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第31話:剣神VS烏賊

 会場へと降り立ったスクイドの眼前。


 アイリスの【影】を、手元に呼び寄せた〈聖剣〉で斬り払い無機質な瞳で攻撃の対象をアイリスへと切り替え、両手に二対の〈聖剣〉を構え直したエステルがいた。


 対峙するアイリスもまたスッと表情から色を消し〈暗殺者〉として鍛えられた顔を覗かせる。


「エステル姫、悪いけどボクはあんな竜人ほど簡単じゃないよ」


「……」


 二人の姿が常人の動体視力では視認できないレベルで動き始めたことでその場から掻き消え、スクイドはリュウゼンと必死に治療を行っているルナの元へ向かった。


「……自分はスクイドだ。竜人のリュウゼンは自分のクラスメイトであり、今後エステルの近衛に入る。この認識に間違いはないか?」


「——ん、ゴフっ、うぬは……」


「スクイド様、お気持ちは察しますが、かなり深刻なダメージです。お話は後でっ、救護班の方!? いつまで呆けているのですかっ! 早く処置を!!」


 ルナの叫び声を聞いて我に返った救護班は、しかし、アイリスとエステルの戦いの余波から起こる爆風や衝撃に萎縮して二の足を踏んでいる。


 そんな状況を置き去りにスクイドはただジッと意識の境を彷徨うリュウゼンを見つめた。


「く、くく——どんな力、であっても、吾輩はエステルに負けた。完膚なきまでに、手も、足も出せず。これを敗北と言わずしてなんとする。

 スクイド。うぬの言うとおり、吾輩は竜の武人、その誇りと矜持に賭けて、エステルを吾輩の君主と仰ごう。立場、や、しがらみなど、吾輩の意思の前には、些事、同然」


「……なら、リュウゼンと自分はその他大勢の人種と比べ、限りなく近しい距離と関係を構築するもの、つまり〈友〉または〈友人〉と呼べる間柄と考えても齟齬はないだろうか」


 真顔で詰め寄るスクイドの圧力に雄々しい顔つきに似合わない悲鳴を微かに漏らすリュウゼン。


「う、うむ。よくわからんが友と呼ばれるのは歓迎する所。最も、うぬとも一度手合わせ、むぐ」


 満足したスクイドはリュウゼンの口に友好の証として拳代の〈ゲソ〉を捩じ込んだ。


「それを摂取すれば魔力が増える。その程度の傷ならすぐに完治できるくらいの〈生命力〉は回復するだろう」


 モゴモゴと咀嚼を繰り返すうちにゲソの旨みにやられたリュウゼンは静かになりルナの治療を大人しく受け始めた。


「……これで『ぼっち』というカテゴリーから自分は外れたはず」


 スクイドは内側かジワリと込み上げる達成感を無表情で感じつつ視線を未だに激闘を繰り広げるエステルとアイリスへと向ける。


 常人の目には拮抗して見えるであろう技量の応酬。


 しかし、様々な〈聖剣〉の能力を自在に操り、繰り出すエステルの攻撃に対して、紙一重で躱しながらも手傷を負っていくアイリスはこのまま続ければいずれ致命的な一撃を受ける事になるであろう事はスクイドの目に明らかだった。


「……【不可視のインビジブルゲソゲソ障壁ウォール】」


 擬態により周囲の景色と同化した触腕をエステルの軌道上へと伸ばす。


「……!?」


 スクイドの思惑通り真っ直ぐに触腕へと突っ込んできたエステルを瞬時に表皮の吸盤と新たな触手で絡めとったスクイドは、追撃を狙うアイリスに片手をあげて静止のサインを送った。


 ジッと無機質な瞳で、宙吊りにされたまま感情の消えたようなスクイドと似通った瞳の王女を見据える。


「エステル。自分は、王女エステルと契約を交わした。近衛軍となり〈王戦〉に参加し、国の実権を握るまで協力する、その対価として触手————」


 ズドンッ、と宙吊りのエステルが操作しているのか数本の〈聖剣〉が浮かび上がりスクイドへと向けて光の砲撃を放つ。どことなくエステルの表情に焦りのような物が伺えた。


 スクイドは〈不可視の触腕〉を振るい、なんなく砲撃を打ち消すと話を再会する。


「……ふむ。内容は双方理解しているモノとして話を進めよう。


 ここからが本題だが、現状エステルは自身の【固有能力】に自我を支配されている状況だと自分は推察している。で、あれば自分が契約を交わした『王女エステル』は今この瞬間この世界に存在せず。自分の目の前には『【固有能力】によって生まれ変わったエステルであったナニカ』が居るという事になる。


 それはつまり、契約の破棄に等しく、自分は自分の都合だけで『敵対するナニカ』を殲滅し、〈欲求〉を行使することができると考えて問題ないだろうか?」


 淡々とスクイドは考えを告げながらエステルとの距離を詰め、その色の消えた瞳には映るようにした無数の〈触手〉をゆっくりと宙吊りの王女へと伸ばし始め、


「……む、む、無理」


 掠れるように閉ざされた唇から呟きがこぼれ落ちた。


 瞬間、カタカタと全身を震わせながらエステルが生気を宿した瞳を恐怖に染めて見開く。


「む、むむむ、無理に決まっているでしょうっ!? こ、この場でっ、て、あなたどれだけ変態なのですか!? 私、これでも一応、王女!! じゃなくても、公衆の面前で、しょ、しょくしゅゴニョゴニョとか! ほぼほぼ公開処刑じゃないですかっ!?————ガクっ」


 突如息を吹き返したかのように自我を取り戻したエステルは真っ赤に顔を染めながらスクイドに文句を垂れ流した直後、魔導機のスイッチを落としたように顔面蒼白となって気絶した。


「……魔力切れか。しかし、自我は取り戻した様子。惜しかったな」


 ワンチャン念願叶うかもと考えていたスクイドは少し残念な気持ちに後ろ髪を引かれながらもその場から立ち去った。


 その後には、なんとも言えない空気だけが取り残されていたのだった。


 ちなみに試合の結果はリュウゼンの放った『本気の一撃』を受けた時点でエステルのダメージは規定量を超えており、この時点で負けが確定していたとの事であった。

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