「あ、おつかれ」
「あ……こんばんは」
不気味な光でぼんやりと照らされた校舎内で、他の生徒とすれ違った。
「どう?そっちは?」
クローバーがその子に訊く。
「なんなのあのきのこは?」
どうやら既にマイコタンと遭遇しているようだ。
「戦った?」
「戦う?だってきのこだよ?」
きょとんとした顔でそう問い返される。
「あれ、この子たちはマイコタンに襲われなかったのかな?」
「マイコタン?」
「あのきのこのこと」
普通ならばこういう何も知らない隙だらけの者の背後から襲い来るものだが……。
「へぇ。あ、そうだ!あっちにみんなで集まってるの!固まって戦った方がいいでしょ?」
唐突にその子は話題を変えて廊下の向こう側を示す。
「あ、そうなんだ。行こうか?」
「ね、ね!いこ!」
その子は踵を返し私たちを導くように来た道を戻ろうとした。
「……待ちなよ」
だから私は、それを止めた。
「どしたのリリィ?」
「残念だけど……この子はもうやられてる」
「は?何言ってるの?」
クローバーは怪訝そうな顔をする。
「マイコタンは菌糸を植え付けた人間を操るの」
「えっ!」
「でもなんでわかるの?」
「菌糸は身体の中に張り巡らされていて普通見えないんだけど、粘膜部分からは少しみえてしまうの。この子の目……少しだけ光ってたわ」
それを聞いたクローバーが、私の制止の言葉をを聞かずに既に歩き始めている生徒に駆け寄りその顔を覗き込む。
「うわ!ほんとだ!まわりのきのこの光で気づかなかった!」
「ちょ、ちょちょっとみ、みみみんななななにを言っているの、ののののの」
彼女はぐりんと首を動かしクローバーの顔の方を向く。顔は向いているがその視線は虚ろで呂律の回らなくなった口でかたかたと歯を鳴らしている。
「あ!へんになった!」
「みんな離れて!擬態がバレたマイコタンは周囲に菌糸を飛ばし始めるよ!」
「待ってマイコタンさっきから可愛い名前の割にえげつなさすぎない!?」
スパーダが剣を構えながら狼狽える。
「正直かなり手に余るな……」
「無茶はしない方がいいかも……菌糸に犯されたらまず助からない……。神経を菌糸にされちゃうから……」
「こわっ!ちょっとほんとにこいつお化けよりホラーなんだけど!」
クローバーが肌を擦りながら叫ぶ。
「じゃあハートもあーなるところだったってこと……?」
「そんなおそろしいことになってたのにきづいてなかったなんて……怖すぎます……」
モカちゃんの言葉を聞いたハートは今更ながらに震え出す。
「おい、あーなったらもう助からないのか?」
「さっきと一緒で本体を倒すかもしくは……奇跡の力を持つヒーラーならとってくれるんだけど……」
「ごめんなさい……私はまだ毒すらとれないので……」
ハートは申し訳なさそうに俯く。
「いや仕方ないよ。なかなかいないでしょあんなのをなおせるのは……」
「この子はじゃあどうする?」
「リタイアってことで拘束しておきましょう」
「なななにするるの?」
「お願い、じっとしててね」
ダイヤに植物のツルを出してもらってそれでその子を縛った。
「………」
ほとんど抵抗もなく縛られた少女は、時折ピクリと動くものの口からは唾液を垂れ流しそれ以上喋ることもなかった。
「うわ、この子ほとんど力入ってなかった…」
「とりあえずここに置いておこう。拘束しているうちはこれ以上の危険はないはず……」
スパーダの言う通り、時折菌糸が身体の外へ姿を見せるが彼女は拘束されているためにそれを飛ばすことができずにいた。
もし他の誰かが彼女を要救助者だと思って近づいたら犠牲が増えることにはなるが……そうなる前に私たちが退治すれば問題は無いだろう。
「どうする?討伐、続ける?」
もうすっかり引け越しになったクローバーが弱々しく撤退を提案する。
「うーん……確かに怖いからやだけど……繁殖を許したらこの学校がマイコタンの巣窟になっちゃう。やるしかないよ」
スパーダはやはりそれでも立ち向かおうとする意志を見せる。
「わ……私たちがやらなくても……」
未だに煮え切らないことを言っているクローバーにダイヤが近づく。
「甘いことを言うな!それをみなが言えば戦うものはいなくなる!」
「はいぃ!」
ダイヤの一喝を受けて彼女の背が伸びる。
「頑張ろうよクローバー。リリィねぇねがいればきっと大丈夫だよ」
「う……うん……」
いつも手が付けられないほどの元気っ娘が最年少のモカちゃんに介抱されている……。
「よし!では進むぞ!」
光るきのこが徐々に増えていく廊下を進んでいった。
「む……待て」
先頭を行くダイヤが手でみんなを制した。
「あれを見ろ」
廊下の曲がり角を覗き込むと、強い光を放つ教室があった。
「あ、あれ……外から一番見えてた光かも」
「そうか。ではあそこが巣窟の可能性が高いんじゃないか」
「さっきの子に案内してもらった方が良かったんじゃない?」
「バカを言うな。そんなことをすれば移動中に菌糸を植え付けられて着く頃にはすっかり木偶人形だ」
「ひえぇ……危なかった……」
不用心なクローバーはダイヤがいなければ今頃操り人形だ。
「しかしどうする……?この光だ。相当な規模だろう。一体であれほど苦戦したものだから……」
「妙案があります!」
いきなりハートが大きい声を出して挙手する。
「おぉっ!なんだハート?」
「どうやら覗いて見たところマイコタンは教室の四隅に集中して群生しているようなので、教室の中央でアラウンドを組むんです。私が魔法で幻惑を防ぐので四隅にいるマイコタンをそれぞれ倒していけば成功するはずです!」
ハートは珍しく強気に意見を発する。
「……だめだ、危険すぎる。敵のど真ん中に突っ込んでいくということだぞ……?」
「いえ!これをやるしかないんです!」
ダイヤでさえリスクを恐れて尻込みする中、ハートは真っ直ぐな瞳で意志をぶつける。
「ハートはこう言い出したら止まらないよ」
「だよなぁ……仕方ない。やるか」
ダイヤは首を掻いて嘆息したが、腹を括ったように気合を入れた。
「フォーメーションCだね!」
「知るか」
クローバーの作戦は誰も知らなかったが、ハートの指示通りにみんなは動き出した。