緊張で時間もわからなくなってきて、いつの間にか放課後がやってきた。
もう逃げることはできない。
私は言わなければならない。私の秘密を。
「ダイヤ……来たよ」
「……入ってくれ」
みんなが訓練をしている間にダイヤに指定された教室に来た。
「さぁ……きかせてもらおうか」
「うん……」
張り詰めるような緊張感の中、ダイヤの正面の机にすわった。
「まず……ひとつ目。私は、この世界の住人じゃなかった」
単刀直入に事実を伝える。
「……そうだと思った。お前は学園以前にこの世界の常識に対してうとすぎると思った」
やはり彼女はその事実に対して予想していたように受け止めた。
「そしてもうひとつ。ひとつ目とつながるんだけど、私はもとの世界でこの世界のことを知っていた。というか……大好きな世界だった」
「そのことに関してもそうだとは思ったが……どうやってこの世界のことを知った?」
このことも予見していたらしいが当然の如く理由については見当もついてないようだった。
「この世界でいうエトンみたいな物が私の世界にもあって、そこに存在したフィクションの世界がこの世界だったんだよ」
「そうか……」
彼女はまだ腑に落ちなさそうな様子だがそれ以上言及することもなく一言呟いた。
「だから私はこの世界にこの先起こることも知っている」
「それは……すごいことだな」
「でもだからこそ……私が相手側に捕らえられたら大変なことになると言われたの。その情報を共有することは危険なことだと」
「……よく話してくれた。お前のその覚悟に、私は全力で応える。リリィ。絶対にお前を護るよ」
私の言葉を全て聴いたダイヤは、傍に来て優しく私を抱きしめた。
「ダイヤ……ずるいよ……」
「ごめんな。……でももうお前を疑うことはない。ともに戦おう。この世界で」
「うん……うん……!」
私はダイヤの腕の中で泣いた。
しばらくして私が落ち着いた頃をみてダイヤが話しかけてきた。
「どうだ?落ち着いたか?」
「うん……」
「今日は、訓練やめとくか?」
「ううん……やる……。私、強くならなきゃだから……」
ぐしゅりと鼻を啜り上げて返事をする。
「……そうか。絶対……強くなろうな」
ダイヤは私の頭をぽんと撫でて激励する。
「うん……!」
私たちは教室を出て運動場へ向かった。
「あ、2人とも来た!」
「何話してたの?」
「えっと……訓練のこと」
「リリィ……みんなにはまだ言わないか?」
つい口を濁してしまった私に、ダイヤが小声で話しかけてきた。
「うん……いや……やっぱり言う。みんなを信じる」
「わかった」
一言肯定の言葉を残してダイヤはみんなの方に向き直った。
「みんな。今日訓練が終わったら少し話をする。寮に帰ったら私の部屋に来てくれ」
「ありがとう、ダイヤ」
私に代わりみんなに呼びかけてくれたダイヤに感謝を伝える。
「何の話?」
「それはまた後でな。よし、ストレッチだリリィ!」
「うん!」
ダイヤがいつも以上に気合を入れて訓練してくれた。
そして訓練後……全員でダイヤの部屋に集まった。
「話って何?」
疲れた身体をほぐしながらクローバーがきく。
「リリィのことについてだ」
「リリィねぇね……何かしたの?」
心配そうにモカちゃんが私を見つめる。
「ううん……そうじゃなくて……」
「どうしたら強くなれるかとか?」
「おすすめの特訓法とかですか?」
「いやいや、おいしいパンケーキの情報でしょ~?」
皆口々に予想を述べていき途端に騒がしくなる。
「おい、リリィが話しづらいだろ。静かにしろ」
ダイヤの一喝でみんなは大人しくなった。
一瞬の静寂の後、私は話し始めた。
「……えっと……実はみんなに隠していたことがあるの」
「え……」
その一言で再び場はどよめき出す。
「別に、騙してたとか!……そういうことじゃ……ないんだけど。私……ほんとは……天使じゃなかったの」
緊張でたどたどしくなってしまったが私はしっかりとそれを伝えた。
「いやいやぁ~その羽根はニセモノだって言うの?それは無理があるよ」
当然疑う者もいるがこれが真実だ。
「この身体自体が……私のものじゃないの」
クローバーがどれだけ私の羽根を引っ張ろうともこの身体だけはこの世界のものなのだ。
「おいおい……じゃあまさかリリィは誰かの身体を乗っ取って……?」
今度はスパーダが物騒なことを言い出す。
「そういうことでもないの!私……別の世界から来たんだ」
「別の世界?このジュダストロ以外の世界ってことか?」
「身体は……どうしたんですか?」
「私の魂が生成したらしいんだけど……そこはシンバが一番詳しいはず」
「シンバに導かれたのか」
驚いたようにダイヤが言う。
「そう」
「……ってことはメロウ様の直属の……」
「うわ!リリィやっぱすごいんじゃん!」
シンバの名が出たことで急に信憑性が増したらしい。
「しかもそれだけじゃなくて……私、この世界のことももとから知ってたの」
「それはなんとなくわかるかも。だってリリィねぇね、みんなのことすごくよく知ってるんだもん。会って間もないのにさ」
どうやらモカちゃんも気付かない振りをしてくれていたらしい。
「それも今までのこと以上……今より先の未来のことも」
「じゃあリリィはこの先のこと全部知ってるんだな!」
「いや……全部ではないけど……というか話の内容も変わってきてるの。私や私以外の異世界人がこの世界に来たからだと思うんだけど……」
結局は自信がない。私が知っている未来はきっとこの先全てに通用するはずもないのだ。
「なるほど……リリィの情報は役立ちそうだが万全ではない……と」
頷きながらダイヤが呟く。
「じゃあリリィさんは何の目的で連れてこられたんですか?」
「天使不足だから戦いに参加して欲しいって……」
「あんまりじゃない?だって勝手に連れてきて死んじゃったら……」
モカちゃんが不満そうな声を上げる。
「この身体が死んでも魂と元の身体は残るからあっちの世界に戻れるらしいの。ただ、あっちでもらえる報酬はなくなるらしいけど」
「じゃあリリィは報酬のためにここにいるのか?」
「いや……そうじゃないよ。いくら報酬があるからといっても多分他の人たちも戦いたくなんてないとは思う。私は……みんなに会いたかった。元の世界で、私に勇気をくれたみんなに」
胸に手を当ててぎゅっと目を瞑る。
どんな戦いに身を投じることになっても会いたかったみんなが、私を信じてくれていた。
それだけでも私はこの世界で生きることを諦めたくなかった。
「リリィ……」
「みんな、こんな私でも仲間でいさせてくれる?」
私を囲むみんなを見回す。
「当たり前だろ!なんでお前が異世界から来たってだけでのけもんにするんだよ!」
スパーダが大きな声でそれを肯定する。
「でもこのことは他の人には絶対秘密だよ。このことが知られたら、私は敵に攫われるかもしれない……」
「そんなことさせない!」
「みんなで守るから!」
「絶対言わないよ!」
「安心してください!私たちはみんなリリィさんの味方ですよ!」
不安に押し潰されそうな私を包み込むように天使たちの言葉が浴びせかけられる。
「みんな……ありがとう!」
その言葉に勇気を貰った私は、顔を上げる。
もう迷ったりしない。
どんな運命が待ち受けていたとしてもこの子たちを信じて戦い抜くんだ。
「よし!じゃあ今日はここでこのままお泊まり会しよう!」
唐突にスパーダが腕を挙げて提案する。
「さんせ~い!」
それに続くようにクローバーが両手を勢いよく突き上げる。
「いや待て、ここは私の部屋だ!」
途端にダイヤが慌て始めた。
「だからいいんじゃ~ん!お宝見つかるかな~?」
そう言ってクローバーは家探しを始める。
「ちょ……おい!やめろ!」
それを止めるべくダイヤが立ち上がる。
「お~これは!何やら怪しい本が!」
「やめろって!」
クローバーがベッドの下に何かを見つけたところで、ダイヤの手がクローバーに届く。
「クローバー!こっちは抑えとくぞ!」
ダイヤがクローバーを引き寄せるより早くスパーダがダイヤを羽交い締めにする。
「ありがとうスパーダ!えぇと……なになに?」
「ふんっ!」
スパーダの拘束を瞬間的に断ち切ったダイヤがまだ表紙も見えていなかった本を奪還した。
「あ~!本がぁあ!」
ダイヤの部屋で夜は更けていった。
みんなが寝静まった頃、ダイヤが話しかけてきた。
「……リリィ。起きてるか?」
「う……ん……。ダイヤ?」
「今日はすまなかったな。お前をふるいにかけようとして」
もう気にしていないけれど、彼女からの謝罪は彼女のためにも受け止めるべきだ。
「ありがとうね。私のこと、みんなのこと、想ってくれているからこそだもんね。だからそれは、仕方ないことだよ……。それにね、ダイヤ。ダイヤがどうしてそこまでするのか、私はちゃんと知ってるんだから。どちらかと言うとずるいのは、私の方かもしれないね」
「……!そうか……お前の世界ではこの世界の出来事は物語になっているんだったな……」
顔を見ずともダイヤの表情は想像できる。
「うん……だから、知ってるんだよ。ダイヤのことも……その……真実も……」
そう、私は知っている。彼女が何よりも求めているものを。
「真実……!それはっ!…………いや……やっぱりいい。このことに関しては、私は私自身で受け止めなければならない」
渇望する声を押し殺してダイヤは自戒する。
しかし彼女の判断は正しい。
彼女が真実を求める意思こそが、彼女の力の源だから。
「うん……それがいいと思う」
「知っての通りだが……私は親友を見捨てて勘当された。恥知らずの、騎士の風上にも置けない軟弱者だと。私は……だからこそもう逃げない……全てを護るのだと誓った。リリィ。お前がこのことに関して知っていることがあっても、教えてくれるな。私はこのことだけが私の戦う意思であり自らに課した呪いでもあるんだ」
元来彼女は騎士の生まれだ。
そしてそれを追放された身でもある。
幼い頃よりノブレス・オブリージュを身に刻んだ彼女は、追放され剣も盾も持たぬ今でさえ誰よりも騎士の矜持を持っている。
「わかったよ。私もダイヤを頼りにしてる。一緒に頑張ろう」
「あぁ!約束だ!」
みんなが起きてしまうんじゃないかってくらい気合いの入った声でダイヤが私に誓う。
この誇り高い騎士に待ち受ける真実を、私は知っている。でもだからこそ、私はその時にできる事があるとも思っている。その時のためにも、これからの鍛錬に気を緩めて臨んではいけない。
絶対にこの6人で、ジュダストロを平和にしてみせる!