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第30話:烏賊墨の力、王女覚醒

 リュウゼンが驚愕に目を見開く、既にその視界はエステルの姿を捉えきれていなかった。


「言ったでしょう。いつまでも上から優しく見守っていては、私を捉えられないと」


 背後から溢された呟きに、慌てて構えをとるリュウゼンの更に死角から、一太刀。


「——っぐぅう! おのれぇいっ」


 脇腹から本来なら腕を斬り飛ばされてもおかしくない斬撃を受けて歯噛みしたリュウゼンがエステルの姿を追って剛刃を振るうも、霞を掴むかのように消え去る残像しかそこにはなく。


「相手の力量をその身で受けて測るのはあなたの悪い癖です。今度は私が、教えてあげます」


 耳元に残る呟きだけを置き去りに、捉えられない死角から次々とリュウゼンの身に斬撃を浴びせていく。


 これが〈ルール〉に守られた模擬戦でなければ勝敗は決していたかもしれない。

 そんな焦りがリュウゼンの動きを鈍らせているようだった。


 身を固めてガードに徹するリュウゼン。

 エステルは一方的に、確実に、そして執拗に致命的な一撃を狙って剣を振り、斬撃を閃かせる。


「く、くくく、がははははっ! 確かに!! うぬの苦言は尤もだっ!!」


 大きく偃月刀を振り、エステルを間合いから遠ざけたリュウゼン。

 刹那の内に再び死角へと潜りこんだエステルの一撃を、しかし、リュウゼンはきっちりと受け止めて見せた。


「——⁉︎」


「以前のうぬであれば、例え模擬戦であっても致命傷は避けていた。何があったのかは知らぬが、磨き上げた覚悟は本物。なれば、吾輩も『本気』で相手せねば失礼よな」


 グッと力を込めたリュウゼンの振り払いに迫り合っていたエステルは後方に弾かれる。


「風は、吾輩の意志であり力。コレをただの〈風属性魔法〉と一緒にしてくれるなよ?【風属性:暴風の加護】」


 瞬間、リュウゼンの周囲に吹き荒ぶ〈風〉が意志を得たように翡翠の輝きを放ち、質量を持った暴風がリュウゼンの両腕に巻き起こる。


「凄まじい、力ですね……コレがあなたの本気。光栄、です」


 エステルは正面からリュウゼンの『本気』を受け止めるべく剣に光の魔法を纏わせ構えた。


「応えよ、吾輩の愛刀〈翠竜すいりゅう偃月刀えんげつとう〉」


 リュウゼンの言葉に呼応するように淡い新緑の色を刃に宿した偃月刀がリュウゼンの纏う暴風を吸い上げ穂先の一点に収斂。


「とく、受けよ。うぬが待ち望んだ、コレが吾輩の『本気』だぁああぁあッ!【翠竜ノ咆哮アマノ・ナギ・ラグナ】!!」


 リュウゼンが裂帛の気迫を持って偃月刀を振りかざす。


 一瞬、あらゆる音が消し飛んだ。


 次にエステルが垣間見たのは全身を呑み込まんとする翡翠に輝く巨大な〈風の竜〉の顎だった。




 ***




 スクイドが眼下を見守る中、あれだけ騒いでいたルナとアイリスも今は黙って戦いの行方を見守っている。


 それはスクイドたちだけでなく会場全体が息を呑み静寂を生み出していた。


 観客席を守るために張られたいた〈魔障壁〉が軋みを上げ、最早『武技』の域を優に超えた戦術級とも言える一撃がエステルの小さな体躯を呑み込んだ。


「コレ、エステル姫は大丈夫? ま、まぁ、ボクの知ったことではないけど? 一応御館様の雇い主なわけだし、そ、それに、明らかに今のは魔法! ルール違反じゃないか!」


 アイリスの必死な発言に苦渋を浮かべて首を振るルナ。


「身体へのダメージは肩代わりされるので心配ないと思いますが……わたくしがあの場でアレをまともに受けて立っていられるのかと聞かれれば、難しいでしょうね」


 鋭く細められた双眸で会場を見つめながらルナは続ける。


「それに、彼が用いた魔法はあくまで『風属性による身体の強化と技の増強』ですわ。彼は放った斬撃にを乗せ、魔法ではなく、あくまで自然の風を味方につけて攻撃へと転換した……とても真似できる気はしませんが、反則ではないはずです」


 冷静に解説を行いながらも、その視線は土煙の舞う会場で必死にエステルの姿を探し出そうとしている様だった。


「ふむ……頃合いか」


 スクイドが土煙によって視界の遮られる中誰よりも早くボロ雑巾のように地面に倒れ伏すエステルを発見し、何かを考える様にポツリと呟きを溢した、直後。


「あれは、エステル?」


 普段の嫌味な敬称も取り繕う事を忘れた素の声色で声をもらしたルナ。


「御館様、アレはまさか、【固有能力】ではないですか!?」


 突如、静寂が取り払われ騒めく会場と同様に、ゴウッと何かの力で霧散させられたように晴れた土煙の中心には無機質な瞳を白金に輝かせ、ピンクブロンドの長い髪を揺らめかせるひとりの王女が佇んでいた。


『ふ、ふはは! この局面で立つか! 流石、それでこそ吾輩が認めた武人よっ!!』


 拡声の魔道具が拾ったリュウゼンの声が会場に轟く中、細く繊細な、しかし明瞭で美しい呟きが静かに紡がれた。


『————【固有能力】解放。【剣神】』


 宣言するように発したエステルはヒュンっと空を斬るように手にした剣をリュウゼンへと向け振り下ろす。


 その距離は間合いの遥か遠く、誰が見ても届く距離ではない。


 エステルの謎の行動に会場全体が息を呑む中、異変は頭上より訪れる。


 はるか上空より星々の煌めく如く光が瞬いた、刹那。それは地上目掛けて降り注ぐ。


『な、なんという……これが、うぬの力、本気……ということか』


 呻くリュウゼンを余所に天空より飛来した『数百を超える剣』は次々と無造作に地面へと突き刺さる。


「剣を呼び出す能力?ですの? わたくしの【神樹】と似た力なのでしょうか」


「わからないけど、アレは多分ただの剣じゃないと思うな……一本一本から凄まじい力を感じる」


 アイリスとルナのやり取りを横目で流し見つつスクイドも降り注いだ【剣】に視線を向け、誰に聞かせるでもなく言葉を発する。


「何者かの意図か、体質か、エステルの【固有能力】。

 詰まるところその核たる部分へと本来供給される〈魔力〉の通路に滞りを自分は発見した。それを取り除いて、魔力を循環させ、〈ゲソ〉により増強された魔力の放流がエステルの核を呼び覚ました……。


 実に興味深い事例だったと言える。それにより目覚めた【固有能力:剣神】これも初見ではあるが、実に強力無比。おそらく地に突き刺さるアレらは異なる時空、異界よりエステルの召命に応じて現れた一本一本が神話級の〈聖剣〉と呼ばれる類のもの。推察するに剣に刻まれた技量、力を間借りしまた操作する力と言ったところか」


 ぶつぶつといきなり早口で考察を繰り出したスクイドに一瞬ギョッとした視線を向けたルナとアイリスではあるが、スクイドの盲信者たる二人は一瞬で都合の悪い現実を曲解させ、視線を再びエステルの方へと戻した。


『今のうぬからは、歴戦の戦士をも超える圧を感じる。高鳴るぞっエステルっ! いざ尋常に吾輩の最大級の闘争を持って死合おうではないかぁああっ!!』


 偃月刀を脇に構え腰を落としたまま突貫するリュウゼン。


 エステルは微動だにすることなく緩慢にすら見える所作で地に刺さる〈聖剣〉の一振りを抜き放った。


『な————っ』


 リュウゼンの驚愕を置き去りに、エステルは手にした〈聖剣〉を振るい、都合一〇八に及ぶ斬撃の嵐を刹那の間にリュウゼンの全身に刻む。


 スクイド以外には何が起きたのか理解も出来ていない一瞬の攻防。


 愕然と膝をつこうとするリュウゼンの背後、再び新たな〈聖剣〉へと持ち替えたエステルは輝く剣身を分裂させ、数多の刃となった光が次いでリュウゼンの全身を刺し貫いた。


 瞬く間に移動したエステルはまた違う〈聖剣〉を手にし、その効果を確認するかの如く無機質に淡々と〈聖剣〉の力をリュウゼンに向けて行使し続ける。


「これは、マズイね」


「ええ、アレでもわたくしたちの主人ですもの」


 眼下を見据えるスクイドの横でルナとアイリスは立ち上がり、躊躇なく会場へと身を投げ出す。


 会場の人々は教師陣を含め目の前の出来事にただ圧倒され、事態の把握も出来ていないまま呆然と現状を見つめ続るだけで、


「ふむ……流石は〈聖剣〉と言ったところか。物理的なダメージを肩代わりする〈魔法的な加護〉をすり抜けてリュウゼンという人種へとダメージを与えている」


 ふと考察する意識を浮上させて見ればアイリスが展開した【影】でエステルを拘束し、ルナが【神樹】を呼び出しリュウゼンへと治療を行なっていた。


「確かに、ここでエステルが殺害の罪で投獄などされたら自分としても困るな……」


 ここにきてエステルの暴走が自分への不利益を被ると理解したスクイドは観客席から会場へと飛び降りたのだった。

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