「いくぞ!」
スパーダがかけ声を上げ教室の扉を開く。
「うわっ……でっか……」
教室内には大小様々な光るきのこがあった。中には教室の高さに収まりきらずに曲がっているような巨大なものまでもある。
先頭に居るスパーダはその光景を目の当たりにして怯んでいる。
「スパーダ!光を見続けてはだめ!」
「おっと、そうだな」
私の言葉を受けてすぐにスパーダは群生したきのこから目を逸らす。
「よし、スパーダに続け!」
私たちはなるべく目を伏せながら教室の中央まで入った。
「フェアリーステージ!」
ハートが声を上げると桃色のオーラが辺りに広がる。
「アラウンド!」
ダイヤの一声でみんなが隊列を組む。
「フェアリーステージがある限りはあの光は効果を削がれるはず!」
「よし、攻撃だ!」
スパーダが指示する。
「近づきすぎるな!リーチの短いクローバーは特にな!」
ダイヤは補足するように皆に注意を促す。
「わかった!」
教室の四隅に集中したマイコタンたちのもとにそれぞれが行き攻撃していく。
「おい……なんか増えてないか?」
「確かに……みんな!一旦隊列に戻れ!」
離散していたメンバーが再びアラウンドの隊列になる。
「一体何故……」
「あっ!地面から生えてる……!」
どうやら減らしたと思っていたマイコタンは壁を侵食して教室内で更に繁殖しているようだ。
「埒が明かないな……」
「というか逆にピンチかも……」
「何っ!?」
私の呟きを聞いてダイヤが声を上げる。
「なんであいつらが復活するか……わかる?」
「それは……胞子だからか?」
「そう……つまり、あの胞子がそこら中に舞ってるんだよね」
「はっ!」
気づいた時には少し遅かったようだ。
「ねぇダイヤ!身体が……動かなくなってきたよぉ!」
素早く動き回り呼吸の多かったクローバーは菌糸を大量に吸い込み内部から侵食され始めていたようだった。
彼女は苦しそうな声でダイヤに縋る。
「クローバー!耐えろ!」
「いやっ!身体が……!勝手に……!」
動きが緩慢になったかと思うと彼女は振り上げていた短剣を下ろす。
「待てっ!」
「あ……あぁあ……ああぁああっ!」
「クローバーッ!」
クローバーは身体を操られ、マイコタンの群生する教室の隅に歩いていってしまった。
「まずい!クローバーがやられる!」
「助けて!助けてぇ!」
身体は動かせないようだが首から上は動くようで、助けを求め泣き叫びながら進んでいく。
「仕方ない……!えいっ!」
私は火属性の魔力を込めてクローバーの前方のマイコタンに矢を放った。
「あっ!よかった……身体が動く!」
クローバーを支配していたマイコタンを撃破できたようで、彼女は歩みを止める。
動くようになった身体を確かめるように拳を握りしめる。
「でも校舎が!」
私の放った火はクローバーを解放したが同時に教室に着火し燃え始める。
「デグリンデ!」
ダイヤが杖を掲げると燃える床から大きな植物が出てきた。
「消えろ……っ!」
植物がその大きな葉で炎を包み込んだ。
数秒の後、僅かな音と煙を上げて葉は床へと溶けていく。
そこには少しだけ焼け焦げた床だけが残っており、見事に火は消えたようだ。
「すごい!これならあと三方のマイコタンも!」
「いやだめだ!これはもう使えない!」
たまたま運良く延焼しなかっただけで本当はかなりリスキーだった。おまけにダイヤもあの魔法を使うには相応の力を消費するらしく、肩を上下させていた。
「じゃあ……どうしよう!」
クローバーは頭を抱える。
「時間があまりない!胞子にやられる前に何とかしないと!」
何か覆うものがあれば……。
「そうだ!モカちゃん!合わせられる?」
近くに戻ってきていたモカちゃんに声をかける。
「えっ、えっ?どうすれば?」
「そのスプーンで私の出した火をマイコタンごと包み込める?」
「きのこの蒸し焼き!おしゃれな倒し方だね!」
モカちゃんは大きなスプーンを振り上げる。
「まぁそんな感じ!いくよっ!」
私は再び火の矢を放った。
一角のマイコタンを巻き込み教室が燃えた。
「今だよ!」
「はいっ!」
モカちゃんが跳躍しスプーンハンマーを振り下ろす。
火のついたマイコタンをスプーンの窪みの方で包み込むと辺りに芳ばしい香りが広がった。
「これ……食べられるかなぁ?」
「……やめた方がいいよ」
素朴な疑問ではあるがこんな侵食する光るきのこを食べたら確実に腹を下すどころでは済まない。
「あっ!スプーンで密封したから火も消えたね!」
「よし、あと2組!」
「さっきはよくもやってくれたね~!今度は私の番だよ!」
体勢を立て直したクローバーが怒りを露にする。
「クローバー、策はあるのか?」
「バーニアの……出力を上げるッ!」
クローバーは翼を広げた。
「エンジェルミキサーッ!」
彼女の魔力が短剣の柄の先端についた果実のような部分に集まる。
そこからバーニアのように魔力を噴出し、広げた翼を駆使して急旋回しながら何度も斬りつけた!
「バラバラになっちゃえぇえっ!」
一角のマイコタンは細切れになって光を失った。
「でたっ!エンジェルミキサー!間近でみるとすごい迫力だね!」
「室内で使うやつがあるか……。教室がキズだらけだぞ……」
ダイヤの言う通りマイコタンのいた一角は微塵切りされたようにあらゆる物が切り刻まれていた。
「悔しかったんだも~ん!」
鬱憤を晴らしてご満悦の様子で身体を伸ばす。
「じゃあ残りは……」
私たちは教室の一角ににじり寄った。
1匹だけ残ったマイコタンが飛び上がるように身体を震わせてみせた。
「もしかして私たちを恐れてる?」
「もう勝ち目はないと悟ったんだろう」
マイコタンはぶるぶると震え出した。
「……なんか、かわいそうになってきた」
「やられかけてたくせに何を言うか」
実際危ないところだったにも関わらずクローバーはマイコタンが怯えるのを見て同情してしまう。
「うーん、でも確かに……戦う意思がないのならとどめを刺すのは……」
「おい!隙を見せたら襲いかかって来るようなやつだぞ!これも演技に決まっている!」
慈悲を与えようとしたスパーダを諌めるようにダイヤが叫ぶ。
「どうする?リリィ」
「確かに相手に戦う意思がないのならやめておきたいところだけど………戦う意思が、ないのなら……ね」
「じゃあやめるってことか?」
「いや、マイコタンをみて」
「え?……うわっ!なんだこれ!」
一角にいたマイコタンたちは一体の光る人型の姿になっていた。
「おいおい……人の形……だぜ?」
「これがマイコタンの真の姿……」
流石に人の姿をしているとなるとトドメを刺すのを躊躇するだろう。
これはマイコタンの最後の抵抗のようにも命乞いのようにも見える。
「…………ア……アァ……」
「喋った!?」
「ミン……ナ……ヤラ……レ……タ……」
マイコタンはその場で座り込むと顔を手で覆い隠すような仕草をして震えていた。
「この子……泣いてるの……?」
恐る恐るマイコタンを覗き込みながらモカちゃんが言う。
「……逆を想像してみろ。私たち6人のうち1人だけが生き残って、更に全員を殺した敵たちに囲まれているんだぞ……」
先程まですぐにトドメを刺そうとしていたダイヤでさえも唇を噛み締めている。
「…………どうすんだよ……そんなやつ……私、やれねぇぞ……」
とうとう全員が戦意を喪失してしまう。
誰もが閉口する中、ダイヤがその重い口を開ける。
「……酷なようだが……復讐されても困る。ここで息の根を止める……」
「ダイヤ……」
苦い顔をしたダイヤがマイコタンににじり寄る。
「ユル……シ……テ…………コロサ……ナイ……デ……」
「ほらみろ! 死にたくないんだよ!」
「ではッ!! お前は責任を取れるのだな! スパーダ!」
無責任な言葉を放つスパーダに苛立ちを隠せない様子でダイヤが叫ぶ。
「それは……」
「私だって……なぁ……引導を渡すことに躊躇がないわけないだろ……」
背を向け表情は見えないが、それを察するには十分な声色だった。
「ごめんダイヤ……」
ダイヤの気持ちも考えず、為す術もない状況で彼女に噛み付いてしまったことを悔いるようにスパーダは謝罪する。
「いや……いいんだ。さぁ、幕を引こう」
一呼吸置いて、ダイヤは杖を振りかざす。
「イヤ……イヤァ……」
マイコタンは悲痛な叫び声を上げながら目を閉じた……。