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魅了の光

より一層の気合いを込めて訓練をする日々が続いた。自分にも自信がつき、戦えるくらいの戦力はついたと思う。そして、ついにその日は来た。

「第3天使アカデミー周辺に複数の敵対反応を確認!魔法生物が迫っています!生徒のみなさんは至急迎撃の準備に入りこれを撃退、撃破してください!」

「あっ!アナウンスだ!」

それは深夜の2時のことだった。けたたましいサイレンの音とアナウンスの音をきいて眠っていられるわけがない。

「むにゃ……すぅ……」

緊張感のない安らかな寝顔がひとつ……。

「モカちゃぁあん!」

「ふえっ!なになに!うわっ!うるさ!……もしかして!敵襲!?」

私が耳元で呼びかけるとモカちゃんは飛び起き、さらに響き渡るサイレンの音を聞き二度驚く。

「気づくのが遅すぎる!準備していかなきゃ!」

「そうだね!しっかり倒して二度寝しよ!」

「よーし!気合い入れる!」

頬を叩いて眠気を飛ばしつつ自身に活を入れた。



間もなくエデンズカフェが校門前に集まった。

「おう!おはよう!よく寝れた?」

深夜だってのにやけに快活なスパーダが元気に挨拶する。よく寝たんだろうな……。

「最悪の目覚めだよ……。だってまだ2時だよ?」

クローバーは寝起きだからかいつもと逆でテンションが異常に低い。

「真っ暗だね……深夜の学校ってちょっとブキミ……」

校門の向こうに見える校舎を見据えてモカちゃんはぶるりと震えている。

「学校にまつわる怖い話って多いよね」

「や……やめてよ……」

「例えばほら、廊下を青白い光が横切るとか……」

クローバーがふざけてそんなことを言っていると、校舎のガラス窓に謎の発光体が見えた。

「あっ……!」

「ん?どしたのリリィ?もしかして~リリィも怖い話は苦手な感じ~?」

「いや、違くて!」

「ん~?」

クローバーが振り返って校舎を見た。

「いやぁぁあぁ!お化けだぁぁあ!」

その叫び声を上げたのは他でもないクローバー自身だった。

「あんたが一番怖がりなのみんな知ってるんだからね……」

スパーダが呆れたように首を振る。

「今回の襲撃はお化けじゃないよ!」

襲撃者の正体を知っている私は断言する。

「ふぇ?じゃあ……あれは今回の襲撃とは関係ない……本物のお化けってこと……?」

「いやぁぁぁあ!」

モカちゃんの一言を耳に入れてクローバーが再び絶叫する。

「いや違くて!!あの光はお化けの光じゃないってこと!」

「え~?じゃあ今回の敵は校舎内にいるの?」

「そうだよ!早く行かなきゃ!」

私たちは急いで校舎内に向かった。



「うわ、何これ!」

スパーダが校舎内に入って間もなく驚いた声をあげた。

「えっ……きのこ?」

「なんで光ってるの!?」

廊下の中には菌糸が張り巡らされており、光るきのこがそこら中に生えていた。

「光るだけならまだいいけど……あそこ!」

私が示した先ではきのこのひとつが蠢いていた。

「えっ! 動いてる!」

「油断するな。あれから敵意を感じる」

「なんかちょっと……キレイです……」

ハートがふらふらときのこに近づいていく。

「ちょっとハート! なにやってんの!」

「まずい! ハートが魅了されちゃう!」

「魅了だと!? ヒーラーのハートがやられるのはまずい……リリィ!どうすればいい?」

早速のピンチにダイヤは私に指示を仰ぐ。

「こいつらはマイコタン! きのこがたくさんあるけど本体は動くやつ! 隙を見つけると姿を現して攻撃してくるよ!」

「助かる!じゃあ隙を見せなきゃいいんだな?」

「それもそうだけど……ハートみたいになっちゃうとまずい。可能な限り光を見続けてはだめ!特に光がピンク色に見え始めたら危ないよ!」

「わかった!」

「すごいリリィねぇね!」

「知ってること言っただけだよ!」

「いやでも実際助かる。お前が知っている未来の情報がある限りはかなり有利だな」

ダイヤがぽんと私の背を叩く。

「それが尽きる前に強くなってみせるよ!」

「おいおい、そうこう言ってるうちにハートがマイコタンに近づいてくぞ!」

スパーダが慌てた口調で伝える。

「あ、まずい!止めなきゃ!」

「私に任せて!」

クローバーがすごい速さでハートの前に出た。

「ハート!こっちみて!止まって!」

「キレイな……光ですぅ……」

「うそ!きこえてないの?」

「押してでも止めるんだ!」

「もうやってる……でも止まんない!」

クローバーは足を踏ん張らせながらハートを押しているがそれでもハートは止まらない。

「えへへ……くすぐったいですぅ……」

寝ぼけたような甘ったるい声でハートは笑っている。

「感覚はあるっぽいね……」

「仕方ない! 本体を叩くぞ!」

ダイヤが杖をマイコタンの本体に向ける。

「グリンデ!」

彼女が詠唱すると、床から植物が生えてマイコタンを突き破った!

「やったか……!?」

が、すぐにその植物からさらに光るきのこが生え始めた。

「相性が悪い!どうやら菌類に植物をぶつけても効果は今ひとつのようだぞ……」

「ほんとだったら私の火の矢がいいんだろうけど……」

私はちらりと校舎をみる。

「そうか……この校舎は木造……。火をつけたら私たちまで丸焼きだ……」

「おまけにきのこが繁殖しやすい。……厄介ね」

「でもでもっ!リリィねぇねならなんとかできるよね!」

モカちゃんが期待を込めた目で私を見る。

「う……ん……」

そんな目で見られても完璧な自信があるわけでもない。歯切れ悪く情けない返事をするしかなかった。

「ちょっと……プレッシャーかけてどうすんのよ……」

呆れたようにクローバーがツッコミを入れる。

だが私も、これからは期待に応えなくちゃいけない!

「いや!できる!」

私は弩のシリンダーに魔力を集中する。

「ちょっと!火をつけたら校舎が!」

「おりゃあっ!」

凝縮した属性の魔力を込めた矢を放つ。

ドスっ!

蠢くマイコタンの本体にその矢は深く突き刺さる。

一瞬ビクリとその身を震わせ、マイコタンは小刻みに震え出す。

「効いて……っ!」

「何も起こらないよ……?」

依然としてマイコタンは震え続けるが、ハートの魅了は解けていない。

「まずい!ハートがもうマイコタンに触れてしまう!」

スパーダの言葉通りハートは既にマイコタンのきのこのひとつに差し迫っている。

スパーダはそれを阻止しようとクローバーとともにハートを引っ張っているが、彼女の力をもってしてもそれは不可能らしく一緒に引きずられている。

「触れるとどうなる?」

「……どうなる?」

「菌糸を植え付けられちゃう!」

「大変じゃないか!」

「ちょっとみんな!もう押さえられないよ~!」

ハートがマイコタンに触れる最後の一歩を踏み出した。

「……あれ?私……なんでこんなところにいるんでしょう?」

だが、触れる直前にハートは歩みを止めぼんやりとした顔で呟いた。

「わっ!急に抵抗がなくなった!」

「えっ?きゃあ!」

「うわ~!」

ハートを抑えていたふたりが加えていた力は行き場を失い、三人はもつれあって倒れた。

「いてて……あっ! ハート! 正気にもどった?」

「何を言ってるんです?」

ぽかんとした顔でハートは訊き返す。

「あんた今まであのきのこにずっと夢中だったんだからね!」

「えぇえ!?」

びしとクローバーに指さされたきのこを見てハートは驚いた声を上げる。

「とりあえずハート!こっちに戻って!」

「はいぃ!」

どうやら全く記憶の無い様子のハートが慌てながら戻ってきた。

「しかしどうやったんだ?」

「矢に氷の魔力を付与したの!内側から凍らせたから時間かかっちゃったけど……」

「氷か!ならば校舎にも被害はないな」

感心したようにダイヤが頷く。

「んでもさぁ……こんだけきのこまみれにされちゃったら校舎もうやばいんじゃないの?」

「う……それは確かに……」

「校舎内に発生されるとほんと困るね……」

そもそも魔法生物が既に学園内を占拠してしまっている時点で大事件だ。

今回の敵は擬態が得意なのでそれが侵入を許してしまった理由だろう。

「でも今みたいにマイコタンは本体を倒せば周りの菌糸をまるごと無力化させられるの。侵食されちゃってても酷くなっていない限りは元に戻せるから急いで全部倒さなくちゃ!」

おそらく事情を知らずにマイコタンに近づいた生徒は少なくないはずだ。

もし多くの生徒が菌糸に犯されていたなら、早く根絶しないと第3天使アカデミーは壊滅的な被害を被ることになる。

「みんな油断しちゃだめだよ!まだ一体倒しただけなんだから!」

もう既にやる気を失いつつあるみんなを一喝する。

「これで終わりじゃないの?」

「隠れて襲う機会をうかがってるはず!」

「背中を合わせろ!背後に隙を作るな!」

ダイヤの指示でみんなで円のように背中を合わせあった。

「状況は?」

「周囲にはいないみたい」

「なんかいいね、この構え。名前つけてよ」

「アラウンド・ザ・コーヒーカップと名付けた!」

スパーダが叫ぶ。

「エデンズカフェっぽいね!」

「いや長いだろ……」

構えの提案者であるダイヤがあからさまに呆れてみせる。

「アラウンドだけ残ってればいいね」

「呼ぶ時はそれでもいいよ。正式名称は譲らない」

スパーダはこんな時にガンコを発動させてしまった。

「はいはい」

「よし、じゃあとりあえず陣形をといて進もう!」

私たちは警戒しながら校舎を進んだ。

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