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第29話:烏賊に魅入られし王女の本気

〈学武祭〉闘技の部、個人戦。


 魔法技の部では初参加で優勝を飾り、今や〈学園〉で注目の的となりつつあるスクイド。


 その両脇を固めるように陣取るのは、群がろうとする女子に唾を吐き散らしながら唸るルナと影を操りとにかく近づくもの全てを亡き者にしようとするアイリス。


「メス猫、雌犬、女豹、とにかく発情した下品なメス豚どもがっ! わたくしのスクイド様に近寄るなですわっ! それ以上メスの匂いを近づけたら、コロス」


「御館様の前後左右に死角なんてないよ、ボクが影として守っているからね! 近寄る物は全て敵、イザベラ師匠の教えを実践する時っ!!」


「……ふむ、接し方が、難解だ」


 こう言う状況では頼りになるツッコミ要素エステルは現在スクイドたちのいる観覧席にはおらず、眼下に見える会場で獅子奮迅の快進撃を繰り広げ最終試合を迎えようとしていた。


 スクイドの視線の先、余裕の素振りで先に会場入りをしたエステル。


 闘技の部では魔法技と対照的に魔法の一切を禁じている。


 しかし、身体を強化する類の魔法及び武具を生み出したりなどする【固有能力】に関しては認められており、そんな中エステルは剣の技量のみで今あの場所に立っていた。


「エステルの類まれなる剣技の才、その実力に奢ることなく研鑽し続ける姿勢。わたくしもその点に関しては彼女を評価していますし、ここまでの結果は当然の流れでしょう。ですが、この最終試合……エステルは苦戦を強いられることになると思いますわ」


 いきなり普通のテンションで絡んできたルナに一瞬ビクッと無表情で肩を跳ねさせたスクイド。


 会場へと視線を向ければ対戦相手が丁度その姿を現した。


「へぇ……面白そうな相手だね。当然ボクの敵ではないけど」


 言われてみれば以前のアイリスでは絶対に溢さないような台詞だ、と今更思い至ったスクイドもその鋭い視線が見据える相手をジッと見つめる。


 エステルの倍は優に超えていそうな体躯。


 逞しく遠目で見ても強靭な体つきは弛まぬ鍛錬による結果だと見て取れる。


 一見すれば人種、人族の雄に見えなくもない、だが、萌黄色の髪の間から覗く雄々しい二対の白いツノはまさしく、


「人種、竜人族か……初めて見るな」


「いえ、スクイド様。同じクラスですわ」


「ふむ……」


 ふと、学園に来てからの日々を思い出すスクイド。


 言われてみれば男子生徒と絡んだことが一度もない事実に気がつき、


「自分には、まさか……友人が、いない?」


 愕然とするスクイドを余所にルナは続ける。


「リュウゼン・ドラグニル・アングゥイス。エステルが今まで一度も相手ですわ」




 ***




 エステルの目の前に見上げる程の体躯を誇る大男が立ちはだかる。


 しかしエステルに怯む様子はなく、むしろ王女らしからぬ武人な笑みで持って向かい合っていた。


「この時を待ち侘びましたよリュウゼン! この半年であなたを優に超越した私の剣技に沈み、おとなしく軍門に降りなさい!」


 リュウゼンは悠然と手にした長大な偃月刀を一薙ぎ。風圧で持ってエステルに応え、豪快に笑う。


「がはははっ! 相も変わらず豪胆な姫よ。いや、吾輩が唯一武人として認めたオナゴに姫という敬称は無粋よなエステルっ!!」


 並の相手であれば卒倒しそうなリュウゼンの威圧を前にエステルは平然と対抗して見せる。


「九九戦九九引き分け。今日、記念すべき私たちの百戦目に勝ち星を付けさせてもらいます。当然、近衛軍入隊の約束は覚えていますね?」


「吾輩も身分があると言うておるだろうに……だが男に二言はない。竜の牙も鱗も尾もない吾輩はうぬと同じくどうせ皇族の爪弾き者。なればこそ極めた武と技の冴、そう易々とは超えさせんぞっ」


「望むところですっ」


 互いに殺気を迸らせ、構えを取る。


「絶級美少女にしてフュングラム王国が誇る剣に愛されし王女エステル!」


「アングゥイス竜帝国の第三皇子リュウゼン」


「雌雄を決するこの立ち合い、推して参ります!!」

「いざ、尋常に勝負っ!!」


 威風堂々と名乗りあった両者が同時に地を蹴り間合いを詰める。


 剛腕により振り抜かれた偃月刀の刃をエステルは真正面からきっちりと受け止めた。


 まずは一合。


「……うぬ。命を刃に背負ったな」


「ええ、もう私は〈模擬戦〉最強ではなく、常在最強剣姫です!」


「確かに、吾輩も全霊をもって応えねば、厳しそうだ」


 同時に距離を取った二人は、再び瞬時に中央まで距離を詰め二合、三合と打ち合いを繰り返す。


 リュウゼンの偃月刀がゴウっと空を裂き、巧みな技量で受け流したエステルが軽やかに宙を舞う。


 攻め手と受け手を示し合わせたかのように返し合う剣撃の応酬。


 美しく舞い踊る演舞と見紛う攻防が二人の間で繰り広げられる。


「ここまでは、いつも通り。さあ吾輩に見せてみよ! うぬの剣技、その境地を!!」


「境地? 私はまだまだ成長期ですよっ! 剣技も、これからです!」


「む、むむ、胸とか、神聖な立ち合いの場に相応しくない破廉恥な言葉を使うなっ!?」


 エステルの言葉に明らかな狼狽を見せたリュウゼンの懐へと大きく踏み込んだエステルを迎え撃つべく構えたリュウゼンの眼前で、トンと地を蹴り空中へと舞う。


「すき……、っ有りです——【飛翔回転斬り】」


「す、『隙』の後になぜ妙な間をあけるっ!?」


 エステルの口撃にわかりやすく翻弄されるリュウゼン。

 その背後へと回転と共に斬撃を加えながら降り立ったエステル。


 慌てふためきながらも当然背に回した偃月刀でリュウゼンはエステルの刃を受けていた。


「【連武れんぶ柔剣蛟嚙じゅうけんみずちがみ】はっ! はっ! はぁああっ!!」


 うねるような刃で変則的な刺突を繰り返すエステルの剣を回転させた偃月刀の柄と刃で澱みなく捌いていくリュウゼンの眼前。


「——っきゃ」

「っぬぅ!!?」


 舞い踊る体捌きで突きを放っていたエステルのスカートが敢えて回転する偃月刀の風圧を受けたかのように翻る。


「みました?」


「み、みみ、見ておらんわっ! 寧ろ、うぬがわざとっ!」


「誰が痴女ですかっ! 【秘剣:乱舞】」


 独特な歩法で剣を翻し緩急をつけた移動と不可解なポージングを繰り返すエステル。

 その際に強調される胸は不自然なほど揺れに揺れ。


「くっくぬぬぬぅ!!」


「今度こそ、すき……ありです!」


 偃月刀の間合いを踏み越えて懐まで入り込んだエステルは必殺の一撃を見舞うべく柄に力を込め、


「ふざけるのもっ! 大概にせぬかぁああああっ!!」


 大きく偃月刀を振り回したリュウゼンによりエステルは間合いの外へと弾き出され、再び一歩踏み出そうとした矢先、大きく振り下ろされた偃月刀の穂先が地を穿ち、地面を抉りながら半月状に衝撃波を繰り出した。


「っく——!!」


 衝撃をまともに受けたエステルは軽々と吹き飛ばされ、なんとか転がりながらもギリギリ体制を立て直す。


「神聖な闘争の場に、先ほどからふざけた真似ばかり。うぬは戦いにおいて『女』として侮られることを一番嫌っていたではないか!! それをよもや吾輩相手にっ!! どこまでふざけ——」


「ふざけているのは、あなたの方ですっ!!」


 怒りの咆哮を上げる若き竜人に、しかしエステルは正面から真剣な眼差しを叩きつけ言い放った。


「な!? ど、どう考えてもふざけていたのは」


「どう考えてもふざけていたのは、あなたですリュウゼン!!

 私が戦いの場で『女』として見られることを嫌がる、ええ、まさにその通りです。でも、あなたは見ているじゃないですか! 私を女として軽んじ、『本気』を出そうともしない! 私が知らないとでも思いましたか? 今まで九九戦の模擬戦を通して、あなたに手を抜かれ、事に」


「うっ、それは」


「それは? なんです? ……あなたは優しい。

 根っからの武人でありながらも、騎士であり紳士です。そして、私はそんなあなたに強くしてもらいました。この学園にくるまで負け知らずで、慢心して、環境のため捻くれていた私の剣を、あなたは正してくれた。私の心を折る事なく、引き分け続け、好敵手を演じてくれた。おかげで私は以前よりも強くなれました、剣士としても王女としても」


「……」


 エステルの偽らざる本音に偃月刀を構えたまま静かに耳を傾けるリュウゼン。


「ですから、初めにあなたが気づき、私は言いましたよね? 

 実践を知り、敵を撃つ覚悟を知り、私は強くなったと。なのに、まだ私はあなたの庇護下で育てられる存在だと? あなたには、感謝しています。だからこそ、『本気』で向かい合ってほしいのです」


 静かに、そして先ほどまでの雰囲気から一変、気迫を纏ったエステルが剣を構える。


「侮るのも大概にしてください、リュウゼンっ! そんな腑抜けた眼で、今の私と、斬り合えると思わない方がいいですよ」


 真意を見定めるように固定されたリュウゼンの瞳をエステルは見据えたまま、構えた剣の柄にギリっと力を込め、その全身からを解放した。


「——なっ、これは」


 深海のように濃く澄んだ青とイカ墨の如く漆黒の魔力が混ざり溶け合い、エステルの身体を包み込むように留まり、纏う。


「ここから先は、ずっと私のターンです」



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