま、あの可憐さは天地を震わせるで。


 更に悲劇の王女にして美少女剣士! 不幸な状況にも笑顔で振る舞う健気な姿は隠れたファンを多く抱えとる、王道ヒロインエステルちゃんっ! ついで流星の如く現れた謎のクール美少女、アイリスちゃんまでも……!!


 自分は、ウチのストライクゾーン尽くかっさらわんと気がすまへんのか? ああ?」


 怒涛の勢いでスクイドへと言い募った。


 スクイドは困惑という感情をここまで強く感じたのは初めての経験で。


 胸はない、しかし目の前のテン・ライコと名乗る少女もスクイドの目には普通に美少女であった。


 そんな美少女がなぜ、嫉妬という感情を初めて相対したスクイドへ向けるのか理解が及ばず、しかしここで、瞬間スクイドの脳に稲妻が走る。


「——っ!! これが、百合という概念」


「そういうガチな奴と違うわっ! ウチは、自分が可愛くない分可愛い女の子見て癒されたいねん。可愛い女の子が可愛い女の子と戯れとる尊い姿で眼福したいねん。そこに自分みたいな男の絡みはいらへんのやっ!」


 スクイドは相手の言い分をジッと聞き、毎度おなじみになりつつある台詞を口にする。


「テン・ライコも十分に美少女だと思うのだが? むしろ三人に引けを取らない美少女だ」


「は? はぁあ!? 自分本気で言うてんの?」


 テン・ライコの表情が赤面、ではなく只管変な生き物を見る目で驚愕に染まる中、


『それでは個人戦、第一試合開始』


 試合開始のアナウンスが響き渡る。


「ようわからんけど取り敢えず自分、いっぺん死んどき————【雷属性創造魔法:雷虎砲牙らいこほうが】‼︎」


 テン・ライコの全身から雷光が迸り、瞬く間に構築された虎の顎を形作る雷がスクイド目掛けて放たれる。


「ウチが美少女? 冗談きついでほんまに、サブイボ立つわ。そのまま逝ってまえアホんだら。【雷虎連撃牙らいこれんげきが】」


 初撃がスクイドへと着弾するよりも早く追撃の魔法を放つテン・ライコ。


 都合十一連の魔法が全方位からスクイドへと襲いかかる。


「魔法……か。この体になって得た経験だが、魔法や武技を用いて〈戦う〉という行為は実に興味深く、面白い——【深海魔法オリジナル深海の壁アクアウォール】」


 直撃の瞬間、スクイドを覆うように真っ青な水の柱が吹き上がる。


「ははっ! アホちゃう自分? 雷属性魔法あいてに水属性で防御出来るわけ……な」


 殺到した雷の虎はスクイドを覆う水の柱に直撃、その尽くは貫通することなく分散して塵のように消えた。


「な、なんでやねん! ただの【水の壁アクアウォール】にウチの【雷虎砲牙らいこほうが】が負けるわけっ、認めへん、絶対みとめへんで————【雷虎らいこ爪撃連斬そうげきれんざん】!」


 迸る雷光。


 テン・ライコが腕を振るう度に繰り出される鋭利な爪を思わせる雷が次々とスクイドを覆う水の柱を斬り裂く。


 だが、それらは全て瞬時に分散して消えていった。


「なんでやっ!? なんで、ウチの雷が」


「……ふむ。雷に打たれるという体験も悪くはないが、今日は勝たせてもらう。それと——」


 驚愕に目を見開いているテン・ライコへ向けて翳す手の平に拳大の水の塊が生成され、


「やはり、テン・ライコは美少女だと素体は認識している」


 水塊はスクイドの手を離れテン・ライコのもとへ跳ぶ。


「っく! 雷豪障へき———っ!?!!? なんや、ねん、自分」


 咄嗟に障壁を展開して身を守ろうとしたテン・ライコの眼前で水の塊は数十倍に膨れ上がり巨大な水飛沫を立ち上らせながら会場の一部と共にテン・ライコを吹き飛ばした。


「ふむ【深海魔法オリジナル深海弾アクアバレッド】といった所か……技名、というのも胸の内側深くに響くようで——良い」


 戦うという概念が、ナワバリに近づく外敵を追い払うという行為とその延長でしかなかったスクイドにとって、技術を磨きぶつけ合う〈闘争〉には非常に興味をそそられた。


 スクイドもとい素体の内側で騒ぐ、秘められし禁断の症状。


「……この疼きを、暴走を止めなければ。闇の力が抑えられない」


 なんとなく意味深なセリフを手のひらで表情を隠しながら呟いたスクイドは、一先ず落下してくるテン・ライコを華麗に受け止め、


「自分を超えたければ……受け入れろ、闇を」


「な、にすん——もごご、ん」


 瞬時に取り出した携帯用の〈ゲソ〉を無理やり口内へと押し込む。


 なぜか気絶したテン・ライコを救護員に預けたあと、ちょっとカッコ良いポージングをシュバっと決めたスクイドに、大歓声。


「スクイド、なにやってんの?」


 卓越した聴力でエステルのぼやきを聞いて取ったスクイドは途端に我へと返り、


「……危うく、呑まれるところだったな」


 一呼吸をついて会場を後にした。


 その後、実は優勝候補筆頭であったテン・ライコを子供扱いしたスクイドに戦意を喪失した生徒達は無様を晒したくないと次々に棄権。


 個人戦はスクイドの総合一位で幕を閉じた。

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